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2007年12月28日 (金)

手賀沼から見た富士山

 前回近くから見た富士山の写真を載せました。今回は富士山から遠い手賀沼かDc122807 ら見た富士山をご紹介します。

 冬の晴れた日は手賀沼から富士山がよく見えます。平成19年12月23日と24日、きれいに晴れたので富士山の写真をとりに行きました。2日間に分けて手賀大橋、水の館、アビスタに行き、午前中と夕方の写真をとりました。
 手賀沼の東の端の曙橋にも行ってみましたが、ちょうど雲がかかって富士山の姿は隠れていました。
 Dc122809 手賀沼からは富士山の見える場所は何ヶ所かあります。きれいに見えるのは空気の澄んでいる朝早くと影が写る夕日が沈む頃で、日中は消えてしまうことが多いようです。

 カメラと腕がよくないせいで、写真のできはいまいちです。
 日中の写真は富士山が見えるようコントラストを強く補正しましたが、空の色に溶け込んでいる感じです。本物Dc122805 はもっと鮮やかに見えます。

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2007年12月22日 (土)

初冬の山中湖・河口湖

 平成19年12月15日と16日に山中湖と河口湖の旅行に行ってきました。

Dc122201  妻と長男夫婦とその2歳の娘の5人で、長男夫婦が最近購入したワゴン車に載せてもらっての旅行でした。

 我孫子の我が家を午前10時過ぎに出発、常盤高速道、首都高速道、中央高速道を通って河口湖インターで降りました。土曜日でしたがやや遅めの出発だったためか、大した渋滞もなく、快適なドライブが楽しめました。

 まず立ち寄ったのが「富士山レーダードーム館」です。昭和39年から平成11年Dc122202 まで35年間にわたって日本の気象観測を続けてきた富士山のレーダードームを富士吉田市に移し、体験学習館として生まれ変わった所です。今読売新聞の「時代の証言者」に藤原正彦氏が取り上げられていますが、そのお父さんの作家新田次郎さんが富士山レーダーの建設に大きな役割を果たしました。

 館内ではNHKの「プロジェクトX」で放送された、レーダードームをヘリコプターで富士山頂に運ぶ場面が映写されていました。

Dc122203  15日の宿は山中湖の「岩魚茶舎」です。小さな温泉宿ですが美味しい地酒と食事が楽しめました。

 山中温泉は典型的な冬型気候、この冬一番の寒波が襲来し、16日の最低気温氷点下6度、最高気温3度という寒さでした。その代わりに澄み切った空に恵まれました。

 観光シーズンと違い湖畔は閑散としていました。遊覧船はガラガラで、船から眺Dc122204 める雪をかぶった富士山は圧巻でした。

 河口湖の「オルゴールの森」と「富士眺望の眺望の湯ゆらり」を楽しんだあと、東名高速道経由で帰宅しました。

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2007年12月17日 (月)

喪中はがき

 平成20年の年賀はがきの受付が始まっています。現役のサラリーマンの頃は、書こうと思いながらなかなか書き始められなかったのが年賀はがきです。12月30日や31日に書いた記憶もあります。おそらく今現役の方には同じようにやきもきしながら、暮れの忙しい日を送っている方がおられると思います。

 11月になると喪中のおしらせのはがきが届き始めます。今年は19通の喪中はがきをいただきました。

 19通のうち、15通のはがきになくなった方の年齢が記載されていました。

 単に「喪中につき年末年始のご挨拶を失礼させていただきます。明年もよろしくお願いします」とあるだけのはがきより、差出人との関係や年齢が記載されていると、なくなった方に親しみを感じるのは私だけではないと思います。

 そしてなくなった方が90歳以上なら、失礼ながら「大変おめでたい」のではないかという気がいたします。人間は誰でも死ぬわけですから、平均寿命をはるかに超えて長生きができたのは素晴らしいことです。

 そして天寿を全うしてなくなった場合は、喪中にする必要はないような気がいたします。「喪中ながら年賀状は出させていただきます」といった喪中はがきがあってもいいのではないでしょうか。

 なお、私が受け取った喪中はがきを調べてみると、なくなった方の年齢は次のようになっていました。最高齢の方は99歳でした。

・50歳代でなくなった方 1人(男)

・60歳代でなくなった方 1人(男)

・70歳代でなくなった方 7人(男6、女1)

・80歳代でなくなった方 1人(女)

・90歳代でなくなった方 5人(男2、女3)

  

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2007年12月 8日 (土)

衰えつつあるアジアでの日本の力

 北京オリンピック予選での星野ジャパンの優勝は感動的でした。オリンピックの出場権を得たこともうれしかったのですが、アジアでの野球の盟主の地位を守れたことが大きな喜びでした。

 また中日ドラゴンスはクラブチームアジア1になり、3年連続で日本がアジアナンバーワンを続けることができました。

 しかし今から20数年前、読売ジャイアンツに在籍していた新浦壽夫投手が韓国の三星ライオンズに移籍した頃は、日本のプロ野球はアジアでは群を抜いて強かったのです。韓国や台湾の野球は2軍以下といってもよかったと思います。

 ところが昨年のワールド・ベースボール・クラシックでは日本は韓国に2度敗れました。もう力の差はありません。

 平成19年12月5日の新聞に憂うべき調査結果が出ていました。

 経済協力開発機構(OECD)が加盟国を中心とする世界57の国・地域の15歳男女40万人を対象にした2006年国際学習到達度調査(PISA)の結果を発表したのです。

 15歳というと日本では高校1年です。アジアの4つを比較してみましょう。

数学的応用力

    2000年 2003年 2006年

日本  1位    6位   10位

韓国  2位    3位    4位  

台湾 不参加  不参加   1位 

香港 不参加   1位    3位

読解力

    2000年 2003年 2006年

日本  8位   14位   15位

韓国  6位    2位    1位  

台湾 不参加  不参加  16位以下 

香港 不参加  10位    3位

 日本はアジアの中ではかなりひどい成績です。特に韓国、香港と比べると、数学的応用力も読解力もかなり劣っています。日本のゆとり教育の欠点がもろに出ているのではないでしょうか。

 このままでは日本の武器だった技術力や開発力や産業力はどうなるのでしょうか。

 日本の教育システムの改革は早急に行うべきです。

 またこの学力の差は先生の優秀さにも原因があると思います。教師の知力とやる気を高めることも大切と思います。

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2007年12月 3日 (月)

手賀沼の紅葉

Dc120303_2  平成19年12月2日の日曜日、初冬の暖かな日の光に誘われて、手賀沼の紅葉を探して歩きました。

 歩いたのは手賀沼公園から親水公園までの約2キロ、手賀沼湖畔で一番木の多いところです。

 今まで手賀沼は紅葉する木が少なく、紅葉はきれいでないDc120301 と思い込んでいたのですが、はなはだしい勘違いでした。

 手賀沼の紅葉もきれいです。桜のシーズンに劣らず見ごたえがあります。そのうえ、渡り鳥が手賀沼に戻ってきており、紅葉と鳥とを楽しむことができます。

Dc120302  写真はクリックすると大きくなります。

Dc120304

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