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2011年3月25日 (金)

美しかった東北の海岸の思い出

 平成23年3月11日の東北関東大震災以後、連日テレビや新聞で被災地の様子が報道されています。

 何度かブログに書こうかと思ったのですが、あまりに悲惨でつらい事実が多く、しかも毎日目まぐるしく変わるのでとても書けません。この震災を忘れないよう、3月11日以後この地震の報道がなくなるまでの新聞は捨てないでとっておこうと思っています。

 ここでは今までの思い出を書くことにします。

 私は1975年から1978年まで2年9ヶ月ほど仙台に赴任していました。その時の思い出です。

 次の場所は今回の地震による大津波ですべて壊滅的な打撃を受け、多くの方々の命と美しかった風景が一瞬に失われてしまったところです。

 会社の同僚に海釣りの好きな人が2人いて、3人で女川に通いました。女川港のなじみの釣り宿で舟を借り、沖に出てカレイやネウ(アイナメ)を釣りました。

 石巻は仕事で訪れました。石巻の万石浦で釣りをしたこともあります。

 相馬には家族で潮干狩りに行きました。アサリが驚くほどたくさん獲れたのを覚えています。

 気仙沼には対岸の大島に渡る渡し船がありました。大島の海の家には家族で2回行った記憶があります。

 塩釜からは松島まで観光船が出ていました。親戚や友人などが仙台に来るたび、案内して塩釜港から松島港までの景色を楽しみました。

 南三陸町はそのころ志津川という町でした。仕事で訪れた時、街の人からチリ地震の津波を教訓にして築かれた防潮堤について、今度は大丈夫と聞かされました。

 昨年10月には三陸海岸縦断のツアーで、宮古から八戸を旅しました。

 最初に訪れたのは浄土ヶ浜でした。テレビには無残に壊された観光案内所とガレキの山が映っていました。

 宮古の田老地区では真前海岸を訪ねました。田老地区も流されました。

 宿泊したのは田野畑村の海のそばの「ホテル羅賀荘」でした。田野畑村は小さな集落で、テレビには出ませんがおそらく大きな被害があったのではないでしょうか。

 八戸ではウミネコの繁殖地として有名な蕪島に行きました。八戸港の近くです。どうなったでしょうか。

 どこも印象深いところでした。これらの美しいところが津波の犠牲になったのは本当に残念です。

 亡くなられた方々に心から哀悼を表したいと思います。そして1日でも早く復興されることを祈っています。

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