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2011年12月29日 (木)

テレビドラマ「坂の上の雲」が終わった

 平成23年12月25日、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」第3部最終回「日本海海戦」が放映されました。これで3年間13回にわたって放映された「坂の上の雲」が終わりました。

 1回当たりの放送時間は通常の大河ドラマが45分ですが、この特別の大河ドラマは90分でした。出演者は現在考えられる最高の大スターがずらりと顔をそろえ、国外、国内でのロケをふんだんに交えたいわばお金に糸目をつけない作品となりました。

 おそらくこんなスケールの大きいテレビドラマは空前絶後といえるかもしれません。

 このドラマついて詳細を知ったのは、2009年4月初めに父の17回忌で愛媛県の伊予市に帰省したおりに、松山市の坂の上の雲ミュージアムを訪れたときでした。そこにこのドラマのポスターや登場人物にふんした出演者の写真がずらりと飾られていました。その年の11月29日から放送される番組の宣伝でした。

 松山市の各所にもこのドラマのポスターが貼りだされ、「坂の上の雲」をメインテーマに松山市の街づくりが行われていることが感じられました。

 主人公の秋山兄弟と正岡子規は松山市の出身です。私の子供の頃、終戦前に祖母が「秋山兄弟は軍人のお手本」と言っていたのを覚えています。

 ドラマ「坂の上の雲」の記録を残しておくことにします。

第1部 全5回(2009年11月29日~12月27日)

1.少年の国

2.青雲

3.国家鳴動

4.日清開戦

5.留学生

第2部 全4回(2010年12月5日~26日)

6.日英同盟

7.子規、逝く

8.日露開戦

9.広瀬、死す

第3部 全4回(2011年12月4日~25日)

10.旅順総攻撃

11.二〇三高地

12.敵艦見ゆ

13.日本海海戦

 主なキャスト。

・秋山真之 本木雅弘

・秋山好古 阿部寛

・正岡子規 香川照之

・正岡律 菅野美穂

・正岡八重 原田美枝子

・秋山久敬 伊藤四朗

・秋山貞 竹下景子

・秋山多美 松たか子

・秋山季子 石原さとみ

・夏目漱石 小澤征悦

・高橋是清 西田敏行

・森鷗外 榎木孝明

・伊藤博文 加藤剛

・山形有朋 江守徹

・小村寿太郎 竹中直人

・陸奥宗光 大杉漣

・井上馨 大和田伸也

・陸羯南 佐野史郎

・広瀬武夫 藤本隆宏

・八代六郎 片岡鶴太郎

・明治天皇 尾上菊之助

・山本権兵衛 石坂浩二

・東郷平八郎 渡哲也

・島村速雄 館ひろし

・加藤友三郎 草刈正雄

・明石元二郎 塚本晋也

・大山巌 米倉斉加年

・児玉源太郎 高橋英樹

・乃木希典 柄本明

・伊地知孝介 村田雄浩

・アリアズナ マリーナ・アレクサンドロワ

・ボリス アルチョム・グリゴリエフ

・ニコライ2世 ティモフイー・ヒョードロフ

・ロジェストウェンスキー アレクサンドル・チューチン

・クロパトキン セルゲイ・パールシン

<原作>司馬遼太郎

<脚本>野沢尚

      加藤拓

      柴田岳志

      佐藤幹夫

<音楽>久石譲

<メインテーマ歌>サラ・ブライトマン

            麻衣

<語り>渡辺謙

 なお松山ことば指導は松山南高校同窓生の野沢光江さんが担当しました。   

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2011年12月24日 (土)

2011年海外10大ニュース

 平成23年12月23日、前日の国内10大ニュースに引き続き、読売新聞の海外10大ニュースが発表されました。

 こちらも応募しましたが、1項目を外し、おしくも9項目の的中となりました。

 読売新聞読者が選んだ10大ニュースは以下の通りです。カッコ内の数字は投票数に占める割合で%。

1.タイで洪水被害、日系企業も大打撃(90.6)

2.ウサマ・ビンラ-デン殺害(84.7)

3.チュニジアで長期独裁政権が崩壊、エジプト、リビアにも「アラブの春」(74.7)

4.ニュージーランド地震で日本人28人を含む180人以上死亡(71.9)

5.ユーロ危機深刻化、欧州各国に波及(71.8)

6.中国高速鉄道で追突事故、40人死亡(68.1)

7.米アップル社のスティーブ・ジョブス会長が死去(56.3)

8.世界人口が70億突破(55.2)

9.中国が日本を抜き世界第2の経済大国に(53.2)

10.英ウィリアムス王子が結婚(52.8)

 私が10大ニュースに入れなかったのは、9番目の項目です。入れたのに的中しなかった1項目は12番目に入った次の項目です。

12.ノルウェーで爆弾・銃乱射テロ、77人死亡(28.3)

 もう少し慎重に検討すればよかったと反省しています。

 読売新聞が候補に挙げたのは、国内ニュースが63項目だったのに比べて、海外ニュースは48項目でした。そのためか、あまりバラけず10番目までに入った項目はすべて50%以上の数字を獲得しています。国内10大ニュースでは10番目は36.4%でした。

 10項目的中は34通、これも国内の10通をはるかに上回っています。

 投票数は7405通、1番多かったたのは、国内と同じ7問的中で、2208通、29.8%でした。

 私とおなじ9問的中は611通、8.3%でした。

 ブログに書くため応募しましたが、結構楽しいクイズでした。今年はいわば第1感で選びましたが、来年は慎重に検討して10問的中を狙いたいと思います。

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2011年12月23日 (金)

2011年国内10大ニュース

 平成23年12月23日、読売新聞の2011年国内10大ニュースが発表されました。

 私は10大ニュース選定に応募しましたが、7項目的中、3項目外れの結果でした。

 読売新聞読者が選んだ10大ニュースは以下の通りです。カッコ内の数字は投票数に占める割合で%。

1.東日本大震災、死者・不明者約2万人(98.8)

2.サッカー「なでしこジャパン」世界一(95.2)

3.福島原発事故で深刻な被害(92.3)

4.大相撲で八百長発覚、春場所中止に(67.6)

5.新首相に野田佳彦氏(63.7)

6.スカイツリー「世界一」634メートルに到達(58.6)

7.大型台風上陸相次ぎ記録的被害(47.2)

8.大阪ダブル選、「都構想」で共闘の橋下氏が大阪市長、松井氏が府知事に初当選(44.5)

9.テレビ放送が地デジに移行(44.3)

10.節電の夏、37年ぶりに電力使用制限令(36.4)

 私が10大ニュースに入れなかったのは、5、8、9の3項目です。入れたのに的中しなかった3項目は次の3つでした。残念ながら11、12、13番目に入っていました。

11.電力不足により1都8県で計画停電実施(31.4)

12.小笠原諸島と平泉が世界遺産に(29.5)

13.円相場が戦後最高値(27.1)

 11番は東京電力のエリアでは大ニュースでしたが、困ったのは首都圏だけで全国的なニュースではなかったのでしょう。

 12番は明るいニュースが少ないのであえて入れました。13番は日本経済に与える影響があまりにも大きいので選びました。しかしどちらも10大ニュースに選ばれた項目と比べると、インパクトが弱かったようです。

 応募方法は読売新聞があらかじめ月別に選んだ63項目の番号を順位に関係なく10項目選び、はがき、FAX、インターネット、携帯、スマートフォンのいずれかから投票する方法です。 

 有効投票数は11,211通ありましたが、全項目的中者はわずか10通でした。

 私と同じ7問的中者が一番多く、3,468通で30.9%でした。

 10項目とも外れたのが1通ありました。東日本大震災が100%でなかったことと合わせて驚きでした。

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2011年12月18日 (日)

イラク戦争が終結

 2011年12月14日、オバマ大統領は米国内の基地でイラク戦争の終結を宣言し、12月15日にはイラクの首都バグダッドで駐留部隊の解散式を行いました。

 イラク戦争は、2003年3月20日ブッシュアメリカ政権が、イラクフセイン政権による大量破壊兵器保有を理由に、イギリスやオーストラリアを巻き込んで始めた戦争です。8年9か月ぶりの終結ですが、読売新聞には「勝利なき終結」と出ていました。

 ブッシュ大統領は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを受けて、「テロとの戦い」を掲げました。イラク戦争はその流れに沿って始められたものです。

 2003年4月には首都バグダッドが制圧され、フセイン政権は崩壊しました。2003年12月には、サダム・フセインが逮捕され、2006年12月には死刑が執行されました。

 フセイン政権崩壊後、アメリカ軍は治安維持のため駐留を続けました。しかしイスラム教のシーア派とスンニ派の対立が激しくなり、武力衝突やテロが頻発しました。

 8年9か月間の米軍の死者は4500人、累計戦費は8000億ドル(約62億円)といわれています。

 読売新聞の社説は、「米軍撤収後も山積する課題」として次のように述べています。

「多くの一般国民が今なおテロの犠牲になっている。米軍撤収はテロ組織を勢いづかせ、治安の悪化を招く恐れがある。宗派間、民族間の対立が続いており、国民和解は急務である。シーア派勢力に支持されているマリキ首相の権力基盤は脆弱だ。‥‥イラクと中東の将来に対する米国の責任は重い。米国は今後、イラク軍育成など安全保障分野での協力だけでなく、イラクが責任ある地域大国となるよう、外交面で働きかけていく必要がある。」

 極端な言い方をすれば、アメリカは勝手に自分たちの論理でイラクに戦争を仕掛け、仕掛けた効果がないとわかると、後始末をすることもなく勝手に手を引くようなものではないでしょうか。「あとは野となれ山となれ」といわんばかりのような気もします。

 読売新聞の別のコラムでは、「イラク戦争の最終的な評価は、大統領の言うとおり、後世の『歴史の審判』に委ねられることになるだろう。」とありました。

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2011年12月14日 (水)

皆既月食の写真を撮る

 平成23年12月10日皆既月食が見られ、その写真を撮りました。

 当日の天気予報は関東地方は曇りでしたが、幸いにも天気予報が外れ、時々薄い雲が出たくらいで、月食観測にはほとんど支障なく、きれいに見ることができました。

 日本ではどこでも同じ時間に見えました。月食の時間は次の通りでした。

 月食の進行  時刻(国立天文台)

・部分食の始まり 10日21時45.4分

・皆既食の始まり 10日23時05.7分

・皆既食の最大  10日23時31.8分

・皆既食の終わり 10日23時58.0分

・部分食の終わり 11日01時18.3分

 通常夜は10時頃床につくのですが、この日は11時20分頃まで3脚にセットしたカメラを持って、ベランダと部屋を出たり入ったりしました。超薄型のバカちょんカメラなのであまり写りがよくありません。

 21時45分月食が始まったころの写真です。なんとなく月の左下が欠け始めているように見えます。

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 22時1分かなり欠けてきました。ちょっとピンぼけですね。

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 22時15分、欠け始めてから30分が経過しました。

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 22時28分頃の写真です。

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 22時45分、1時間が過ぎました。

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 22時56分、皆既月食9分前です。月が赤くなり始めました。

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 23時6分皆既月食の状態になりました。

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 23時13分皆既月食が続いています。

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 皆既月食を見るのは初めてです。

 皆既日食は太陽が見えなくなり、夜のように暗くなりますが、皆既月食は月が赤と白に変わります。多少暗くなる感じですが、日食ほどではないように思いました。

 貴重な体験でした。

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2011年12月 9日 (金)

フラガールと津波の被害を見る

 平成23年12月4~5日、クラブツーリズムの「いわき応援企画!きずなリゾート スパリゾートハワイアンズフリープラン1泊2日」の旅行に行ってきました。

 東京都中推協の忘年会で6人が参加しました。お天気は快晴、朝10時にスパリゾートハワイアンズ宿泊送迎バスにて東京駅鍛冶橋駐車場を出発、首都高から常磐自動車道を経由して、13時頃ホテルに到着しました。

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 チェックインまでの時間を利用して昼のポリネシアンショーを見物、バイキング料理をいただいた後、夜のポリネシアンショーを楽しみました。

 ポリネシアンショーは常磐炭鉱閉山後に生まれたフラガールのショーです。映画「フラガール」で一躍有名になrました。そして東日本大震災の後は、「震災復興 ニッポンに笑顔を ハワイアンズから元気を」をモットーに、全国きずなキャラバンを行いました。

 そして10月1日にスパリゾートホテルハワイアンズが部分オープンすると同時に、いわきのホームグラウンドに戻ってポリネシアンショーを再開したのです。

 明るく楽しいショーでした。

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 翌5日、塩屋崎灯台に行きました。

 ホテルからバスで湯本駅に行き、湯本からいわきまでは電車に乗りました。いわき駅は以前は平駅でした。

 電車が動いているのはいわき駅から5つ目の広野駅までで、その先は広野-亘理間が津波と原発のため不通になっています。

 いわき駅から塩屋崎に向かうバスは海のそばの道路が不通のため、内陸部の停留所で降りて歩く必要があります。「下町」で下車し海岸沿いの道を歩きました。

 途中私たちと同年代の男性が壊れかけた家の庭で作業をしていたので、仲間の一人が声をかけ、津波の時のことを聞きました。生々しく痛々しい話でした。

 左の家がその人の家です。

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 多くの家が流されたため、遠くの塩屋崎灯台が見通せました。

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 津波の爪痕はいたる所に残っていました。

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 海沿いの堤防がなくなって応急措置が取られていました。

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 1時間ほど歩いて灯台近くに着きましたが、まだ修理中で灯台のある丘には登れませんでした。数日前に灯台の明かりがやっと以前の明るさに戻ったとのことでした。

 美空ひばりのみだれ髪に碑は、近寄るとみだれ髪の歌が聞こえるはずでしたが、声が出ないようになっていました。津波の被害を考慮してのことではないでしょうか。

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 近くの学校の校庭にがれきの山ができていました。

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 別のバス停まで歩いてホテルに戻り、3時の高速バスで東京に向かいました。6時半東京駅着。

 いろいろ考えることの多い忘年バス旅行となりました。

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2011年12月 6日 (火)

柏レイソル日本一

 平成23年12月3日、サッカーJ1の最終節の試合が各地で行われました。

 柏レイソルは、埼玉スタジアムで行われた浦和レッズとの最終戦に3-1で勝ち、初優勝を果たしました。

 レイソルは今年はJ2からJ1に昇格したばかり、昇格したチームが優勝したのは、J1史上初めての快挙です。

 12月5日には2011年のJリーグ表彰式が横浜アリーナで行われ、レイソルのMFレアンドロに最優秀選手賞が、ベストヤングプレーヤー賞がレイソルの酒井宏樹に、最優秀監督賞がレイソルのネルシーニョ監督に贈られました。

 柏レイソルは日立製作所サッカー部から生まれました。グラウンドは柏駅から歩いて20分ほどのところにあります。私が毎週グラウンドゴルフを楽しんでいるあかね緑地公園はそのそばにあります。レイソル通りといわれている道を通って通っています。

 レイソルは1999年にナビスコ杯を制しました。また、2000年には最終戦に勝てば優勝というところで一歩届きませんでした。ところが近年は低迷が続いていました。1昨年途中から就任したネルシーニョ監督がチームを立て直したのです。

 私の住んでいる我孫子は柏市の隣にあります。映画を見る時や大きな買い物などは柏に出かけることが多く、わが町といってもいいくらいなじみがあります。平成19年には流通経済大柏高校が高校サッカー日本一になっています。今や柏はサッカーの街といってもいいかもしれません。

 

 

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2011年12月 3日 (土)

今年のプロ野球の終了とドラフト制度改善案

 平成23年11月29日、台湾の台中でおこなわれたプロ野球アジアシリーズ決勝戦でソフトバンクが韓国のサムスンに敗れ、プロ野球の試合がすべて終了しました。

 11月30日にはプロ野球新人王に巨人の長野外野手と西武の牧田投手が選ばれました。

 12月1日にはプロ野球のMVPにソフトバンクの内川外野手と中日の浅尾投手が選ばれました。

 横浜ベイスターズは球団の経営母体が変わり、横浜DeNAベイスターズになりました。 

 各チームの秋季練習も終了し、来年に向けてのチームの体制作りと戦力の補強に取り掛かっています。

 そしてドラフト会議で選ばれた新人の入団も続々決まりつつあります。

 ところが日本ハムから1位指名を受けた東海大の菅野智之が入団を拒否、1年間浪人することになりました。

 10月29日の手賀沼通信ブログは「若者の夢を奪った今年のドラフト会議」と題した一文を載せました。私はそこで次のように書きました。

 「確かにドラフト会議はだれを指名しても構いません。本人の希望しない球団が指名してはいけないという規則はありません。しかしそれが若者が長く抱いていた夢を壊すとすれば、あまりに無謀といえるのではないでしょうか。

 もし菅野投手が日本ハムの指名を受けないで、社会人野球に入るようなことがあれば、本人だけでなく日本のプロ野球界にとっても大きな損失になります。」

 社会人野球に入るかどうかは未定ですが、プロ野球で活躍できないことが現実になったのです。1年の浪人はプロ野球界にとって大きな打撃ですが、一番つらいのは本人に間違いありません。

 私はこんなことが起こらないよう次のようなドラフト改革案を考えました。

・1位指名は契約できると確信した選手を指名すること

・契約できなかった選手に罰金を払うこと

・1位指名した選手を契約できない時は、翌年は指名できる順位を各球団の最後とする

・他球団と重複指名はできない

 ぜひ改革を図ってほしいと思います。

 

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おめでとう稀勢の里

 平成23年11月30日大関稀勢の里が誕生しました。

 大関昇進のめどとされる関脇で直前3場所33勝には達せず、32勝どまりでしたが、正攻法でけれん味がなく、安定感のある成績が評価されたようです。横綱白鵬と年間3勝3敗の成績も後押ししたのかもしれません。

 北の湖、魁傑、三重ノ海、増位山、琴風、大乃国、千代大海なども32勝以下で大関に昇進しています。

 稀勢の里は現在25歳、茨城県牛久市の中学を卒業しました。牛久は県こそ違いますが、私の住んでいる我孫子市から常磐線で20分足らずの距離にあり、地元の力士という感じで応援していました。

 中学校を卒業して鳴門(元横綱の隆の里)部屋に入門しました。十両昇進と、幕内昇進はともに貴乃花に次ぐ2番目の年少記録でした。

 しかし入幕してからは長らく低迷が続き、大関昇進まで三役在位22場所と遅い方から4番目の記録、新入幕から大関昇進までは42場所と遅い方から5番目の記録でした。

 場所直前に鳴門親方が急死するという不運に見舞われました。その悲しみを乗り越えて10勝5敗の正式を残し、見事大関に昇進できました。

 しかし横綱を目指すには、腰高やわきの甘さ、中途半端な取り口を改善し、自分の相撲の型を身につける必要があります。

 これら欠点を克服してぜひ横綱の栄冠を獲得してほしいと願っています。

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