2014年3月28日 (金)
2014年3月25日 (火)
九州6県をめぐる旅-その3(NO.699)
前回の続きです。
第4日-3月21日(金、春分の日)
旅行最終日です。
今日は昨日より5分早く7時45分出発なので、5時20分に起きて温泉に入りました。こちらは関東より夜明けが30分ほど遅く、6時を過ぎて明るくなります。
明るくなったころ障子をあけて外をみたら雪が降っていました。南国でも、標高の高い雲仙では寒いのです。
ちなみにバスで下に降りてみると、雨が降ったあとがありましたが、青空が広がっていました。今日の天候は雪のち晴れでした。
7時45分九州ホテルを出発、長崎に向かいました。
途中諫早の老舗カステラ店杉谷本舗に立ち寄り、9時30分過ぎに長崎の南山手地区の駐車場に到着しました。
驚いたことにすぐ近くの埠頭に豪華客船のクイーンエリザベス号が停泊していました。旅行出発前に、横浜港に干潮時を利用してかろうじてベイブリッジをくぐったという記事を読んだばかりでした。
駐車場からお土産屋の立ち並ぶ坂道を上りました。
坂道の上には大浦天主堂がありました。
中には神々しいステンドグラスのキリスト像がありましたが、残念ながら撮影禁止のため内部の写真はありません。
すぐ見学を切り上げて隣のグラバー園に行きました。
グラバー園の一番高いところには旧三菱第2ドックハウスがありました。
この前からは長崎市街が一望できました。
グラバー園の中央にプッチーニのオペラ「マダムバタフライ」を唄ったオペラ歌手の「三浦環の像」とその楽譜をかたどった噴水がありました。
グラバー園はグラバー、オルト、リンガーなどの旧邸があった敷地に長崎市内に残っていた歴史的建造物を移築してできた観光施設です。
その中心がグラバー邸です。トーマス・ブレーク・グラバーはスコットランド出身で、1859年来日グラバー紹介を設立しました。日本人のツルを妻とし、幕末の動乱時代には若き志士たちを応援、維新後は日本の近代化に貢献しました。
グラバー邸の内部です。愛用のステッキがありました。
グラバー邸のそばには薩摩藩から贈られたソテツがありました。
グラバー邸の前からは、クイーンエリザベス号の雄姿が間近に望めました。
グラバー園の中にはハート石が2か所ありました。その1つとそれを写真にとっている人たちです。
長崎の有名なお祭りに「長崎くんち」があります。その時に活躍する出し物がグラバー園内の「長崎伝統芸能館」に飾られていました。
長崎の観光はここだけです。
やや後ろ髪を引かれる思いを残しながら、佐賀県有田に向かいました。
有田に立ち寄ったのは陶器を見るためではなく、「有田ポーセリンパーク のんのこの郷」で昼食をいただくためです。
ここではお酒と焼酎の試飲が楽しめました。
博多駅からは15時4分の新幹線で東京に向かいました。家には21時半ころに戻りました。
今回は温泉と食事と乗り物とピンポイントの観光を楽しむ旅でした。
旅でお世話になった添乗員、バスガイド、ドライバーの皆さんありがとうございました。
そして何よりも喜寿のお祝いの旅をプレゼントしてくれた妻に感謝したいと思います。
2014年3月24日 (月)
九州6県をめぐる旅-その2(NO.698)
前回の続きです。
第3日-3月20日(木)
前日と同じように、朝風呂と朝食を済ませ、7時50分に大分県湯布院温泉のホテル山水館を出発し、福岡県の柳川を目指しました。
天候はかなり雨に降られるとの予報でしたが、熊本城に入る時にちょっと降られただけの「曇り一時雨」でした。妻の「晴れ女」の実力発揮です。
10時に柳川に到着、さっそく「どんこ舟下り」を行いました。舟下りとはいうものの、川を下るわけでなく、掘割りの「お堀めぐり」と言った方が当たっています。
私たちの舟には、8組の夫婦と添乗員の17名が乗りました。かなりゆったりと座れました。
船頭は「たっちゃん」、ゆっくりとした口調で思いがけない辛口のユーモアを交えます。唄も何曲か披露しましたが、なかなかのものでした。
私たちのグループのもう1槽の舟は後からついてきます。船頭の歌声が響いてきました。
橋の下は狭く低いので、船頭さんは腰をかがめて通り抜けます。
漁に使われる「くもで網」がありました。
舟下りのお客を楽しませるために、いろいろな見せ場が用意されていました。たっちゃんは見せ場の前を通るたびに、ワサビの効いた説明を入れました。
柳川は詩人北原白秋生誕の地です。白秋の童謡「待ちぼうけ」の像です。
川をイメージした石碑もありました。
ひな人形を飾った場所もありました。
パラパラと雨が降ってきましたが何とかぬれずにお堀めぐりが終わりました。
バスは福岡県の柳川から引き返す感じで熊本市に行きました。
まずは昼食です。熊本城近くの城彩苑の中のあか牛料理の「山見茶屋」に入りました。
食事の後は熊本城見物です。熊本城天守閣見物が終わるまで小雨が降っていましたが、天守閣を出るとあがっていました。
観光客はそれほど多くはない感じでした。桜のシーズンになれば大混雑になるのではないでしょうか。
熊本城の入り口と、天守閣です。
天守閣からの眺めです。
本丸御殿にも入りました。
大広間はなんとも言えない美しさに輝いていました。天井の絵も見事でした。
熊本城の外に満開の桜がありました。ソメイヨシノと種類の違う桜のようです。
後で知ったことですが、この日に熊本県でソメイヨシノが開花したとのことでした。
熊本新港から有明海を横断して島原外港までフェリーに乗りました。23年前に来た時は逆コースでした。
今夜の宿は雲仙温泉の「九州ホテル」でした。
九州ホテルのすぐ隣には「雲仙地獄」がありました。勢いよく臭いのきつい湯気を出していました。
入浴前に雲仙地獄を一回りしました。
雲仙温泉の泉質は別府や湯布院と違い、硫黄のにおいが強烈でした。
それぞれの温泉を十分楽しむことができました。食事もどこもおいしい和食でした。
ホテルでお土産を買って宅急便で送りました。不要な持ち物も一緒に送ったので楽になりました。
2014年3月23日 (日)
九州6県をめぐる旅-その1(NO.697)
平成26年3月18日~21日九州旅行をしました。3回に分けてその内容を紹介させていただきます。
クラブツーリズム提供の「九州6県をめぐるご夫婦旅4日間」のツアー旅行です。ツアー名に「往復のぞみ号グリーン車・禁煙席・ペアシート確約 別府温泉鄕・湯布院温泉・雲仙温泉の『5つ星の宿』に宿泊」という長いサブタイトルがついていました。
私ごとですが、今年喜寿を迎えたため妻からのうれしいプレゼント旅行でした。
参加者は夫婦16組の32名。年齢層は推定40歳代から80歳代だったのではないかと思います。
添乗員は鶴間さん、前回の四国旅行に続いて男性です。
第1日-3月18日(火)
初日は新幹線とバスを利用して別府温泉に行くだけで、バスを降りての観光はありませんでした。
天気予報は曇りと雨のマークが出ていたので傘を用意しましたが、予報が外れて曇り一時晴れでした。
東京駅集合は9時50分、余裕を見て8時10分に家を出ました。
10時10分発の「のぞみ23号」に乗り、昼食には名古屋駅の「はんなり弁当」が配られました。福岡県の小倉駅に14時58分到着。
小倉からは4日間同じJRバスで移動します。バスガイドはベテランの今村さん、ドライバーは佐藤さんでした。
今夜の宿は大分県別府温泉の「ホテル白菊」です。2時間余りで到着しました。
九州の観光旅行には23年前に初めて行きましたが、今回の旅行とかなりダブっています。そのとき別府温泉に立ち寄り、地獄めぐりをしました。今回は泊まるだけで市内観光はありません。
温泉と食事をゆっくり楽しみました。
第2日-3月19日(水)
曇りのち晴れ。
5時30分起床、温泉と食事の後7時50分に出発しました。ちょっと忙しい朝でした。
まず原尻の滝に行きました。
原尻の滝は幅120メートル、高さ20メートルで田園に囲まれた平地に突如現れます。大分のナイアガラと言われています。阿蘇山の噴火で生まれました。
まず滝の下流にかかる吊り橋を渡りました。揺れるつり橋から見た滝です。
近くで見るとナイアガラに似たところも多少感じられます。
滝の上流に歩道があり一回りしました。歩道から見た滝の落ち口です。
はるか向こうに渡った吊り橋が見えていました。
次に向かったのが、宮崎県北部の高千穂峡でした。
バスで九州山地を1時間半以上走る途中、ところどころに雪が残っていました。11時頃に高千穂峡の駐車場に着きました。
すぐ上を平成にできたコンクリート橋「新都高千穂大橋」がかかっていました。
高千穂峡は天孫降臨の地とも言われるパワースポットです。
高千穂峡は自然歩道を歩いて巡りました。歩道入り口からはずっと下りの道でした。昭和にできた一番古い「神橋」へ向かいました。
神橋の上から見た昭和の「高千穂大橋」(鋼橋)です。
この3つの橋を「高千穂三段橋」と言います。ひとつの渓谷に3つのアーチ橋がかかっているのは高千穂峡だけです。
自然歩道をさらに奥へと進むと、高千穂峡最大のみどころ「真名井の滝」が現れました。ボートに乗って滝の間近に行くこともできます。
キャビアのとれるチョウザメを飼っている池もありました。
昼食は阿蘇五山を一望できるはずの瀬の本高原の三愛レストハウスでバイキング料理をいただきました。
ところが霞がかかっていて阿蘇の外輪山は見ることができませんでした。中国からやってきたPM2.5もまじっていたのかもしれません。
ただ途中で広大な黒々とした山焼のあとが見られたのは感激でした。
昼食後、やまなみハイウェイを通って湯布院へ向かいました。
15時40分、湯布院の駐車場に到着、1時間10分の湯布院散策を楽しみました。湯布院は妻のあこがれの街です。
まず近くの金鱗湖へ足を伸ばし、そこから自由散策となりました。
湯布院の街は女性好みのお店を中心として、美術館、民芸村、歴史館などが立ち並んでいます。昔からある温泉街とは全く違った町並です。
湯布院の街はほとんどのお店が夕方5時に店じまいをするとのことでした。
宿は「ゆふいん山水館」でした。夕食は7時半からでしたのでゆっくり温泉につかりました。
今日は妻の誕生日、大分名物の麦焼酎のお湯割りで乾杯、おいしい和食を楽しみました。
2014年3月17日 (月)
ソチパラリンピックが終了した(NO.696)
ソチパラリンピックは平成26年3月16日聖火が消され9日間の幕を閉じました。
日本選手は20名が参加し、金メダル3個を含む6個のメダルを獲得しました。日本人113名が参加しメダル8個に終わった冬季オリンピックに比べると、20名で6個のメダルは立派です。
愉快なのはソチオリンピックで日本のメダル数を上回った中国や韓国が1つのメダルも獲得できなかったことです。パラリンピックには中国は10名が参加、韓国は次回の開催国なので27名が参加していました。
私の独断と偏見ですが、中国や韓国では障害者の活躍の場がまだすくないのかもしれません。
ただ日本も欧米に比べるとパラリンピックの参加者は恵まれていません。個人の頑張りは立派ですが、国がもっと支援する体制を作る必要があると思います。
前回のバンクーバーパラリンピックではメダル11個でした。前々回のトリノパラリンピックではメダル9個でした。今回はそれを下回りました。
日本を上回る各国の成績は次の通りです。
金 銀 銅
1 ロシア 30 28 22
2 ドイツ 9 5 1
3 カナダ 7 2 7
4 ウクライナ 5 9 11
5 フランス 5 3 4
6 スロバキア 3 2 2
7 日本 3 1 2
今回のメダリストは過去の大会に出た人が主力でした。若い人が活躍できるような場を作って欲しいと思っています。
2014年3月 8日 (土)
2014年3月 6日 (木)
柏市の連続通り魔事件容疑者逮捕(NO.694)
平成26年3月5日夜、柏署捜査本部は柏市で3日深夜に起きた通り魔事件の容疑者として竹井聖寿容疑者(24)を逮捕しました。
3月3日11時30分頃、柏市あけぼのの市道上で会社員池間博也さん(31)が首や背中を刺されて死亡、現金1万数千円が入った手提げバッグを奪われました。またこの前後の約10分間に、自転車の男性が襲われて左手に軽傷を負い、車に乗っていた男性が約3500円などの入った財布を、別の男性が車を奪われました。
犯人は奪った車で逃亡、現場から約1.5キロ離れたローソンに車を乗り捨てました。
逮捕された竹井容疑者は殺害した池間さんと同じアパートに住んでいました。竹井容疑者は調べに対し、「間違いありません。金を奪おうとして刺した」と供述し、同じ現場で起きたほかの3件についても関与を認めているそうです。
柏市の隣の我孫子市の教育委員会は、市内の小学校と中学校に対し、4日から一斉下校を指示しました。
4日朝、我孫子市第一小学校に通っている孫娘の母親から、下校時に付いて帰ってほしいと頼まれました。午後は特に予定がなかったので、第一小に行き2年生と3年生の青コースの下校の児童について歩きました。4日から6日までは学校の都合で、1年生から3年生までは13時30分下校になっていました。
5日も一斉下校だったので一緒に歩きました。
犯人が逮捕されるまではこの状態が続くのかと心配しましたが、5日夜犯人が逮捕されたので一斉下校はなくなり、普通の学校生活に戻りました。
6日はその必要がなくなったのですが,風が強かったので、風に弱い孫娘のリクエストで、一緒に帰りました。
一斉下校の時はみんなまじめに歩きましたが、一斉下校でなくなって友達と帰ることになったとたん、いつもの遊びながらのダラダラ歩きに戻り、2倍の時間がかかりました。
なにはともあれ、犯人が逮捕されて一安心です。
2014年3月 3日 (月)
ブログのアクセス分析方法が変わった(NO.693)
平成26年2月からココログのブログのアクセス解析の方法が変わりました。
新しい解析方法は、デバイスごとのアクセス、地域ごと、年代ごと、性別ごとのアクセス数など詳しく分析しています。ヤフーから何件、グーグルから何件アクセスがあったなどどいう数字も出て来ます。
私のブログのように開設以来の平均が46件、ここ1カ月の平均が77件というあまり検索されないブログには、もったいないような解析がなされます。
その反面、開設以来のアクセス数の累計や平均アクセス数は出なくなりました。
そのため自分でエクセルの表を作り、累計や平均アクセス数を計算しています。
このブログは2008年8月開設なので5年6ヶ月経ちました。ちなみに3月2日現在では、累計アクセス数12万7千683回、平均アクセス数は46.1回となっています。平均アクセス数は少しずつですが増えています。
2014年3月 2日 (日)
ウインドウズ7のライブメールを使ってみた(NO.692)
平成26年2月28日午前11時頃に手賀沼通信第192号を新しく購入したWindows 8のライブメールで送信しました。
午前中約330人に一度に送ってみたのですが、通常は1時間以内に数人の方からメールが入ります。ところが半日待ってもメールが来ません。妻にも送っているのでついているかどうか確認したらついていないとのことでした。
Windows XPでも一度に送ると送れません。なぜかわかりませんが、100人以内に分けて送ると届くのです。
Windows 7では、メールソフトが、OUTLOOK EXPRESSからLIVE MALEに替わったので一度に送れると思ったのですがやはりだめでした。夜になって以前のように5回に分けて送ったら届きました。期待はずれでした。
ライブメールはアウトルック エクスプレスに比べるとサービスが落ちているところがあります。
たとえば、メールの最後に挿入される署名にハイパーリンクを入れているのですが、ライブメールではハイパーリンクになりません。1行ごとにエンターキーを押さないとハイパーリンクがつかないのです。
まだそんなに使いこんでいないので他にも不便なところが出てくるかもしれません。
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