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2018年10月29日 (月)

第24回手賀沼エコマラソン(NO.1179)

 平成30年10月28日第24回手賀沼エコマラソンが手賀沼を一周する道路で開催されました。

 昨年より日本陸連の公認大会となっています。読売新聞によれば9080人が走ったと報道されました。

 手賀沼エコマラソンは

1.手賀沼浄化啓発活動を推進

2.自然と調和し共存していく手賀沼を広くアピール

3.多くの人々の健康増進の昂揚

4.地域・社会の活性化とスポーツ文化の振興

 を目指すハーフマラソンです。

 昨年は雨の中の大会でしたが、今年は晴れたり曇ったりで風も弱く絶好のマラソン日和となりました。

 10時少し前に近くのふれあい道路に行きました。9時から交通制限となっているのでいつもは車でいっぱいの道路が広々していました。

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 10時に北柏ふるさと公園をスタート、10分過ぎに先頭グループがやってきました。今年も箱根駅伝に参加するゲスト出演の中央学院の選手が先頭をきっていました。

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 入賞を狙う選手が続きます。

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 選手と一緒にベビーカーを押して走っている人もいました。

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 応援の人も増えてきました。

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 市民ランナーが大勢続いていました。

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 いつもなら最後のほうまで応援するのですが、通行制限が切れると民謡の稽古に出かけるため応援を早々切り上げ帰宅しました。

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2018年10月26日 (金)

あびこ子どもまつり(NO.1178)

 平成30年10月21日手賀沼と手賀沼公園とアビスタであびこ子どもまつり実行委員会と我孫子市の主催で「あびこ子どもまつり」が行われました。

 第24回となっていましたが、アビスタにしょっちゅう行くのにこの祭りは初めてです。興味があったのでカメラを手に出直しました。

 本部でプログラムをもらいました。それには「子どもまつりに参加するすべての大人のみなさまへ」として「あびこ子どもまつりは『子どもがつくる子どものまつり』『それを実現させる大人の仲間づくり』を目指しています。(以下略)あびこ子どもまつり実行委員会一同より」とありました。

 今までに見たことがないほど子供たちが集まっていました。

 34のイベントが行われていました。

1.受付本部・子どもまつり銀行

2.アビーのカフェ

3.パトロールを体験しよう

4.げき「北風と太陽」

5.中国の遊びを体験しよう

6.かさぶくろロケットを飛ばそう

7.カフェ魔女のやりかた

8.ケーキ屋さん

9.エコクイズ大会

10.「手賀沼賞エコ子ども教室」研究発表会

11.バッグ屋さん

12.パソコンで楽しもう!

13.消しゴムでハンコを作ろう!

14.えいごで遊ぼう!

15.健康すくすくコーナー

16.作ってみよう!バルーンアート

17.おばけめいろ

18.むかいばなしだよ!

19.ちびっ子あそびのスペース

20.子ども記者体験

21.SLの駅員さん

22.キャンディパーク

23.スーパーボールすくい

24.ごっこひろば

25.AKB45

26.みんなの屋台村

27.プチ★ゲーセンスペシャル

28.冒険あそびモンキーブリッジ

29.飛ばしてあそぼう

30.ゴルフにチャレンジ

31.カヌー体験乗船会

32.ヨット体験

33.船から見る「手賀沼のふしぎ発見!」

34.白バイ・移動交番乗車体験

 子供も大人も楽しそうでした。

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2018年10月23日 (火)

2回目の名戸ヶ谷あびこ病院入院-2(NO.1177)

 前回の続きです。

10月12日(6日目)

 朝、多少出血、夜中も含め1日中点滴が続き、食事はありません。

 入院後普段飲んでる薬をチェックされ、血液サラサラの薬バイアスピリンは禁止となりました。毎夜デパス(またはエチゾラム)を2錠飲みました。これがないとよく眠れないからです。私の持参した薬がなくなると、病院で処方されました。

10月13日(7日目)

 朝の出血は止まりました。昼食から10%のおかゆが復活、夜の点滴がなくなりました。

 6階から4階の410号室に引っ越し、くしくも2年前に入院した同じ部屋の同じ窓側のベッドでした。4人部屋です。

 娘が来てくれました。13日間の入院中妻はほとんど毎日来てくれました。感謝感謝です。夜の点滴がなくなりました。

10月14日(8日目)

 昼食から3分がゆになりました。息子夫婦が妻と一緒に見舞いに来てくれました。1本当たりの点滴のスピードが速くなりました。3時間くらいです。夜の点滴がないと1日3本です。

 巨人ヤクルト戦で巨人の菅野がCSで初めてのノーヒットノーランを達成したので少しの間病院生活の憂さを忘れました。

10月15日(9日目)

 出血なしが3日続き、もう出血は止まったと確信しました。日中の点滴3本。

10月16日(10日目)

 点滴1本。これで点滴はすべて終わりました。10日間続きました。左腕から点滴の針を抜きすっきりしました。解放感いっぱいです。

10月17日(11日目)

 明後日の退院が決まりました。洗面室で頭を洗いました。2回目です。5分がゆになりました。

10月18日(12日目)

 本日の大学同窓会と来週の元の会社の同期会に欠席を電話連絡。民謡愛友会の関係者に20日の我孫子市民謡文化祭の世話役交代を依頼、出演は可能と電話しました。

 午後愛友会会長がお見舞いに来院。退院直前なのに申し訳ない気持ちでした。

10月19日(13日目)

 朝食にやっと100%のおかゆが出ました。再再発を防ぐための注意点を回診の先生に聞きましたが、絶対的な方法はないようです。食事に気を付けること、便秘しないこと、お酒は半分にすることと言われました。お酒の量を話したわけではないのであいまいです。再発の可能性は消えません。もう旅行は無理かもしれません。

 妻は所用のため娘が車で迎えに来てくれました。名戸ヶ谷病院の先生、看護師、その他のスタッフの方ありがとうございました。また、妻をはじめ家族のありがたさを改めて感じました。

 家に戻り、ゆっくり昼食と夕食を取り、13日目のお風呂に入り、我が家での普通の生活を楽しみました。

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2018年10月22日 (月)

2回目の名戸ヶ谷あびこ病院入院-1(NO.1176)

 平成30年10月7日大腸憩室出血で名戸ヶ谷あびこ病院に入院しました。

 平成28年10月8日に入院してからちょうど2年後に再発しました。

 前回は2度に分けて「名戸ヶ谷あびこ病院入院記」をブログに書きました。今回は前回の入院記とだぶらないよう、日ごとにまとめてみます。やはり2回です。

10月7日(1日目)

 午後3時ころトイレに行ったところ便器が血で赤く染まっていました。前回の経験から大腸憩室出血に間違いないと判断し、名戸ヶ谷あびこ病院に電話しました。

 連休初日の日曜日でしたが、救急車でなく自分で来れたら来てほしい、当番医が対応するとのことでした。妻は柏に出かけていたので電話で呼び出し、いそいで帰ってもらいました。

 妻が戻るまでに、入院に間違いないと判断して必要なものをそろえました。この病気は痛みがないので動けます。ただその間にもトイレに4回通い出血が続きました。

 16時30分に病院に到着、日曜日で自己申告のため、待合所でかなり待たされました。その間もトイレで出血、呼ばれた後は血液検査、尿検査、CT、レントゲンと検査が続き、約1週間の入院が宣告されました。前回は11日間でしたので、ちょっとホッとしました。

 610号室に入りました。妻は8時過ぎまでいてくれました。結局この日は10回トイレで出血しました。出血止めの点滴が翌朝まで続きました。

10月8日(2日目)

 入院以後出血止めの点滴が続きました。出血は朝と夕方。食事は出ません。妻と娘夫婦がお見舞いに来てくれました。

10月9日(3日目)

 連続して点滴。出血止めの点滴は2本までしか連続できないので、間に栄養剤の点滴が入ります。食事は出ません。

 連休があけたのでクラブツーリズムに予約していた14日からの3泊4日のツアーをキャンセル、30%のキャンセル料をとられました。妻に市役所に行き高額医療限度額認定書をとってきてもらいました。

10月10日(4日目)

 昨日から出血が止まったので昼食から10%のおかゆの食事が出ました。夜の点滴もなくなりました。点滴がなくなるとホッとします。

 入院以来時間を持て余して、テレビと読書で過ごしました。退院するまでテレビカードは6枚使いました。入院中大半は午前中はメジャーリーグの野球、夜は日本のクライマックスシリーズです。

 10月11日(5日目)

 夜中に出血。朝は3分がゆでしたが、出血のため昼食から食事がなくなり、オールナイトの点滴が復活です。出血のため1周間で退院できる望みはなくなりました。

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2018年10月21日 (日)

高橋由伸元巨人監督の再起を期待(NO.1175)

 ブログを書くのは10月5日以来です。10月7日に大腸憩室出血を発病し、10月19日まで入院していました。入院生活については改めてブログに書く予定です。

 10月3日に高橋由伸巨人監督が辞意を述べました。その後のクライマックスシリーズは菅野投手のノーヒットノーランなどの活躍もあり、3位の巨人が2位のヤクルトを破りましたが、ファイナルステージでは広島に3連敗し最後を飾ることはできませんでした。

 私は戦後プロ野球が再開して以来の約70年間巨人のファンです。でも今年は巨人の野球放送をほとんど見ませんでした。

 今までで一番巨人から遠ざかったと言えます。負けても負けても応援し続ける阪神ファンには敵いません。強い巨人しか許せない心の狭いファンなのです。

 巨人が5チームとの対戦を終えた4月16日に「早くも由伸巨人に黄信号」というブログを書きました。私にはその時点で今年も優勝できないという予感がありました。

 由伸監督に欠けているものとして4つあげました。

・勝利に対する闘争心

・選手を統率し盛りあげる力

勝つための策

・運

 今、それに加えて

・連敗を止められない

・苦手チームを作ってしまう

という弱点を加えたいと思います。

 昨年度は13連敗、今年は15試合を消化した時点で6連敗、クライマックスシリーズで3連敗などがあります。

 苦手チームは今年の広島戦7勝11敗1分け、DeNA戦9勝15敗1分け、ヤクルト戦11勝13敗1分けです。 

 今年辞任を決意したのは当然で、本人にもいい決断だったと思います。

 監督は結果が全てです。岡本や吉川尚樹、や田中俊太などを育てたことは評価できますが、勝利という結果にはつながりませんでした。

 4月16日のブログにも書きましたが、長嶋、王、原の名監督も1度退いて2度目の復活を果たしたという事実があります。

 由伸監督も野に下って野球を勉強しなおし、2度目の復活を果たすよう祈っています。

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2018年10月 5日 (金)

3回目のヤクルトバスツアー(NO.1174)

 平成30年10月4日、3回目の「ヤクルト工場見学ふれあい健康ツアー」に妻と参加しました。

 1回目は平成25年9月30日にヤクルト茨城工場に行きました。見学後反対方向の築地まで取って返し、築地や浅草を見物しました。2回目は平成28年5月24日ヤクルト富士裾野工場を見学しました。箱根仙石原プリンスホテルで昼食をとったあと秩父宮記念公園に行きました。

 今回も富士裾野工場の見学です。天気予報は弱い雨が降るとのことでしたが、行動中は雨は降らず、傘を使うことはありませんでした。

 我孫子駅南口を6分遅れの6時46分に出発しました。前回より50分も早い出発です。参加者は36名、ヤクルトからは3名のスタッフが参加、私たちの面倒を見てくれました。

 途中、八潮、海老名、足柄のサービスエリアでトイレ休憩をとりました。

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 前回は足柄サービスエリアから素晴らしい富士山の雄姿が眺められましたが今回は雲に隠れて全く見えませんでした。

 ヤクルト富士裾野工場へは11時に到着しました。全員で記念写真を撮ったあと、ホールでヤクルトに関して、いろいろの面からビデオを交えて説明がありました。

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 5年前の1回目の説明ではヤクルトは日本を含む世界32の国と地域で飲まれているとのことでしたが、現在は海外37の国と地域で飲まれているということでした。5年の間に企業の成長の跡が感じられました。

 ジョアを試飲し、お土産をいただいて工場見学を体験しました。

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 内容は前回と同じです。工場内での撮影は禁止でした。

 なお1回目と2回目のブログは、「手賀沼通信ブログ ヤクルトバスツアー」で検索すれば出てきます。そこで説明内容などを書いています。

 そのあと昼食に「ふくふく」で和食膳をいただきました。前回はフランス料理でいたが今回は和食です。スタッフの心配りが感じられました。デザートもきれいで美味でした。

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 その後山中湖花の都公園に行きました。広大な敷地の中に季節に応じて花の見られる自然をテーマにした公園です。

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 40数年前、山中湖でIT会社の新入社員研修をやっていたころには存在していなかった公園です。

 その中の一角が有料の清流の里です。三連大水車、明神の滝、溶岩公園、溶岩地下体験ゾーンなどがありました。

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 時間がないため回りきれないところがありました。

 そのあとは河口湖まで足を延ばし、ハーブ館でしおり製作体験をしました。

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 観光シーズンを外れた河口湖は静かでした。

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 ヤクルトバス旅行はバスの中でも退屈をさせないようスタッフの方々がいろいろ工夫して用意してくれています。

 ヤクルトレディーのビデオレターを皮切りに、自己紹介、クイズ、じゃんけん大会など盛りだくさんでした。私もじゃんけん大会で勝って景品をいただきました。

 スタッフの皆さん、楽しいバスツアーありがとうございました。

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2018年10月 4日 (木)

貴乃花、角界を去る(NO.1173)

 平成30年10月1日元横綱貴乃花は日本相撲協会に提出していた退職届が正式に受理され、角界を去ることになりました。

 貴乃花部屋に所属していた力士ら計10人は千賀の浦部屋に移籍しました。貴乃花部屋は消滅しました。

 貴乃花親方は9月25日に記者会見を開きました。その席で元横綱日馬富士による貴ノ岩への傷害事件に関し、内閣府に提出した告発状を事実無根と認めなければ、親方を廃業せざるを得ないような要請を受けたと述べました。そして「事実無根と認めることはできない」として退職を決断したと説明しました。これに対して日本相撲協会は「圧力をかけた事実はないと反論しました。

 私にはどちらが正しいかはわかりません。ただ22回の優勝を成し遂げた大横綱が角界からいなくなるのは残念でなりません。

 私はモンゴルの横綱が巾を利かせるようになってからテレビの相撲はあまり見なくなりましたが、初代若乃花の時代、いやもっと前の若乃花が下から上がってくるころから大の相撲ファンでした。60数年前からです。

 まず最初に好きになったのが初代若乃花でした。それから大鵬、初代貴ノ花、若貴兄弟、そして元横綱貴乃花まで続きました。その間の名勝負、名場面が数多く頭に残っています。右ひざを負傷しながら、武蔵丸との優勝決定戦を制し、鬼のような表情を見せたのは忘れられません。

 貴乃花には将来理事長になってもらいたいと期待していました。

 今回このようになったのは貴乃花と相撲協会、特に八角理事長のコミュニケーション不足が最大の原因と思います。貴乃花ファンなのにあえて言いますが、日馬富士事件の時にマスコミにとったあのかたくなともいえる取材拒否の態度に貴乃花の考え方がうかがわれるように感じました。相撲協会も邪魔ものはさっさとやめろという態度のように感じました。

 もう少しお互いに胸襟を開いて話し合えば解決策はあったのではないかと思います。

 これからの貴乃花には記者会見でも述べていたように、今までの経験を活かして、日本の、そして世界の相撲道に貢献してくれることを期待しています。

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2018年10月 3日 (水)

本庶佑氏にノーベル生理学・医学賞(NO.1172)

 2018年10月1日、京都大学特別教授の本庶佑氏がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 受賞理由は、免役を抑制する働きを持つ分子「PD-1]を発見し、薬でこの分子の働きを抑え、人間がもともと持っている免疫力を回復させる「がん免疫療法」に道を開いたことです。共同受賞者はアメリカテキサス大のジェームス・アリソン教授です。

 本庶氏の研究成果をもとに小野薬品工業が開発した「オプジーボ」は、従来の抗がん剤が効きにくい難治性の皮膚がんや肺がんなどに対する免疫療法の新薬として生まれました。本庶氏はこの開発を主導しました。

 がんの免疫療法は、手術、放射線治療、抗ガン剤に次ぐ「第4のがん治療」と呼ばれるようになりました。

 日本のノーベル賞受賞者は一昨年の生理学。医学賞の大隅良典氏に次ぐ26人目です。

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2018年10月 2日 (火)

台風24号の被害と停電(NO.1171)

 平成30年9月30日の夜から10月1日の未明にかけて台風24号が我孫子にも多少の被害をもたらしました。

 台風24号は発生直後は中国方面に向かうと予想されていましたが、途中から偏西風に乗って日本を直撃、縦断しました。最初は沖縄を直撃、30日午後8時ころ和歌多摩県の田辺市に上陸、スピードを上げて関東から東北を縦断し太平洋に抜けました。

 沖縄から北海道まで各地に集中的な大雨と暴風をもたらしました。死者4名、行方不明1名と人的被害は少なかったのですが全国89万戸の停電と全国的な交通マヒをもたらしました。

 私の住んでいる我孫子市若松でも3日の夜中2時から1日10時まで8時間の停電がありました。この地区での停電は記憶にないくらい久しぶりのことです。東日本大震災の時は我孫子市は被災地だったため免れました。

 翌朝近くの交差点に行ってみましたが、信号機は停止ししていました。

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 ところがその先の交通量の多い手賀大橋の信号機は作動していました。そこは停電しなかったようです。

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 若松のウェルシアは停電しなかったため無事に開店していました。若松でも停電のなかったところもあったようです。

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 停電したケイホクでは冷凍食品が融けたので開店は夕方になるとお店の人が嘆いていました。

 我が家では冷蔵庫の中は何とか無事でした。

 数年ぶりに廊下の雨漏りがありました。

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 あとは雨樋が外れたり、植木が倒れた程度でした。

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 交通マヒは首都圏のJRの在来線が30日20時以降の運転を停止したのが大きかったようです。

 私の場合は民謡大会のあとの打ち上げが中止となりました。帰りの足がなくなるためです。

 久しぶりに停電を経験したのでブログに書いてみました。

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