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2021年3月30日 (火)

手賀沼親水公園とその先の遊歩道のソメイヨシノ(NO.1451)

 令和3年3月29日、手賀沼の親水公園とその先の遊歩道のソメイヨシノを見に自転車を飛ばしました。

 親水公園は3月26日の状態を手賀沼通信ブログに書きましたが、その時は6,7分咲きでした。それがわずか3日間で満開になりました。5月並みの暑い日が続いたおかげでしょう。

 親水公園のソメイヨシノです。我孫子市売り出しの桜の名所です。桜のトンネルができていました。平日ですがかなりの人出でした。

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 今回は親水公園の先の手賀沼遊歩道の桜も見てきました。親水公園から先は大きな木になります。逆に人の数は少なくなります。

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 途中にちょっとした広場がありソメイヨシノで囲まれています。

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 2つ目の釣り堀を超えてしばらく行ったところに桜並木があります。白鳥が遊んでいました。桜とよくにあっていました。

 この辺りは親水公園から自転車で15分以上かかります。歩くには遠いので見かけた人は数人でした。

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 沼に沿った遊歩道の終点まで行きました。

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 この辺りまで来る観光客はいません。ハイキングやウォーキングで来る人がいるくらいです。 

 帰りは途中遊歩道から離れて我孫子市の家庭菜園の桜を見に立ち寄りました。菜の花もきれいに咲いていました。

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2021年3月29日 (月)

プロ野球が開幕し最初の3連戦が終わった(NO.1450)

 令和3年3月26日今年のプロ野球が開幕しました。センバツ高校野球も行われており、まさに球春到来です。ワクワクする季節になりました。

 プロ野球は残念ながらコロナのため観客の上限は1万人、延長戦はなく9回で試合が終わります。ただ、年間1チーム143試合で、交流戦、クライマックスシリーズ、日本シリーズは例年通り行われます。

 昨年は開幕が遅れ、120試合で、延長は10回まで、交流戦や従来通りのCSは行われませんでした。今年はかなり元に戻った感じです。

 3月28日に最初のカードの3連戦が終わりました。たったの3試合で今年の予想をするのはおこがましいですが、次のように感じています。

 セリーグは巨人と阪神が強さを見せています。巨人はDeNAに対して2勝1分けでした。阪神はヤクルトに3連勝でした。どちらかが優勝するのではないかと思います。

 阪神のドラフトNO1の佐藤が第2戦でホームランを放ち大器の片りんを見せました。田淵の活躍を偲ばせます。

 パリーグはソフトバンクと楽天が優勝を争いそうです。ソフトバンクは昨年唯一負け越したロッテに3連勝でした。しかもさよなら勝ちが2試合です。

 楽天は日本ハムに2勝1敗でした。田中将大を休ませてです。ドラフト1位の早川が6回無失点8奪三振の活躍を見せました。

 まだ始まったばかりで独断と偏見の予想ですが、楽しみに見ていきたいと思っています。

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2021年3月27日 (土)

手賀沼周辺のソメイヨシノの開花状況-満開のところや6,7分咲のところもある(NO.1449)

 令和3年3月26日手賀沼周辺のソメイヨシノを見に自転車で行ってきました。

 平日にもかかわらずお花見の人が来ていました。特に手賀沼公園は春休みの子供たちとそのママさんたちでにぎわっていました。

 ソメイヨシノは場所によってあるいは木によって満開のところもあれば、6,7分咲のところがありました。手賀沼周辺の花の咲きぐわいを東から西に追っかけてみましょう。

 我孫子市から柏市に抜けるふれあい道路は桜並木が続いています。桜と菜の花のコラボがみごとです。ここはほぼ満開でした。

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 手賀沼公園は桜の木はそれほど多くありません。満開の木と6分咲の木がありました。

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 遊歩道はほとんどが6,7分咲です。築堤工事のため伐採されて以前と比べると桜の木は半分ほどに減りました。

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 我孫子高校の裏にもソメイヨシノがあります。ここは満開でした。

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 我孫子市は親水公園のソメイヨシノを観光名所として売り出しています。

 満開になると桜のトンネルが見られるのですが、ここはまだ6,7分咲でした。満開になってもおそらく今年はコロナのためライトアップはしないのではないでしょうか。

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 親水公園から先の桜もきれいですが、今回は足を延ばさなかったので省略します。

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2021年3月26日 (金)

東京オリンピクの聖火リレーが始まった(NO.1448)

 2021年3月25日、東京オリンピックの聖火リレーが福島県楢葉町と広野町にあるサッカー施設「Jヴィレッジ」から始まりました。

 出発式は9時から無観客で行われました。ちょうどセンバツ高校野球の千葉県の専大松戸の試合と重なったため、チャンネルを交互に切り替えながら見ていました。

 出発式にはサッカー日本代表「なでしこジャパン」の選手と佐々木監督が登場しました。東日本大震災の2011年にワールドカップで初優勝し、日本を勇気づけたことで選ばれました。

 9時41分桜をモチーフにしたトーチをもって出発しました。コロナ対策をしながら約1万人の走者が121日間全国の859市区町村をめぐります。そして7月23日の開会式で国立競技場の聖火台にともされます。

 我孫子市には7月3日にやってきます。しょうなん道の駅から手賀沼公園までを走ることになっています。我が家から徒歩1分のふれあい道路を通るのでぜひ見に行こうと思っています。

 1964年の東京オリンピックでは聖火リレーのことはほとんど覚えていません。今ほど騒がれなかったように思います。オリンピックそのものに焦点が当たっていたのではないでしょうか。

 今回はコロナのこともあり、不祥事で責任者が2人もやめたりしたこともあって、いろいろな面からオリンピックが話題になっています。聖火リレーも走る予定の人の辞退が頻発しました。

 121日間無事に走り終えるよう願っています。

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2021年3月23日 (火)

ピロリ菌退治を始める(NO.1447)

 ここ半年くらい胃の調子がおかしかったので、令和3年3月10日我孫子市の東葛辻中病院で胃カメラとピロリ菌の検査をしました。結果は慢性胃炎とピロリ菌が見つかりました。

 胃がんでなかったので一安心でしたが、ピロリ菌はがんの一つの原因にもなると聞き、ピロリ菌を退治する治療を始めました。

 ボノサップパック400を朝・夕に1週間飲むことになりました。アモリン250が3錠、タケキャブ20が1錠、クラリス200が1錠の合計5錠でボノサップパック400になっています。

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 朝は以前から狭心症と高血圧と糖尿病の薬を飲んでいますので合計8錠、夜は高血圧の薬を1錠飲んでいるので、寝る前に飲む安定剤の1錠を加えると、1日合計15錠もの薬を飲むことになりました。

 体がはたしてこれだけの薬を区別してそれぞれの効能を受け入れてくれるものなのでしょうか。ちょっと心配しながら飲んでいます。

 今の最大の楽しみである晩酌はこの1週間は控えることにしました。ドクターは飲みすぎなければ問題ないというのですが、ウェルシアの薬剤師はお酒はやめたほうがいいというので薬剤師の言葉を優先しました。

 1週間ボノサップを飲んだ結果は、2か月以上あけて再検査をすることになっています。

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2021年3月21日 (日)

緊急事態宣言の解除とオリンピック海外客の断念(NO.1446)

 令和3年3月21日をもって1都3県に出されていた緊急事態宣言が解除されます。これで1月7日以来の緊急事態宣言はすべて解除となりました。

 日本全国では1月9日の7860人をピークに3月9日の599人まで減りましたが、それ以後はまた増加に転じ、3月20日では1518人に増えています。政府は緊急事態宣言ではもう感染の減少は果たせないと見込んだと思います。

 今までのやり方ではだめで新しい方策を考える必要があると考えたのでしょう。そのため3月18日に再拡大防止の5対策を発表しました。

1.飲食店対策

2.変異ウィルス対策

3.PCR検査の強化

4.ワクチン接種の推進

5.医療提供体制の充実

 内容については従来通りのものがあり、また具体的な方策が見えないものがあります。

 読売新聞は3月21日のトップに7つの提言を載せています。

1.パンデミックでは病床を「有事用」に

2.感染爆発に耐える医療計画策定

3.国はワクチン確保に全力を

4.変異ウィルス監視で封じ込め

5.仮設医療・療養施設の展開を迅速に

6.看護師の負担軽減を徹底

7.保険所の職員を増員せよ

 そして別の紙面で提言の内容を具体的に述べています。政府のワクチン政策では接種についてのみですが、読売ではワクチン開発の援助まで踏み込んでいます。ぜひ政府は提言を真剣に検討してほしいと思います。

 東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会は3月20日海外からの一般客の受け入れを断念すると発表しました。予想通りの結果となりました。今の日本と世界の現状からいい結論だと思います。観光や運輸関係の業者には打撃ですが、オリンピックを無事に開催するためには仕方がありません。

 受け入れる場合は、検疫や医療体制に今以上の負担をかけられません。受け入れた観客の安全や国内の感染拡大も予想が付きません。海外の方はテレビで楽しんでもらいましょう。

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2021年3月19日 (金)

2年ぶりの選抜高校野球が始まった(NO.1445)

 令和3年3月19日センバツ高校野球が始まりました。

 2年ぶりに上限1万人の観客を入れての開催です。昨年はコロナのため大会は中止となりました。その代わり、選ばれた32校が夏に甲子園に招待され、1試合ずつ戦うということになりました。今年は32校がコロナ対策をしたうえで戦います。

 19日に行われた開会式は6校だけの参加で行進しました。他の26校は事前に撮影した映像をバックスクリーンに映すという方法で参加しました。

 わがふるさと愛媛県からは聖カタリナ高校が、千葉県からは専大松戸高校が出場します。聖カタリナ高校は私の高校時代には存在していなかった高校、専大松戸高校は長男の母校です。

 高校野球というと故郷の高校と現在の居住県の高校を応援してしまいますが、今年はコロナを乗り越えての出場です。どこの高校も頑張ってほしいと願っています。

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2021年3月18日 (木)

手賀沼公園と遊歩道のソメイヨシノが開花していた(NO.1444)

 令和3年3月18日好天誘われて手賀沼公園と遊歩道にデジカメを持って出かけました。もしかしたらソメイヨシノが開花しているのではないかと思ったからです。予想通り開花していました。

 手賀沼公園では2本の木で開花していました。おそらく2~3日前に開いたのではないでしょうか。

 もっとも全部の木を見たわけではないので、ほかに開花している木があるかもしれません。昨年は3月20日にソメイヨシノが開花したブログを書いていますが、写真を見ると今年よりも花が多いので、今年も昨年並みかもしれません。

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 遊歩道は公園から我が家までの間では1本の木に花が咲いていました。ほかの木はまだでした。

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 これからは散歩はしばらくの間は雨でない限り手賀沼遊歩道から公園まで歩くことに決めました。

 ソメイヨシノが楽しめるからです。足の痛みが軽くなることと思います。

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2021年3月15日 (月)

職場の思い出-その1 三井生命(NO.1443)

 思い出シリーズの3は「住んだ場所」「学校」に続いて「職場」です。

 1960年(昭和35年)4月、大卒内勤社員として三井生命に入社しました。業界6位の生命保険相互会社でした。同期入社は42名でした。当時生命保険会社は、新卒として、大卒内勤社員、大卒外務員幹部候補社員、高卒事務職社員を採用していました。大卒は男性のみ、高卒は女性のみでした。

 どの生命保険会社は初任給はほぼ1万4千円、たしか都市銀行は1万5千円だったので、銀行に差をつけられていました。

 本社は日本橋にありました。1年後大手町に三井生命ビルが完成しそちらに移りました。配属は月掛保健部月掛料金課数理係で、主な仕事は保険に関する毎月の統計を取ったり、年1回の決算をすることでした。

 最初のころはIBMのパンチカードシステムのいろいろな機械を使っていましたが、新しい本社に移ってからはIBM650やIBM1401などのコンピュータを利用するようになりました。データもパンチカードと磁気テープになりました。

 IBM650は真空管を使ったコンピュータで記憶容量は3Kワード(容量は間違っているかもしれません)、機械の上には直接大きな空調機がかぶさっていました。今のパソコンやスマホしか知らない人には想像もつかないと思います。

 三井生命時代の記憶は、仕事よりも、労働組合と山登りのほうが残っています。組合の執行部には入りませんでしたが、退職時には本社地区の地区部長をやらされていました。

 山登りは入社2年目にハイキング部に入り、春から秋まで月に2回は仲間と通っていました。ハイキング部は冬にはスキー部に変わり、スキーも楽しみました。私の登った百名山は30幾つですが、三井生命時代がほとんどです。

 そして1964年9月三井生命を退職しました。4年9か月足らずの在職でした。日本アイ・ビー・エムにいた叔父から転職を勧められたためです。日本アイ・ビー・エムは急拡大中で、広く中途入社の人材を募集していました。

 三井生命は日本アイ・ビー・エムの大ユーザーだったため迷いましたが、直属の上司が「アイ・ビー・エムに行って勉強してその分三井生命のために尽くしてくれればいい」と言って快く退職を認めてくれました。その言葉通り、1年後にはシステム・エンジニアとして三井生命を担当することになりました。

 三井生命勤務は短かったですが、楽しいことばかりでした。私の妻は三井生命のキー・パンチャーでした。ハイキング部で知り合いました。また、42名からかなり減りましたが、三井生命の同期会には出席しています。

 

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2021年3月11日 (木)

10年前の東日本大震災時の記録と新聞(NO.1442)

 今日令和3年(2021年)3月11日は東日本大震災から10年です。

 かなり前から新聞やテレビなどでは東日本大震災のいろいろな記事や番組が見られました。今になってもその爪痕があちらこちらに残っています。心が痛むことが多いです。

 10年前の記録を探してみました。

 まず日記の記録です。当時の日記は10年日記だったため1日分がわずか4行しか書けないので簡単なメモ程度です。

 「東北・関東大地震発生、震源地は三陸沖、マグニチュード8.8。小学校下校見守りに行く途中で遭遇。仙台の長男一家と連絡取れず。電話・携帯不通」などと書いてありました。翌日連絡が取れて、親子3人無事で、車の中で生活していると記していました。3月4日には我孫子でも電池が買えないので、愛媛県の伊予市の妹から仙台に送ってもらったことが書いていました。

 次に手賀沼通信ブログには、3月12日に「『東北地方太平洋沖地震』による若松と手賀沼遊歩道の被害」を書きました。12日に被害状況を写真に撮って載せたのです。なお「東日本大震災」は最初は「東北地方太平洋沖地震」と呼ばれていました。

 3月25日のブログには「美しかった東北の海岸の思い出」というタイトルで、約3年間の仙台赴任中に訪れた場所や、地震の半年前にツアーで行った三陸海岸の思い出を書きました。

 このブログの左の欄のバックナンバーをクリックし、2011年3月をクリックしていただければご覧いただけます。

 最後に2011年5月発行の手賀沼通信第158号には「東日本大震災体験記」を載せました。仙台で被災した長男の妻が自分のブログに書いたものを借りてきたものです。生々しい体験を、地震に遭った直後から我孫子の私の家に戻ってくるまでをドキュメンタリー風に記録していました。マンションの中がめちゃめちゃに壊れた写真も載せました。

 手賀沼通信は文末のアドレスでご覧いただけます。

 震災後の3月12日から4月末までの読売新聞を保存しています。

 朝刊も夕刊も連日、地震と津波と原発の記事と写真で埋め尽くされています。あらためて眺めても、悲しい記事と写真ばかりで、心が折れそうになりました。計画停電による混乱も大きく取り上げられました。

 12日から16日までの新聞のテレビ版を調べてみました。NHKは5日間とも東日本大震災関連の放送ばかりでした。民放も12日は通常番組が載ってましたが、13日からはテレビ東京以外は大震災関連がかなり増えています。

 もう2度とこのような災害は経験したくないと感じています。

 http://tegatu1.web.fc2.com./(手賀沼通信バックナンバー)

 

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2021年3月 8日 (月)

学校の思い出-その6 資格学校(NO.1441)

 日本アイ・ビー・エム在職中で54歳のとき「宅地建物取引主任者(宅建)」の資格を取りました。仕事とは全く関係のない資格です。

 当時アイ・ビー・エムには45歳以上になると、何かを勉強するときにかかる費用を一定額まで補助してくれる制度がありました。

 ちょうどバブル時代、不動産取引が盛んで宅建の資格が人気でした。50歳半ば、将来のことを考える年代でした。そしてアイ・ビー・エムの制度を利用して何かの資格を取ってみようと挑戦したのが宅建の資格でした。通信講座を利用して合格しました。それが資格挑戦の病みつきとなりました。

 次に挑んだのが「国内旅行業務取扱主任者」と「一般旅行業務取扱主任者」の資格です。旅行代理店に必要な資格です。これらも通信講座で合格しました。楽しい勉強でした。

 次の目標は「社会保険労務士」の資格でした。通信教育を始めましたが、この資格は通信講座だけでとれるほど簡単ではありません。ここから資格学校通いが始まりました。56歳でアイ・ビー・エムの大リストラが発表された年です。

 大塚にある「日本ライセンスセンター」の休日を利用した講座に通いました。「集中問題解説講座」「一般常識集中講座」「直前対策講座」その他を学習しました。国仲先生の講座は素晴らしく、すっかりファンになりました。大学の授業はどちらかといえば後ろの席から埋まりますが、資格学校は前の席から埋まります。皆さん熱心に、懸命に先生の話を聞いていました。

 そして社労士試験を受ける直前にアイ・ビー・エムを退職、アコムに転職しました。転職の2週間後社労士試験があり合格しました。

 次に狙ったのが税理士資格です。相続税法の通信講座を始めました。そして松戸にある「大栄税理士学校」に通いました。しかし試験に失敗し、税理士の資格はあきらめました。社労士より数段難しい試験でした。

 社労士のほうは実務の通信講座を修了しスクーリングも終えました。日本ライセンスセンター社労士会にも入会しました。その気になれば開業することも可能でした。しかし開業するにはコネと実力が足りないことがわかりやめました。

 資格のほうはその後「行政書士」「英検準1級」「システムアドミニストレーター」などを取りました。行政書士のときは神田神保町にある「東京リーガルマインド」の「行政書士一夜漬け講座」に通いました。結局資格取得は仕事にはつながらず、趣味のようなものに終わりました。

 なお次は「職場の思い出」シリーズを書くつもりです。

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2021年3月 6日 (土)

緊急事態宣言の再延長とオリンピック・パラリンピックの海外からの入国について(NO.1440)

 令和3年3月5日、政府は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の緊急事態宣言を3月21日までの2週間、再延長をすることに正式決定をしました。

 再延長の理由は病床使用率が十分に改善されていないためです。飲食店の営業時間は8時まで、不要不急の外出自粛、イベントの人数制限(上限5000人、収容率50%)などはそのまま続けます。

 特に感染防止の新しい切り札はないため、国民の努力と我慢にかかっている感じです。春になりいろいろな式典や外出や旅行やお花見などが盛んになる季節ですが、今年はそれらを犠牲にするしかありません。ワクチンが国民に行き渡るのはまだ先です。頑張るしかありません。

 話が変わりますが、オリンピック、パラリンピックの海外からの観客を取りやめにしようという動きがあります。

 今の世界の感染事情からすると、オリンピックの観客を日本国内居住者に限るのは大賛成です。とても海外の観客を受け入れるのに適切な対処方法は見つからないと思います。

 選手と役員やスタッフに限り入国を認め、競技は感染防止対策をして通常通り行い、観客は日本在住者に限り人数を制限して感染対策をして入場させ、海外の観客はテレビで見てもらうという方法です。

 おそらくテレビの視聴率は増えると思われますので、IOCの最大のスポンサーのアメリカのテレビ局も反対はしないでしょう。選手に同行する役員やスタッフの数も最小限に制限する必要があります。

 選手やスタッフの入場については細心の注意が必要です。テニスの全豪オープンのときは感染者が乗っていた航空機に同乗していた選手は2週間の隔離生活を強いられましたが、オリンピックでもなんらかのルールを決める必要があるでしょう。

 ワクチンを接種した証明書やPCR陰性の証明書などが利用できるかもしれません。ウイズコロナでオリンピックを開催するには、関係者はあらゆる知恵を絞ることが要求されます。

 それでもオリンピック・パラリンピックは開催してほしいと願っています。

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2021年3月 2日 (火)

1都3県の緊急事態宣言解除には千葉県がキーとなっている(NO.1439)

 私は千葉県民です。

 令和3年3月7日に緊急事態宣言が解除される予定となっています。3月2日現在、政府は直前まで様子を見て決断すると発表しました。最近の感染状況は減少傾向となっていますが、千葉県があまり減っていません。

 1都3県の2月27日から3月1日までの新規感染者数を見てみましょう。(単位:人)

     27日 28日  1日

・東京  337 329 121

・神奈川 162 131  52

・埼玉  118  97  61

・千葉  151 132 127

となっており、3月1日には千葉県は東京都を上回り、各都道府県の中で最高でした。神奈川と埼玉は2桁の日がありますが、千葉は3桁です。

 人口当たりの割合を見てみましょう。3日間の合計の人数を人口1万人で割った数字です。(単位:人)

    3日間合計  人口

・東京  0.56 1397万

・神奈川 0.37  921万

・埼玉  0.38  734万

・千葉  0.65  628万

 千葉県の数字がダントツです。残念ながら東京と千葉しか長期的な数字は記録していませんが、それを見ると1月8日に最高の2447人を記録した東京は、3月1日には121人まで減少しました。

 千葉は1月16日に504人が最高でしたが、2月24日に90人まで減ったもののその後は3桁の数字になっています。

 3月7日に緊急事態宣言が解除されるかどうかは、千葉県が大きなカギを握っていると言えましょう。我々千葉県民は感染防止のしっかりした行動をとる必要があると感じています。

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