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2021年11月25日 (木)

ウォーキングの思い出-その2 いろいろなウォーキングを楽しむ(NO.1537)

 1987年(昭和62年)8月小型バイクを運転中誤って転倒し、鎖骨を粉砕骨折しました。50歳のときです。約1か月間入院、それを機会に熱中していたテニスとたまにやっていたゴルフをやめました。

 50歳代は,IBMでのリストラとアコムへの転職、父母や親しい人の死去、長女の結婚などが相次ぎ、自分の趣味を追いかける暇はありませんでした。

 1996年5月、59歳になってやっと足を使う運動を始めることになりました。IBM健保が定期的にやっていたウォークラリーです。すでにIBMは退職していましたが、健保には加入していました。

 ウォークラリーは数人の仲間とチームを組み、地図に定められたコースをクイズを解きながら歩きタイムを競う競技です。この時はコースは鎌倉でした。その後、2000年5月まで合計5回IBMの同じ仲間とお台場や、調布や、横浜などでウォークラリーを楽しみました。

 60歳代から70代前半まではいくつかの会に入会したり、いろいろなイベントに参加したりしながらウォーキングを楽しみました。

 「東京都中推協余暇研究会」では各地の七福神巡りやご府内八十八カ所めぐりを実施しました。ご府内八十八カ所巡りとは東京都に点在する88の寺院を、四国八十八カ所に見立てて回ります。23区内の各地のお寺7~9カ所を日帰りで何回かに分けて回りました。各地区ごとにリーダーとなる先達を決め、先達は前もって下見をする必要があります。私も何回か先達を務めました。

 千葉県生涯大学の在校生と卒業生の「歩こう会」では大集団で歩くことがありました。たいていは20名~30名でしたが、小石川後楽園や植物園に行ったときは220名が参加、コースに当たるところの迷惑を恐れながら歩きました。泊りがけで日本平近辺を歩いたこともありました。

 70代になってからは「わいわい楽遊会」で珍しいコースを歩きました。生涯大学の同級生のKOさんが常に一人で幹事を務め、下見をして仲間に驚きのコースを提供してくれました。

 読売新聞が主催する水ウォークというイベントがありました。川を巡ったり河川敷を歩いたりすることが多かったのですが、2003年3月には琵琶湖の「びわこなぎさ公園」から大阪の「中之島公園」までの90キロを3日かけて歩くというイベントがありました。それにも迷わず参加しました。しまなみ海道の1回目を歩いた年でした。3日目は足にマメを作りながら淀川の堤を歩いたのを覚えています。

 東京国際スリーデーマーチには2004年と2005年に参加しています。日本スリーデーマーチや浅川ツーデーマーチにも行きました。これはいずれも1日毎に自宅から参加するもので泊まり込む必要はありませんでした。1日のみの参加も可能でした。

 JR主催の「駅からハイキング」もよく利用しました。決められた駅に決められた日に集合し決められたコースを歩くものです。6回くらい参加しています。

 スリーデーマーチや駅からハイキングは生涯大学の同級生のKAさんとよく歩きました。KAさんの奥様が参加されたこともあります。

 我が家の近くで毎年11月に行われる「手賀沼ふれあいウォーク」には毎年のように参加していました。半周コースは10キロ、一周コースは20キロです。手賀沼はイベントと関係なく一人で歩くこともありました。

 そのほか気の向くまま日帰りで好きなところに出かけ歩きました。都内が一番多かったように思います。

 ウォーキングは75歳で体調を崩したため、心残りでしたがやめることになりました。

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