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2022年7月21日 (木)

情報発信の思い出-その1 ホームページ(NO.1618)

 ホームページは3つ作りました。その後2つは見られなくなり、1つだけが残っています。

 最初に作ったのは「手賀沼へいらっしゃい」というタイトルで手賀沼周辺のウォーキングコースを紹介したホームページです。

 ホームページを作るきっかけは、私が入会していたNPO法人「あびこ・インターネット・博物館」が公開している我孫子宣伝のホームページに倣って、我孫子にウォーキングで来る人のために参考になるホームページを作ってみようと考えたからでした。

 ホームページの画面を作るには通常HTMLという言語を使ってプログラムを書きます。ところが私はHTMLを知りません。そこで全くHTMLの知識がなくても画面をデザインできるIBMのホームページビルダーをいうソフトを購入しました。

 ホームページは契約しているインターネットのプロバイダーのサーバーの中に保存され、ユーザーがホームページのアドレスを指定すると読みだされます。ホームページを公開するには作成したファイルをプロバイダーのJCOMに転送する必要があります。JCOMは無料で100メガバイトのスペースを提供してくれ、5つまでのホームぺージを作ることができました。

 「手賀沼へいらっしゃい」を作るには準備として

①他の観光案内のHPを調べて、ダブらないよう毎月のベストコースを設定する

②観光スポットの写真を撮る

③コース地図を描く

④リンクするHPのオーナーに了解を取る

などをしました。

 ホームページビルダーとJCOMの説明書を印刷し精読しました。地図を作成するため無料のお絵かきソフトを入手しました。準備は大変でしたが、楽しくもありました。

 苦労した結果、2005年3月ホームページ「手賀沼へいらっしゃい」の最初のバージョンを公開することができました。その後少しずつ内容の精度を高め、写真をアップデイトするなどバージョンアップしました。

 ところが2016年9月JCOMがホームページのサポートを中止しました。「手賀沼へいらっしゃい」はあえなく見ることができなくなりました。理由はわかりませんが、スマホの利用が多岐にわたるようになり、インスタグラム、フェースブック、ツイッター、ブログなど、SNSの中心が変わってきて、個人のホームページの利用が減ったためではないかと思っています。

 2つ目のホームページは「手賀沼通信」をHPで見られるようにしたことです。手賀沼通信は最初は大学の後輩のKさんが、如水会ネットの恒友会ホームページに載せてくれていたのですが、自分のホームページに載せてみようと思い立ったのです。今では恒友会ホームページと私のHPの両方で手賀沼通信が見られますが、写真の画質などは恒友会ホームページのほうが鮮やかです。

 2006年8月に「手賀沼通信バックナンバー」として立ち上げました。最初はワードで作った手賀沼通信をホームページビルダーにコピーして作ったため見栄えの悪いものとなっていました。ところが49号からはKさんの作ったHDMLのファイルをいただけたので読みやすいものとなりました。

 しかしこのHPも2016年のJCOMのサービス停止のため中止の危機を迎えました。それを救ってくれたのがまたKさんでした。ホームページの掲載をサポートとしてくれるほかのプロバイダーを紹介してくれ、手賀沼通信をPDFファイルに変換して載せる方法を教えてくれたのです。

 おかげで「手賀沼通信バックナンバー」のHPは今も続けられています。

 3つ目のHPは大学のクラス会のHPでした。2012年前後に作った「Q友会ホームページ」です。これは如水会ネットとつないで利用するものでしたが、数年後に如水会ネットと接続できなくなり、作成も閲覧も不能となりました。

 ホームページ作成はとても楽しい経験でした。いい思い出になっています。

 

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