2023年9月26日 (火)
2023年9月23日 (土)
手放したくない本-その17 伊予市にかかわる4冊の本(NO.1744)
私は愛媛県伊予市の出身です。伊予市は昭和30年に市になる前は伊予郡郡中町でした。その郡中町と伊予市にかかわる4冊の小冊子が手元にあります。いずれも伊予市出身で郡中小学校・郡中中学校・松山南高校で一緒だった神田ミナ子さんからいただいたものです。
「郡中町家物語」は郡中町の中心地だった古い町の歴史や特徴を紹介した本です。私の実家は荒物屋で郡中町のど真ん中で商売を営んでいました。数字は正確には覚えていませんが、間口6間奥行50間くらいのウナギの寝床のような細長い家でした。そんな地割の商家がずらりと並んでいました。この本はそんな地割のなり立ちや名家といわれた宮内家の来歴などを含め、歴史を中心に掘り下げています。
「伊予市の歴史文化」と「伊予市の文化財」は町屋だけでなくもっと広い範囲で伊予市の歴史や文化や文化財を解説しています。
「本日、いよし日和」は伊予市が出している観光用の小冊子です。伊予市は平成の大合併で2005年に伊予市と双海町と中山町が合併し、新しい伊予市になりました。その新しい伊予市について2021年に観光パンフレットを立派なものに作り変えました。手放したくない本に入れるようなものではありませんが、もう旅行ができない体になったので帰省することはできません。私の知らない伊予市が載っているためとってあります。
2023年9月18日 (月)
敬老の日に発表された日本人の高齢者の記録(NO.1743)
2023年9月17日、総務省は18日の敬老に日に合わせて、日本人の高齢者の推計人口を発表しました。今年もいくつかの新記録が生まれました。なお高齢者とは65歳以上を意味します。
項目 人口 人口比 特記事項
・高齢者 3623万 29.1% 過去最高の%
・うち男性 1572万 26%
・うち女性 2051万 32.1%
・75歳以上 2005万 16.1% 初の2000万人超え
・80歳以上 1259万 10.1% 初の10%超え
国連の推計によると日本の高齢化率29.%は世界最高で、2位はイタリアの24.5%、3位はフィンランドの23.6%となっています。
高齢者の人口は前年より1万人減りました。前年より減ったのは1950年以降初めてですが、総人口(1億2442万人)も前年から54万人減ったため、高齢化率は逆に上昇しました。
国立社会保障・人口問題研究所は、第2次ベビーブーム(71年~74年)世代が65歳以上となる2040年には、高齢者人口は3928万人、高齢化率は34.8%になると推計しています。
なお総務省の調査によると、仕事をしている高齢者は19年連続で増加し、22年は912万人と過去最高を記録しました。就業者全体での割合は13.6%で就業者のおよそ7人に1人は高齢者となっています。
私は16年前に70歳で仕事を終えましたが、いまでは70代後半まで仕事をやめない人が増えていると思います。
2023年9月15日 (金)
阪神タイガース優勝おめでとう(NO.1742)
2023年9月14日阪神タイガースが読売ジャイアンツを4-3で破り、18年ぶりの優勝を果たしました。阪神優勝おめでとうございます。
甲子園球場で岡田監督を胴上げする最高の結果でした。18年前の優勝監督も岡田監督でした。
読売新聞には、岡田監督は選手との距離を取り、あまり細かいところに口を出さず選手自ら考えさせるというやり方が選手の力を引き出したと書いていました。また四球を重視して得点を重ね、1点差のゲームを昨年の20勝25敗から今年は25勝10敗に増やしています。救援陣は勝利の方程式を作るより、固定しないで休養を取らせるようにしました。
投打がかみ合った結果はリーグ最多の504得点、リーグ最少の371失点につながりました。(今年の記録はいずれも9月14日現在です)
ここで2リーグ制となった1950年以降の阪神優勝を振り返ってみましょう。
年 監督 MVP 沢村賞
1 1962 藤本定義 村山実 小山正明
2 1964 藤本定義 バッキー
3 1985 吉田義男 バース 日本一
4 2003 星野仙一 井川慶 井川慶
5 2005 岡田彰布 金本知憲
6 2023 岡田彰布 ? ?
MVPと沢村賞のブランクは阪神以外の人が受賞したことを示しています。
1950年以降74年間に6回目の優勝となりました。1985年には1度だけ日本一になっています。
今年はぜひ38年ぶりの日本一になってほしいと思っています。
2023年9月14日 (木)
アシナガバチの巣を駆除してもらった(NO.1741)
2023年9月13日蜂バスターズに依頼してわが家の庭にできていたアシナガバチの巣を駆除してもらいました。100匹はいたと言われました。思わず身震いでした。
この夏になって我が家の庭に蜂がよく飛んでいました。毎年見かけていたのであまり気にしていなかったのですが、庭の手入れをしている妻から、今年は多いと聞かされました。一度追いかけられたので逃げたと言っていました。
9月12日妻が庭に置いている道具入れの陰に蜂が出入りしているのを見かけました。どうもそこに巣があるのではないかと言うのです。
確かに部屋の網戸越しに見ていると、道具入れと敷居の間に2匹くらいの蜂が出入りしています。隙間が小さいのでよく見えません。小さな巣があるのではないかと考えました。ところが駆除の様子を見ると、白い箱の左側面に大きな巣が張り付いていました。
妻は業者に蜂の巣を取ってもらった経験のある長女に電話してそのいきさつを聞きました。我孫子市推薦の業者があるとのことで、妻がネットで調べて蜂バスターズに駆除を依頼したのです。
私は小さな巣なら蜂駆除用のスプレーで対処できるのではないかとウェルシアでスプレーを購入しました。スズメバチではなくアシナガバチとみていたのです。
でもあの蜂の大群をみたら自分でやらなくてよかった、業者に頼んでよかったと思っています。素人がやったら10カ所以上は刺されたよと言われました。プロはしっかり防護服を着て刺されないようにしていました。
駆除料は1万2千円でしたが決して高くはないと思います。
終わった後巣のあった場所にハチ取りようの段ボールを残していきました。出かけている蜂が戻ってくるからです。翌朝見てみると2匹張り付いていました。
2023年9月 8日 (金)
手放したくない本-その16 我孫子と愛媛にかかわる2冊の本(NO.1740)
「我孫子の文化四十年の歩みー加納治五郎銅像設立記念特集ー」は我孫子の文化を守る会の会長の美崎大洋氏から頂いた本です。美崎さんは我孫子市の中国語講座で知り合った友人です。我孫子の文化を守るためにいろいろな活動を行っています。
柔道の創始者の加納治五郎は我孫子市に別荘を構えていました。我孫子の文化を守る会ではその別荘の跡地に治五郎の銅像を建てることを企画し、美崎さんが先頭に立って2年の準備期間をかけて2020年4月銅像が完成しました。私も些少ですが募金しています。
そして翌年美崎さんが中心となってこの本を出版したのです。331ページも及ぶ大作で、加納治五郎氏の我孫子とのかかわりと銅像建設に至るまでの詳細を多くの方が記しています。
「愛媛のまごころ」は「手放したくない本ーその5」で取り上げた松山南校の同級生竹田祥一氏から贈られたものです。
2017年9月に国体愛媛県大会が開催された際、開会式に当時の天皇皇后両陛下(現上皇、上皇后)をお招きしましたが、その奉迎などについての記録です。
竹田さんは両陛下愛媛県奉迎委員会のとりまとめ役を務めていました。なお愛媛県は私の故郷です。
2023年9月 4日 (月)
手放したくない本-その15 5人から贈られた5冊の本(NO.1739)
5人の方から贈られた5冊の本です。順不同です。
「一瞬の出会い」は松山南高校時代の一色先生のエッセイです。一色先生には一年間英語を教わりました。何年生の時だったか忘れましたが、優しくて話題の豊富な素敵な先生でした。この本は卒業後いただいたものです。奥様をなくされて、奥様との出会いなどを中心に書かれたエッセイです。
「あるボートマン文集抄」は一橋大学時代の同級生・内藤元巳氏がいろいろなところに書いた小文を集めたものです。いわば半生の自分史のような形にまとめています。一橋大学端艇部での活躍、その後コーチとして、OBとしての人生を語っています。
「上海便り」は一橋大学関ゼミの後輩の茂住重昭氏が上海日粉食品有限公司に赴任していた時の上海での生活をつづったものです。
「旅日記」は四国八十八カ所を夫婦二人で歩き遍路をした時の記録です。著者の小林清治氏は事故でなくなられていて、奥様が編集、出版されたものです。20年ほど前、私も四国八十八カ所の歩き遍路を考えていた時、この本のことが何かに書かれていたのを発見し、奥様に連絡して譲っていただいたものです。しかし私の歩き遍路は計画倒れに終わり、実現しませんでした。
「笑いはビタミン」は交流誌「林遊倶楽部」を出されていた久保田章さんに頂いたものです。「林遊倶楽部」の発行終了に当たって、18年間掲載されていた「お笑い工房」をまとめて本にしたものです。プロのお笑いの台本になるような楽しいネタが満載です。
2023年9月 2日 (土)
水難救助訓練はこの程度でいいのか(NO.1738)
2023年9月2日手賀沼公園で水難救助訓練が行われました。
9月1日に我孫子市からのLINEメールが届きました。2日に九都県市合同避難訓練が行われ、千葉県会場は我孫子市で実施すると決まったとのお知らせです。メイン会場は川村学園女子大学、水難救助訓練は手賀沼公園となっていました。「災害への備えを知るための大切な機会ですので、ぜひご参加ください」とありました。
なぜか前日に新聞と一緒に届いた「あびこ広報」にはこの訓練のことは全く掲載されていませんでした。
とりあえずメイン会場は遠いので我孫子公園に行ってみました。訓練時間は午前10時から30分間でした。
千葉県名入りの黄色のベストや赤いベスト、水色の制服、赤いウェットスーツなどを着たスタッフが50人ほど集まっていました。おそらく着ている服装で役目が違うのでしょう。赤と白の救急車とパラボナアンテナを備えた通信車の3台の車が来ていました。
ところが訓練会場には近づけないよう黄色いテープが張られていました。見物は遠くから様子をうかがうしかありません。しかもPRが十分でなかったためか、30度以上の猛暑のせいか、15人ほどの観客しかいませんでした。
アナウンスなどの説明もありません。スタッフ同士の連携プレーもあまり見られませんでした。
遠くから眺めたところでは、ウェットスーツの2人が水中から救助艇に引き上げられ、岸辺に上がって両脇のスタッフとともに元気よく歩いて救急車に乗り込み、救急車が出発するというストーリーのようでした。ストレッチャーが用意されていましたが、使われませんでした。
訓練の参加者は少なく、多くのスタッフは岸辺や道路の両脇に立たままでした。見物人も途中で去っていき、最後は5人くらいになりました。「ぜひご参加ください」の意味が分かりませんでした。
何のための、誰のための訓練かわかりませんでした。これが県を挙げての訓練なら、あまりにもお粗末という感じでした。
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