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2023年12月25日 (月)

2023年海外10大ニュース(NO.1770)

 2023年12月24日、読売新聞の読者が選んだ「2023年海外10大ニュースが決まりました。

1 ハマスがイスラエルに大規模攻撃、イスラエルが報復

2 トルコ・シリア大地震5万人超死亡

3 ハワイ・マウイ島で大規模山火事

4 ロシアのウクライナ侵略1年。戦況は膠着

5 英国のチャールズ国王が戴冠式

6 「ツイッター」の表示「X]に変更

7 WHOがコロナ緊急事態を解除

8 露民間軍事会社「ワグネル」が反乱。南部の露軍事拠点を一時制圧

9 フィンランドがNATO加盟。31か国体制に

10 ラグビーW杯、南アが2大会連続、最多の4度目V

 読売新聞が用意した11月までの53項目から10項目を選んで応募する方法です。

 有効応募総数は昨年の20,070通より大幅に減って17,684通でした。年代別では70歳以上が28%、26歳代が26%、50歳代が19%の順でした。

 全項目的中者は昨年の1人より増えて3人でした。全体では5項目的中者が最も多く25.4%でした。

 私も応募しました。昨年と同様6項目しか的中しませんでした。

 3、6、8,9の代わりに

11 北朝鮮「軍事偵察衛星の発射成功」

15 中国の習国家主席3選

25 ノーベル生理学・医学賞にカリコ氏

30番外 米下院議長、史上初の解任

 を選びました。3を入れなかったのは私の完全な見落としでした。

 海外10大ニュースは国内10大ニュースに比べると、応募者も的中率も毎年少なくなっています。国民の関心が少ないのと、情報が少ないためかもしれません。

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2023年12月24日 (日)

2023年日本10大ニュース(NO.1769)

 2023年12月23日、読売新聞の読者が選んだ「2023年日本10大ニュース」が決まりました。

1 WBC,日本が14年ぶり優勝

2 大谷翔平、米大リーグで本塁打王

3 ジャニーズ事務所、性加害認め謝罪

4 将棋の藤井聡太竜王が史上初の八冠

5 阪神が38年ぶり日本一

6 闇バイト強盗、指示役「ルフィ」ら逮捕

7 新型コロナが「5類」へ移行

8 ビッグモーターが保険金不正請求

9 記録的猛暑、夏の平均気温過去最高

10 福島第一原発の処理水放出開始

 読売新聞が用意した11月までの57項目から10項目を選んで応募する方法です。

 有効応募総数は昨年の26,606通よりやや少ない25,304通でした。年代別では70歳以上が一番多く30%でした。それに次いで多かったのは60歳代で25%でした。19歳以下は18%で3番目でした。

 全項目的中者は昨年の11名から大幅に増えて19名となりました。全体では昨年同様6項目的中者が一番多く24.1%でした。

 私も応募しました。昨年は8項目的中でしたが、今年は7項目に終わりました。

 6,8,10の代わりに

12 各地でクマ被害、死傷者過去最多

19 旧統一教会の解散命令請求

25 車いすテニス国枝さんに国民栄誉賞

 を選びました。7項目的中者は22.3%でした。

 驚きは大谷翔平選手と藤井聡太棋士です。

 大谷選手は一昨年1位、昨年4位に続いて3年連続です。今年の1位のWBC優勝も大谷選手がMVPに選ばれるなど、その貢献が大きいですから、3年で4回選ばれたことになります。

 藤井さんは昨年の9位に続いて2年連続です。

 素晴らしいですね。今後もお二人に期待しましょう。

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2023年12月22日 (金)

あの時あの場所この1枚-3 30年前の12月に世界自然遺産となった屋久島(NO.1768)

 今から6年前の2017年4月に妻と2人で屋久島ツアーに参加しました。

 日本で初めて世界自然遺産になったのは屋久島と白神山地です。30年前の1993年12月11日に登録されました。

 屋久島はは樹齢数千年を超えるスギなどの天然林があり、海岸部から山頂部に及ぶ自然植生の垂直分布が連続的にみられるということから指定されたのです。島の中央部の宮之浦岳を含む屋久杉自然林や西部林道付近など島の面積の約21%にあたる地域が自然遺産となっています。

 ツアーは傘寿のお祝いに妻からのプレゼントの旅行でした。

 屋久島は円形に近い5角形をしており、淡路島よりやや小さい全国で7番目の大きさの島です。人が住んでいるのは主に海岸線に沿った場所で、そこを一周する道路が通っています。

 私達はJR屋久島ホテルに泊まり2泊3日で屋久島をジャンボタクシーで一周しながら観光地を回りました。島で一番有名な縄文杉の観光は歩いて数時間かかるため今回のツアーには含まれていませんでした。もっと若ければ縄文杉まで行ったのですが、今回は楽なツアーを選びました。

 いろいろな滝や森やスギなどを見て回りました。「白谷雲水峡」や「ヤクスギランド」などで屋久島の自然を堪能しました。

 縄文杉の次に古い杉がこの1枚の「紀元杉」です。樹齢3000年、車の通れる道路の近くに立っていました。

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 「紀元杉」のある場所が自然遺産の場所に含まれいるかどうかは見落としました。

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2023年12月19日 (火)

あの時あの場所この1枚-2 初めて皆既日食を見た(NO.1767)

 今から14年前の2009年7月22日、初めて皆既日食を見ることができました。見たと言ってもその現場からではなくテレビの実況中継です。

 この日はトカラ列島、屋久島、種子島の南部、奄美大島の北部など、日本の南西諸島で皆既日食が見られることになっていました。

 東京では部分食が9時55分に始まり、11時12分まで、最大太陽の74.9%が欠けることとなり、我孫子からもほぼ同様の部分食が見られると報道されていました。

 そこで近くの眼鏡店で日食グラスを買って用意していたのです。ところが当日は曇り一時雨の天気となり、関東地方からは全く見られませんでした。南西諸島の一部や屋久島なども雨で見られなかったようです。

 朝の天気を見て諦めていたのですが、NHKテレビの中継で素晴らしい皆既日食が見られたのです。中継は太平洋上や硫黄島や中国から行われました。

 見事な皆既日食でした。私にとっては初めて見る皆既日食でした。

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 テレビ中継を録画しておき、皆既日食の瞬間を撮った写真です。太平洋上からの中継です。

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2023年12月15日 (金)

あの時あの場所この1枚-1 手賀沼の危機(NO.1766)

 2018年3月8日好天に恵まれたのでカメラをもって手賀沼公園に散歩に出かけました。

 春の息吹を感じさせる写真を撮ろうと思ったのです。ところが手賀沼の湖畔がとんでもないことになっていました。ごみでいっぱいだったのです。

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 湖畔全体にごみが押し寄せていました。さっそく何枚か写真を撮り手賀沼通信ブログに載せるとともに、我孫子市役所の手賀沼課に電話しました。

 手賀沼課ではその事態を知らなかったらしく現状を調べて手を打つとの返事でした。その後きれいになったりまた汚れたりを繰り返して、やっと5月の末に元通りの手賀沼に戻りました。

 手賀沼課とは電話で3回、手紙のやり取りが2回ありました。ブログも合計6回書いています。

 ごみの原因は手賀沼の西の柏側に特定外来生物(水生植物)「ナガエツルノゲイトウ」の群落があり、その一部が西風に載って漂着したためということでした。

 手賀沼は千葉県が管理しています。我孫子市だけで解決はできません。

 手賀沼課からの手紙は「新田様からもご助言いただきましたように、現時点では市民団体と連携し、漂着したものを駆除しながら、根本的な解決策について検討を進めていますので、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます」と結ばれていました。

 その後5年以上たちますが、ごみの漂着はなくなったようです。どんな対策がなされたのかはわかりません。

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2023年12月10日 (日)

大谷翔平選手が移籍先にロサンゼルス・ドジャースを選ぶ(NO.1765)

 2023年12月9日、大谷翔平選手が移籍先を同じロサンゼルスに本拠地を置くナショナルリーグのドジャースを選びました。

 10年契約で総額7億ドル(1014億円)です。プロスポーツ史上最高額です。

 大谷選手がどこと契約を結ぶかをめぐっては、連日、日米で大騒ぎとなっていました。最終的には、エンゼルス残留か、同じロスのドジャースを選ぶか、トロントのブルージェイズか、3球団に絞られていたようですが、ドジャースに決まりました。

 大谷選手は次の球団を選ぶ条件を3つ出していたようです。

・ポストシーズンに進出できる強い球団

・二刀流での活躍を認めてもらえる球団

・生活その他の条件の良い球団

 ドジャースは今シーズン、ナショナルリーグの西地区で優勝をしており、ポストシーズン進出の常連です。リーグ優勝24回、ワールドシリーズでは7回優勝しています。

 ナ・リーグも昨年から指名打者制に変わっており二刀流も可能です。

 生活条件は同じロサンゼルスということもあって変わりません。チームは変わりますが、ロサンゼルスの大谷ファンを失望させるのも最小ですみます。大谷選手にとっては条件にぴったりだったのではないでしょうか。

 余談ですが、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は沖縄出身で父親はアフリカ系のアメリカ人、母親は日本人です。

 私は以前からドジャースのファンでした。ドジャースはニューヨークのブルックリンに本拠地を置いていましたが、1958年ロサンゼルスに移ってきました。当時の球団オーナーのオマリーさんは親日家で日本との親善試合などで関係を深めていました。

 メジャーリーグに移籍した実質的な日本人初の野茂英雄選手が選んだのはドジャースでした。それ以後野茂選手を含めて9人の日本人選手がドジャースで活躍しています。大谷選手は10人目となります。

 来シーズンは二刀流はおあずけで打者としての活躍に絞られますが、ぜひワールドシリーズに進出して実力を発揮してほしいと願ってます。

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2023年12月 9日 (土)

関東中学校駅伝大会で我孫子の中学校2校が1位と2位になる(NO.1764)

 2023年12月3日に千葉県柏市で行われた関東中学校駅伝大会で、我孫子市の久寺家中学校が優勝、我孫子中学校が準優勝の栄冠を獲得しました。

 第32回関東中学校駅伝大会は、東京都、神奈川県、茨城県、栃木県、埼玉県、群馬県、山梨県から各4校、千葉県から5校の合計33校が出場し、柏市の柏の葉総合競技場から発着する周回コース(6区間、18.54キロ)で行われました。

 千葉県代表の5校のうち我孫子市から2校が選ばれました。その2校がワン・ツウ・フィニッシュを成し遂げたのです。わが我孫子市にとって大変名誉ある結果となりました。

 我孫子市の中学校は駅伝に強いという伝統があります。コロナの前年の2019年に行われた千葉県中学校駅伝大会では、男子は我孫子中学校が優勝、ベストテンに5校が入りました。女子は白山中学校が優勝し、久寺家中学校が準優勝しています。そして我孫子中学校の男子と白山中学校の女子のチームは滋賀県野洲市で開催された「第27回全国中学校駅伝大会」に出場しました。

 次は中学校に負けず、来年の箱根駅伝では中央学院大学に頑張ってもらいたいものです。

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2023年12月 8日 (金)

あの時あの場所この1枚-0 新しいシリーズを始める(NO.1763)

 ブログの新しいシリーズとして「あの時あの場所この1枚」を書いていきます。

 来年1月で87歳となり残された年月も少ないため、人生最終版にしたいと思っています。もう思い出を作る年齢ではなく、思い出にふける年齢です。

 パソコンに残っているデジカメ写真1枚をもとに、その写真を撮った時と場所について、あれこれ書き綴っていくつもりです。

 私がデジカメを使い始めたのは1998年4月、ソニーのデジタルマビカが最初でした。当時の記憶媒体だったフロッピーディスクに映像を直接取り込めるというカメラでした。フロッピーディスクは今のUSBのような持ち運びのできる記憶媒体でしたが、形が大きく記憶容量も少ないもので使われた期間は短く、カメラも41万画素でした。

 そのカメラで撮った写真は手元には残っていません。今残っている写真はそのあと購入したカメラで撮ったものです。ブログで取り上げる写真は、気の向くままでテーマ別とか年代順とかにはしないつもりです。老人の手前勝手なものになると思います。申し訳ありません。

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2023年12月 6日 (水)

手放したくない本-その21 堀さんの追悼文集(NO.1762)

 堀キヨさんは下宿のおばさんです。私が一橋大学に入学したとき、同じ松山南校出身の同級生の白方さんと一緒に堀さん宅に下宿しました。1年後に私の弟が加わり卒業までお世話になりました。

 それから堀さんが74歳で亡くなるまでの31年間、3人の私たち下宿生の家族も含めてのお付き合いとなりました。堀さんは生涯独身で私たち3人のいわば東京での母親となった感じです。私の母とほぼ同じ年齢でした。

 下宿していたころはよくしかられましたが、一緒に飲みに行ったり、キャンプに出掛けたりして、下宿のおばさんと下宿人という立場を超えて、まるで家族のような間柄となりました。そしてそのお付き合いは3人の配偶者や子供たち、その親戚まで広がりました。

 堀さんは若い時、昭和通商という国策会社に勤務して、当時の女性としては珍しくシンガポールに赴任した経験もあり、多くの友人にも囲まれていました。ちょっと謎めいた魅力の持ち主でした。

 ところが74歳で突然白血病にかかり、あっという間になくなりました。私が50歳の時でした。その時のショックは今も覚えています。

 なんとか堀さんとの思い出を形に残したいと考えて、文集を作ることを思いつきました。堀さんを通じて、堀さんの親せきや、堀さんの友人の方とも知り合いとなっていたため、その方々にも声をかけて思い出の文章や写真を寄せていただきました。18人の方から記念の文章と写真が集まりました。

 そして堀さんの死後約1年後に「風は南風」というタイトルで記念文集を完成させることができました。
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