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2025年3月29日 (土)

日米でプロ野球が開幕した(NO.1890)

 2025年3月28日、日本のプロ野球が開幕しました。

 セ・パ同時開催です。6月の交流戦15試合を含め、1チーム143試合を戦います。

 セ・リーグでは阪神と中日が、パ・リーグでは楽天とオリックスと西武が新しい監督に替わりました。ドラフトやトレードや助っ人で、選手もかなり替わっています。

 開幕時にはどのチームも優勝が目標です。今年はどんなドラマが待っているのでしょうか、楽しみです。

 私は巨人ファンです。昨日のヤクルトとの開幕戦では、延長10回に劇的なサヨナラ勝ちをしました。ぜひ2連覇を達成し、今年こそ日本一になってほしいと願っています。

 アメリカのメジャーリーグも同じ3月28日(現地時間27日)に開幕しました。

 ドジャースとカブスは3月18・19日に日本で開幕戦をしているので、本拠地アメリカでの開幕となります。

 メジャーリーグは、ナショナル・リーグとアメリカン・リーグで各3地区の合計30チームで各162試合を戦います。

 日本より試合数が多く移動距離が長いので、選手にとっては過酷な戦いです。ワールド・チャンピオンを決めるためのポスト・シーズンもステップがいくつもあり試合数も多くなります。

 今年は新たに4人の日本人選手が加わり一層興味が深まりました。

 日本人選手が3人いるドジャースは昨日のアメリカでの開幕戦にも勝利し3連勝となりました。大谷選手は2号ホームランを打ちました。今年もワールド・チャンピオンになることを願っています。

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2025年3月21日 (金)

どん亭の後にMACができた(NO.1889)

 2025年3月中旬、我孫子市若松にハンバーガーのマクドナルドがオープンしました。

 この場所は昨年1月に閉店したしゃぶしゃぶのどん亭があったところです。

 MACは我孫子駅前にもありますが、若松のMACは車での利用を前提にした店舗のようです。近くに我孫子市役所や我孫子高校はありますが、あまり歩いている人はいません。

 手賀大橋に近く、県道船取線と手賀沼ふれあいラインの交差点のすぐそばなので、クルマの交通量は多く、車で来るには便利なところです。それと手賀沼の水の館や親水公園の観光客が目当てなのでしょう。ドライブスルーが売りのようです。

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 さっそくお彼岸の墓参りの帰りに妻と長女夫婦が買ってきて一緒に試食しました。私にとっては何十年ぶりかのMACのハンバーガーでした。

 どん亭ではお正月など家族一同が揃うとき、集まって一杯やりながら会食ができたのですが、MACにはアルコール類がなく、会食ができないのが残念です。

 

 

 

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2025年3月16日 (日)

あの時あの場所この1枚-40 沖縄の首里城(NO.1888)

 18年前の2007年3月1日から7日まで、沖縄本島をめぐるツアーに妻と参加しました。

 1週間かけて沖縄本島だけをじっくり観光するツアーは珍しかったようです。いろいろ見て回りましたが、一番感動したのは那覇の首里城と沖縄海洋博の跡地に建設された美ら海水族館でした。

 その時から26年前の1981年にも沖縄本島に行っていますが、その時は首里城と美ら海水族館はどちらもなかった建造物でした。

 首里城は太平洋戦争の沖縄戦で焼失しましたが、1992年に再建されていました。

 首里城の正面です。
 
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 ツアーでは周りの建物や首里城の中を時間をかけて拝観することができました。数々の琉球王国時代の宝物を見ることができました。

 ところが2019年に火災で焼失してしまいました。建物は現在修復中ですが、中にあった宝物はおそらく復元でしないのではないでしょうか。残念です。

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2025年3月15日 (土)

老人の独り言-22 プロ野球の歴史 村山実と江夏豊(NO.1887)

 今回は阪神タイガースの歴史に燦然と輝く2人のピッチャーです。

 村山実は阪神で1959年から72年まで活躍し、62年と64年の2度のリーグ優勝に貢献しています。巨人の9連覇が始まる前のことでした。

 1936年生まれ、関西大学を経て阪神に入団しました。全身を使って顔に闘志丸出しで投げる姿は、ヘルシンキオリンピックで金メダル3つを取った「人間機関車」と言われたザトペックに似ていることから「ザトペック投法」と言われました。

 生涯防御率2.09はセ・リーグ記録となっています。

 私が忘れられない記憶は、村山投手が入団した年の天覧試合で、巨人入団2年目の長嶋選手に9回裏サヨナラホームランを打たれた場面です。それ以来2人は生涯のライバルとなり、数多くの名勝負を繰り返すことになりました。

 引退後は野球解説者や指導者として活躍しましたが、がんのため1998年に61歳で早逝しました。

 江夏豊は村山投手より12歳下の1948年生まれ、大阪学院高校卒業後1967年に阪神に入団しました。右投げの村山とサウスポーの江夏が阪神で同時に活躍したのは5年間です。

 江夏は9年間阪神、南海に2年間、広島に3年間、日本ハムに3年間、西武に1年間所属しました。

 1974年までは先発として、1974年から4年間は先発とリリーフ、1978年からはクローザー専任になり、1984年に引退しました。

 江夏と言えば三振奪取です。日本記録のシーズン401奪三振、オールスターでの9連続奪三振の記録があります。江夏のライバルは巨人の王でした。節目の記録となる三振を王からとる工夫をしていました。

 二人の記録です。

 項目    村山実  江夏豊

・勝利    222  206

・セーブ     0  193

・奪三振  2271 2987

・防御率   2.09 2.49

・先発    349  299

・完投    192  154

・完封     55   46

・最多勝利   2回   2回

・最優秀防御率 3回   1回

・最多奪三振  2回   6回

・MVP    1回   2回(両リーグ、史上初)

・沢村賞    3回   1回

 1979年の広島対近鉄の日本シリーズでは「江夏の21球」というドラマが生まれました。9回裏の近鉄のノーアウト満塁の攻撃を江夏が見事に防いで広島が初日本一を獲得したのです。

 村山、江夏両投手の快投は今でも忘れることはできません。

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2025年3月11日 (火)

あの時あの場所この1枚-39 三陸鉄道(NO.1886)

 2011年3月11日に発生した東日本大震災から今日で14年になります。新聞やテレビではまだその後遺症で苦しんでいる方や自治体が報道されています。お見舞い申し上げます。

 私はあの地震の5か月前に東北を旅しました。2010年10月14日から17日まで阪急交通社の「絶景陸中海岸と津軽・下北半島4日間」というツアーに妻と参加しました。

 東北新幹線で上野から一ノ関まで行き、一ノ関で観光バスに乗り換えて盛岡を経て宮古からは三陸海岸を北上し、下北、津軽両半島に立ち寄り、日本海側を秋田まで旅する日程でした。

 途中、岩手県の普代駅から久慈駅まで三陸鉄道北リアス線に乗りました。

 三陸鉄道が普代駅に到着するこの1枚です。

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 また、青森県の深浦駅から秋田県の岩舘駅まではJR五能線を利用しました。わざわざバスを降りて列車に乗り換えたことになりますが、駅や車中の風情や列車からの眺めは素晴らしく、乗り換えた意味がよくわかりました。

 普代駅の近くのアンテナショップでは岩手県名産のマツタケを売っていました。我孫子のスパーの半値以下でしたが、旅行2日目だったので買うのは控えました。

 その時利用した田野畑村のホテルや三陸鉄道がまさか5か月後に地震と津波で大きな被害を受けるとは思いもよらないことでした。流された駅や橋もありました。

 三陸鉄道はその後全線復旧しましたが、2019年10月の台風19号でも被害を受け一部不通になりました。現在は全線開通しています。

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2025年3月10日 (月)

老人の独り言-21 プロ野球の歴史 沢村賞(NO.1885)

 打者の最高栄誉が三冠王とすれば、投手の最高栄誉が沢村賞です。

 沢村賞は戦前日本のプロ野球誕生の時期に活躍し、三度応召され1944年に戦死した伝説の大投手沢村栄治を記念して1947年に創設された賞です。

 1950年の2リーグ誕生後は、1988年まではセ・リーグに限られていましたが、1989年からセ・パ両リーグを通じて、その年最も活躍した完投型先発投手に与えられることになりました。

 アメリカ・メジャーリーグのサイ・ヤング賞より歴史は古く、サイ・ヤング賞がリリーフ投手も含めていることに対し、沢村賞は先発型投手に限られています。

 選考基準が、登板数、完投数、勝利数、勝率、投球回数、三振奪取数、防御率の7項目について数字が決められています。ただ、今は投手の役割が決まっていて投手の完投が少なくなり、勝利数も減ってきています。必ずしも基準通りにはならないようです。

 選考委員会は途中で変更になりましたが、今は先発投手OBを中心とするの5人の選考委員が受賞者を決めることになっています。

 受賞者は原則として年1名ですが、過去2回は2名選ばれ、過去6回は該当者なしという年がありました。

 歴史をひも解いてみましょう。

最初の受賞者

・別所昭  1947(南海)(1リーグ時代)

パリーグ最初の受賞者

・野茂英雄 1990(近鉄)

3回受賞者

・杉下茂  1951、1952、1954(中日)

・金田正一 1956、1957、1958(国鉄)

・村山実  1959、1965、1966(阪神)

・斎藤雅樹 1989、1995、1996(巨人)

・山本由伸 2021,2022,2023(オリックス)

2回受賞者

・別所昭  1947(南海)、1955(巨人)

・堀内恒夫 1966、1972(巨人)

・高橋一三 1969、1973(巨人)

・小林繁  1977(巨人)、1979(阪神)

・上原浩治 1999、2002(巨人)

・斉藤和巳 2003(ダイエー)、2006(ソフトバンク)

・田中将大 2011、2013(楽天)

・前田健太 2010、2015(広島)

・菅野智之 2017、2018(巨人)

 1回の受賞者は省略します。

 沢村賞の選考については不思議なことがいくつか見られます。1981年の受賞者は西本聖(巨人)でしたが、MVP,最優秀防御率、最多勝利は江川卓(巨人)がとっています。江川卓は1980年にも最多勝利でした。あれだけ実績を残した投手が沢村賞には1度も選ばれませんでした。

 昨年の2024年にはMVPと最多勝利を菅野智之が獲得しましたが、沢村賞は該当者なしでした。

 選考委員による選考は、選考基準の数字だけでなくほかの事情もあるようで、何かすっきりしないところが感じられます。

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2025年3月 8日 (土)

老人の独り言-20 プロ野球の歴史 三冠王(NO.1884)

 プロ野球の打者としての最高の栄誉に「三冠王」があります。首位打者、本塁打王、打点王を同時に獲得した打者に与えられる称号です。

 戦前の1938年秋のシーズンに巨人の中嶋治康がとっていますが、プロ野球が2リーグに分かれた1950年以降の三冠王は次の通りです。

  年   選手名  チーム

・1965 野村克也  南海

・1973 王貞治   巨人

・1974 王貞治   巨人

・1982 落合博満  ロッテ

・1884 ブーマー  阪急

・1985 バース   阪神

・1985 落合博満  ロッテ

・1986 バース   阪神

・1986 落合博満  ロッテ

・2004 松中信彦  ダイエー

・2022 村上宗隆  ヤクルト

      合計 7名  延べ 11名

 事実上の三冠王第1号は南海の野村選手です。

 バース選手と落合選手は2年連続でセ・パ同時に獲りました。落合選手は最多3度獲得しています。

 松中選手と村上選手はともに18年ぶりの三冠王となりました。村上選手は史上最年少の三冠王、ホームラン56本で日本人記録を塗り替えました。

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2025年3月 2日 (日)

手賀沼の若松側の堤防上の遊歩道が全面開通した(NO.1883)

2025年3月1日、手賀沼の若松側の堤防上に作られた遊歩道が全面開通しました。手賀沼公園から手賀大橋のたもとまでです。

 この遊歩道は以前からあった遊歩道に沿って、水害を防ぐために築堤された堤防上に新たに造成されたものです。計画上では10年以上前に完成する予定でしたが、堤防の工事中に東日本大震災が発生したり、地盤の弱いところが見つかって補強工事がはいったり、資材高騰や人材不足などのため遅れに遅れてやっと完成したものです。

 当初の計画では堤防上は歩かせず、築堤の内側に遊歩道が1本出来るはずでしたが、完成した遊歩道は堤防の上を歩くようになっていて、部分的に内側の道があるといった、いわば単線と複線が入り混じった不思議な形となりました。でも堤防上を歩けるようにしたのは正解でした。

 今まで手賀沼が見られない遊歩道が20年以上続いていましたが、新しい遊歩道ができて手賀沼が見られるようになって清々した気持ちになりました。 

 3月2日写真を撮りました。手賀沼公園側の入り口です。

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 手賀大橋のたもとの出口です。

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 途中にちょっとした広場があります。

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 下の旧遊歩道から上の新遊歩道に登るには3通りあります。スロープの登り口です。

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 手すり付きの階段です。

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 手すりなしの階段です。

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 堤防上から見た眺めです。

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 複線の場所です。

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 午前中早かったのであまり人は歩いていませんでしたが、日曜日もあって今日は多くの人が歩くでしょう。

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