2025年4月29日 (火)
2025年4月22日 (火)
新しいパソコンに切り替えた(NO.1896)
2025年4月20日新しいパソコンに切り替えました。Windows10が今年の10月でサポートが終わるためです。
新しいパソコンはLenovoのノートパソコン「Lenovo IdeaPad Slim 3 Gen 8 - アークティックグレーマイクロソフトオフィス付き」です。価格は97,7011円でした。
今まで3世代にわたってDellのパソコンを使っていたのですが、長男が選んでくれたのはWinndows11が入っているLenovoのパソコンでした。Dellはアメリカのメーカー、Lenovoは中国のメーカー、製造はどちらも中国です。私が勤めていたIBMがPCの製造をやめたとき、ThinkPadブランドを譲ったのがLenovoでした。
パソコンの切り替えは今までは自分でやっていたのですが、今回は長男にやってもらいました。データはUSBを使ってほぼ完全に移すことができました。
新しいパソコンは処理スピードが圧倒的に早くなりました。快適です。
2025年4月16日 (水)
日本の人口の「自然減」が過去最大の89万人となる(NO.1895)
2025年4月11日、総務省が2024年10月1日時点の日本の総人口推計(外国人を含む)を発表しました。
・総人口 1億2380万2千人(55万人減)
-日本人 1億2029万6千人(89万6千人減)
-外国人 350万6千人(34万2千人増)
・出生児数 71万7千人(4万1千人減)
・死亡者数 160万7千人(1万2千人増)
・自然減 89万人(18年連続、過去最大)
・生産年齢人口(15~64歳) 7372万8千人(22万4千人減) 全体の59.6%
・15歳未満 1383万人(34万3千人減) 11.2%
・65歳以上 3624万3千人 29.3%
-(内75歳以上 2077万7千人 16.8%)
高齢者の割合はどちらも過去最高、生産年齢と若年層はいずれも過去最低でした。
都道府県別に見ると人口が増加したのは、転入者が多い東京都と埼玉県のみで、他の道府県はすべて人口減となっています。
日本全体の人口減少率は0.44%ですが、18県で減少率が1%を超えています。高い順に、秋田、青森、岩手と東北地方が3位までを占めています。
読売新聞に明治大学の加藤久和教授(人口経済学)のコメントとして「子育て支援の効果は表れていない。子育て世帯への支援だけでなく、地方の経済活性化など、若年層に結婚・出産の機会を与える施策が重要だ」と出ていました。
2025年4月13日 (日)
大阪・関西万博が開幕した(NO.1894)
2025年4月13日大阪・関西万博が大阪湾の人工島・夢洲で開幕しました。
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、158の国と地域、7国際機関が参加して、4月13日から10月13日までの183日間にわたって開催されます。
日本で万博が開催されるのは6度目です。大規模な登録博は1970年の大阪万博、2005年の愛知万博に続いて3度目になります。
それ以外に目的を絞った認定博が、1975年の沖縄海洋博、1985年のつくば科学博、1990年の大阪花博と3回開催されています。
私は沖縄海洋博以外は見物しています。とくにつくば博は常磐線で我孫子から数駅の近くで行われたため何度も見に行きました。ただ今回の大阪万博は見物する体力がなく不参加です。テレビで楽しみたいと考えています。
昨日の4月12日の午後、大阪万博の開会式が会場内の大催事場「シャインハット」で、天皇・皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻が臨席して開催されました。所要時間はオリンピックと違って選手のパレードなどがないため、1時間ちょっとと比較的短時間でした。
参加国などの旗を旗手の高校生が持って入場しました。参加者のスピーチが多かった感じでした。最後に天皇陛下のお言葉で終わりました。
アトラクションはブレイキン、コブクロの歌、尾上菊之助らの歌舞伎、高校生の歌とダンスなどが続きました。
前回の万博は「太陽の塔」が目を引きましたが、今回は会場を囲む全長2キロの木造建築「大屋根リング」です。「空飛ぶクルマ」や「ips心臓」もあります。会期中の来場者数を2820万人と想定していますがはたしてどうなりますでしょうか。
開会式の写真です。
2025年4月 8日 (火)
読書の終活「エッセイ、評論、対談集」を読み終える(NO.1893)
令和7年4月4日、書棚の司馬遼太郎の「エッセイ、評論、対談集」を読み終えました。これで私の書棚にあった司馬遼太郎の作品はすべて読み終わったことになります。
読み始めたのが令和6年10月4日でしたのでちょうど半年かかりました。読むスピードがさらに遅くなりました。
読んだ作品は次の10冊です。すべて文庫本です。
・ひとびとの跫音 上下2冊 正岡子規と妹・律の周辺の人々
・草原の記 モンゴル旅行記
・アメリカ素描 アメリカ旅行記
・馬上少年過ぐ 短編小説7編
・歴史を考える 対談集
・この国のかたち 4冊 日本と日本人について
書棚にある司馬遼太郎の作品を読んで処分するという「終活」を始めたのは令和2年1月8日でした。それから5年4か月かかって長編小説18作品と「街道をゆく」43冊を読みました。
ものによっては4回目、少ないもので2回目に読むことになりました。それだけ司馬遼太郎が好きだったということです。
書棚になかった作品も数多くありますが、それは大体一度は読んでいるので、二度読むのはあきらめることにいたします。
2025年4月 6日 (日)
手賀沼湖畔上の遊歩道から初めて下の遊歩道の桜を見た(NO.1892)
2023年4月5,6日、手賀沼湖畔上にできた新しい遊歩道からの桜見物を体験しました。
41年前に若松に引っ越してきたころ、手賀沼の堤防は住宅地の若松側だけが工事がされてなく、高さ1メートルに足りない土手のようなものしかありませんでした。
それを本格的な堤防に作り変えようと築堤工事が始まったのが20年数年前のことでした。工事が始まる前に遊歩道の手賀沼側の木が伐採され金網のフェンスが設置されました。最初の予定では10年もかからず完成する予定でしたが、途中東日本大震災や地盤の補強やコロナや資材と人手不足などが重なり、遅れに遅れて今年3月1日にやっと開通したのです。
金網がなくなり、堤防の上からは見事な景色が広がりました。
新しい堤防は高さが3メートル以上あります。
この高さから見る遊歩道の桜は初めてです。工事のため遊歩道の桜もかなり伐採されました。そのあとに若い苗木が植えられましたが、まだ十分育っていません。以前に比べるとかなり寂しい桜並木ですが、新しい視点からの桜でした。
ただこれは私の独断ですが、桜は上から見下ろすより、下から見上げるほうが美しいと感じました。
新しい遊歩道は手賀沼の見晴らしがよく、名の花も咲いていました。
2025年4月 4日 (金)
ついにコロナにかかる(NO.1891)
2025年3月31日今までかからなかったコロナにかかりました。
夜中に熱っぽかったので体温を測ると37度、多少頭や体が痛く、あまり眠れませんでした。朝になると症状がおさまったので、気にしないで買い物をしたり、散歩したりしました。
ところがその夜、のどが痛くなりました。熱も38度ありました。4月1日の朝になってものどの痛みは消えません。咳も出ました。今まで何十年間、ほかの病気はいろいろ体験しましたが、およそ風邪とは縁のない日常でした。
妻の勧めで、コロナ全盛期に買ってあったコロナ検査キットで試してみました。検査不能の表示が出ました。有効期限が過ぎていたのでしょう。4月3日に妻が新しい検査キットを買ってきました。それで試したところ陽性の判定が出ました。ついに今まですり抜けてきたコロナに捕まったのです。
私は妻と2人暮らしです。妻も私より1週間前から、同じ症状が出ていました。3日に一緒に検査したところ妻は陰性でした。おそらく妻もコロナにかかりそのときは治っていたのでしょう。私も症状はすべて消えていますが、しばらく外出は控えることにします。あと1週間もすれば陰性になると思われます。軽い症状で助かりました。























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