老人の独り言-27 プロ野球の歴史 江川卓と西本聖(NO.1928)
1970年代の終わりから1980年代にかけてスポーツ紙を賑あわせた2人の投手を取り上げます。 江川卓と西本聖です。
江川卓
江川卓は作新学院から法政大学に進み、1978年秋巨人に入団しました。
江川卓は作新学院時代から、「怪物」ぶりを発揮していました。高校での公式戦では、ノーヒットノーラン9回、完全試合2回、36イニング連続無安打無失点などの記録を残しています。高校時代が一番球が速かったという評論家もいます。
甲子園での優勝記録はありませんが、それは江川一人のチームでチームとして弱かったためといわれています。
ドラフトでは阪急ブレーブスから1位指名されましたが、それを拒否し法政大学に進学しました。
法政大学では1年生からエースとして活躍しました。17試合完封などの記録を残し数々の勝利に貢献しました。
卒業時には西武ライオンズに指名されましたが入団を拒否、学校職員として次のドラフトを待ちました。1年後のドラフトでは阪神が交渉権を獲得、いろいろもめた末、巨人の小林繁投手とトレードという形で巨人に入団しました。
江川に対する反発が高まりました。しかし1981年、リーグトップの好成績を残した江川の代わりに、西本が沢村賞を獲得したため、江川に同情する声が高まって反発は次第に収まりました。
翌年から、沢村賞の選考方法がメディアからの投票でなく、選ばれた選考委員が協議して選出する方法に変わりました。
江川は「怪物くん」「浮き上がるストレート」で有名です。江川の持ち球はストレートとカーブの2種類だけです。それはプロになっても変わりませんでした。
1979年から1987年まで巨人に在籍、9年間の短い選手生活でした。
・MVP 1回
・最多勝 2回
・最優秀防御率 1回
・最多三振奪取 3回
・生涯通算勝利 135
・生涯通算防御率 3.02
・生涯通算三振奪取 1366
1984年のオールスター戦で、江夏の持つ9人連続三振の記録に挑戦しましたが、8人連続三振の後、9人目の打者にバットに当てられて、9人連続三振を逃したのを記憶しています。
西本聖
西本聖は私と同じ愛媛県の出身、私の家の近くの海岸から西本の故郷興居島がよく見えます。「伊予の小富士」と呼ばれる姿の美しい島です。
松山商業出身、投手で広島カープ入団の兄と三沢高校との延長18回引き分け再試合で優勝した兄と大相撲の力士の兄を持つスポーツ一家です。
西本は「ドラフト外入団」「雑草」「切れのいいシュート」で有名です。ライバルは江川卓と同期にドラフト1位で入団した定岡正二でした。
1975年から1988年まで巨人14年、1989年から1992年中日4年、1993年オリックス1年、1994年巨人1年、合計20年の現役生活でした。
・沢村賞 1回
・最多勝 1回
・生涯通算勝利 165(ドラフト外では最多)
・生涯通算防御率 3.20
・生涯通算三振奪取 1239
沢村賞を取った年、キャンプ中に夫人が自宅でガス爆発に遭い瀕死の重傷を負った事件がありました。それにもめげず頑張ったことが、スポーツ紙で大きく報道されたのを記憶しています。








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