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2026年1月27日 (火)

老人の独り言-43 プロ野球の歴史 活躍した助っ人 セ・リーグ投手編(NO.1964)

 今回は助っ人として来日し、活躍した外国人選手を取り上げます。

 日本に来た外国人選手が何人いるかはわかりません。ここでは2024年までにタイトルを取った選手に限りました。

 まずはセ・リーグの投手編です。

 沢村賞に輝いたのは阪神のバッキ―(1964年)とジョンソン(2016年)です。バッキ―は1962年に阪神に入団、1964年の阪神のリーグ優勝に貢献しました。バッキ―はこの年最優秀防御率と最多勝のタイトルを取っています。外国人選手としてパ・リーグのスタンカとともに初の活躍でした。

 バッキ―はMVPのタイトルも取れる貢献度でしたが、運の悪いことに巨人の王選手が55本のホームランを打って日本記録を出したためMVPは王選手に行ってしまいました。セ・リーグでは外国人投手がMVPに輝いたことはありません。

 もう一人の沢村賞投手のジョンソンは2016年最優秀防御率を獲得しリーグ優勝に貢献しました。

 最優秀防御率はほかにブロス(ヤクルト、1995年)、チェン(中日、2009年)がいます。

 最多勝はガルベス(巨人、1996年)、ホッジス(ヤクルト、2002年)、グライシンガー(ヤクルト、2007年、巨人、2008年)、メッセンジャー(阪神、2014年)が取りました。

 投手は打者に比べるとタイトルホルダーは少ないです。それだけ日本人投手が優秀なのでしょうか。

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2026年1月18日 (日)

老人の独り言-42 プロ野球の歴史 原辰徳物語(NO.1963)

 今回は巨人で選手として15年、監督として3期17年にわたって活躍した原辰徳氏です。監督のほうが選手時代よりも長いという記録を残しました。

 1958年生まれ、1981年東海大学を卒業、巨人に入団しました。ドラフト会議では4球団が1位に指名、前年退いた長嶋監督の後を受けた藤田監督がくじを引き当てました。

 選手時代の活躍です。

・1981年ー1995年 15年間 巨人

 開幕戦は6番二塁手としてデビューしましたが、途中から4番三塁手になり、22本塁打、67打点で新人王を獲得しました。

 15年間で6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献しました。MVP 1回、打点王 1回を獲得しました。

 通算本塁打 382本、通算打点 1093,通算打率 .279の成績を残しています。

 「若大将」のニックネームで人気は抜群でしたが、歴代の4番打者と比べると、やや実績に乏しい感じです。「勝負に弱い4番」と言われたこともあります。

 監督時代です。

・2002年-2003年 2年間

・2006年-2015年 10年間

・2019年ー2023年 5年間

 2002年に長嶋監督の後を受けてヘッドコーチから監督に就任しました。その年いきなりリーグ優勝と日本一を獲得しました。

 二期目は堀内監督の後を受けて就任しました。

 2009年にはWBCの監督を引き受け2度目の世界一に導きました。

 三期目は高橋由伸監督の後任でした。そして2023年に65歳で退任しました。

 通算1291勝は巨人の監督としては最多勝利でした。リーグ優勝9回、日本一3回の成績を残しました。

 最後の2年間はBクラスとなりましたが、監督としての存在感は選手時代よりもあったかもしれません。

 

 

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2026年1月14日 (水)

老人の独り言-41 プロ野球の歴史 セ・パ交流戦(NO.1962)

 プロ野球のセ・パ交流戦は2005年に始まりました。

 アメリカのMLBでは、1994年から1995年のストライキにより、野球離れが進んでいました。それを取り戻すためと新規ファンの開拓を目的として、アメリカンリーグとナショナルリーグのチームによるインターリーグ戦(交流戦)が1997年から始まりました。

 最初は両リーグの同一地区での対戦でしたが、2001年からは他地区のチームの対戦も加わり、2025年には1チームごとのインターリーグの試合数は48回となっています。

 日本では観客動員数の少なかったパ・リーグから、MLBのインター・リーグに倣って交流戦の提案がありました。最初は反対していたセ・リーグも、2004年のパ・リーグ再編をきっかけに同意する球団が増えて2005年に実現しました。

 最初は対戦相手1チームと6試合、3試合ずつのホームンドアウェイ方式でした。1チーム合計36試合を戦いました。2007年には対戦相手6試合を4試合に減らし合計24試合の交流戦になりました。

 そして2015年から昨年までは対戦相手1チーム3試合に減らし、1チーム合計18試合となっています。ホームとビジターは1年毎に入れ替わります。

 パ・リーグのチームがホームの場合は指名打者制を採用、セ・リーグのチームがホームの場合は9人制をとっています。おそらく来年からは指名打者制に統一されると思います。

 交流戦は2020年はコロナで中止となったので、昨年2025年で20回目となりました。

 過去の成績を見るとパ・リーグのチームの圧勝となっています。パ・リーグの勝ち越しは17回、セ・リーグは3回です。パリーグのチームが優勝したのは15回、セリーグは5回です。ダントツはソフトバンクで9回優勝しています。

 2010年と2025年には1位から6位までをパリーグのチームが占め、7位から12位までがセ・リーグのチームでした。まさに実力のパを示しました。人気もうなぎのぼり、今では人気のセを脅かしています。

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2026年1月10日 (土)

グレートトラバース 山岳古道編が始まった(NO.1961)

 2026年1月3日、NHKのテレビで「グレートトラバース 塩の道 日本海から太平洋へ 420キロ」が放送されました。

 この番組は田中陽希さんのグレートトラバースの新しいシリーズです。田中さんは2014年に百名山、2015年に二百名山、2018年から2021年には三百名山(百名山、二百名山を含む)を徒歩とシーカヤックを使って巡り、テレビに放送されました。

 それから4年、新しい歩きが始まったのです。この塩の道は日本海の糸魚川海岸から、昔の塩の道の松本街道を通って松本まで行く道と、松本から秋葉街道を経て御前崎の相良海岸まで合計420キロを歩く行程でした。ところが途中の道に通れない場所があったため、回り道を歩かざるを得ず470キロを歩きました。

 2025年10月1日に糸魚川ヒスイ海岸をスタートしてゴールまで19日間かかりました。

 いにしえの塩の道だけあって、今は使われていない道となっており、道標が見えなくなっていたり、道が崩れていたり、農家の庭先になっていたり、まさに「山岳古道」 そのものでした。

 田中さんは、百名山では7,800キロ、二百名山では8,000キロ、三百名山では20,000キロを歩いています。今回のシリーズでは、何か所、何キロを歩くのでしょうか。次回の放送が楽しみです。

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2026年1月 8日 (木)

老人の独り言-40 プロ野球の歴史 指名打者制の誕生と発展(NO.1960)

 プロ野球のセ・リーグがやっと2027年から指名打者制に踏み切ることになりました。高校野球は今年2026年から指名打者制を採用することが決定しています。

 指名打者(DH)とは、投手の代わりに打席に立つ攻撃専門の選手のことです。もともと野球は1チーム9人で戦っていました。ところが指名打者制が採用されたことにより10人(大谷ルール適用者を除く)での戦いになりました。

 その歴史を振り返ってみましょう。アメリカのメジャーリーグ(MLB)のアメリカン・リーグでは、1972年観客動員数が100万人を切るチームが続出しました。極端な投高打低の状態だったのです。それを打開するため1973年からからDH制を取り入れたのです。

 一方ナ・リーグは従来の9人野球を続けていましたが、2022年DH制に踏み切りました。DH制への転換がなければ大谷選手のドジャースへの移籍はなかったでしょう。

 また2刀流の大谷翔平選手の活躍に伴い、「同一選手による先発投手とDHへの兼任」という大谷ルールが生まれています。

 日本においてはプロ野球のパ・リーグが1975年にMLBのア・リーグに倣ってDH制を取り入れました。

 日本シリーズでは1987年から、パ・リーグの球場で行われる試合はDH制にすることになりました。オールスター戦は1993年からDH制になっています。2005年に始まったセ・パの交流戦では日本シリーズと同じ方式になっています。

 WBCやオリンピックなど国際試合ではDH制になっています。

 国内では一部例外はありますが、高校野球とプロ野球のセ・リーグを除いてはDH制です。

 セ・リーグでは2020年の監督会議で巨人の原監督がDH制への切り替えを提案しましたが、試合での監督の腕の見せ所が減るなどの理由で反対されました。翌年春のセ・リーグ理事会でも巨人のオーナーのDH制提案に対して、レギュラー選手が1人増えると年俸総額が高騰するなどの理由で反対されました。セ・リーグは時代の波に乗り遅れていたのです。

 大部分の監督もオーナーもお客さんや選手のことよりも自分のことしか考えていないのではないでしょうか。

 私は以前からDH制に切り替えを望んでいて、何度もブログに書きましたが、やっと実現しました。ただ、高校野球界はいいですが、セ・リーグは今年からの切り替えでなく来年に延ばすとは相変わらず時代遅れです。腹立たしさを感じています。

 

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2026年1月 4日 (日)

シドニー・シェルダンの小説の13作品を読み直した(NO.1959)

 2026年1月4日、シドニー・シェルダンの小説13作品の「超訳」を読み終わりました。

 以前にシドニー・シェルダンの18作品を読んだことがあります。その時は2作品を翻訳した文庫本で、16作品は英語のペーパーブックで読みました。

 今回はすべて1作品が2冊の日本語のハードカバーの本でした。

 読んでいくうちなんだか変だなと感じるようになりました。アカデミー出版発行で、訳者は天馬龍行氏となっています。解説に「『超訳』は、自然な日本語を目指して進める新しい考えの翻訳で、アカデミー出版の登録商標です」とありました。

 何が変かというと、ポルノ小説まがいの表現が目立ったことです。原文にはなかったと記憶しています。ペーパーブックはすべて処分してしまったので原文と照らし合わせることはできません。

 シドニー・シェルダンは稀代のストーリー・テラーと言われるくらい、発想と筋書きが面白いのです。しかも平易な英語で書かれているのでそのまま訳しても難解な文章にはなりません。英語圏の国なら中学生でも読めるような表現になっています。

 以前、「週刊文春」で超訳の問題点を取り上げたこともあったようです。

 とりあえず読み進み、13作品26冊を完読しました。私の本棚からは小説はなくなっていますが、妻が購入した文庫本から次の作品を選ぶつもりです。

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