2008年6月26日 (木)

個人情報保護法は天下の悪法

 昨日(平成20年6月25日)、新たな振り込め詐欺の手口かと思われる電話がかかってきました。私と妻と長女が昼食をとっているときでした。

 妻が電話をとったのですが、息子に成りすました男が、「携帯電話をなくしたので、通話を止める手続きをとった。もし業者から電話がかかってきたら、電話番号を控えておいてほしい」というのです。妻が、「声がおかしいね」というと、「風邪を引いたので」と言いました。妻は途中で息子ではないと気がつき、いい加減に返事をして電話をきりました。

 振り込め詐欺なら、折り返し業者に成りすました男から電話がかかるはずですが、かかってきませんでした。おそらく敵も「これは見込みがない」と思ったのでしょう。

 携帯電話をなくした話からどう振り込め詐欺につながるか、興味あるところでしたが、残念ながら真相解明にはつながりませんでした。

 最近は振り込め詐欺が増えています。役所から返還金があるとか、払い込んだ料金の一部を返すとかの電話がかかり、ATMの前に呼び出し、振込みをさせる手口が増えていると聞いています。

 タイトルの「個人情報は天下の悪法」とは直接関係のない話ですが、このお話を紹介させていただいたのは、個人情報保護法が犯罪を未然に防ぐことは決してないということを示したかったためです。むしろ個人情報保護法が施行されたあと、この種の犯罪は増えています。

 私たち市民の中には、個人情報保護法が犯罪を未然に防ぐという誤解が根強くあります。

 ところが個人情報保護法はそういう目的で作られたのではありません。

 「 行政機関・独立行政法人等の個人情報保護法は、個人情報の 不適正な取扱いによる個人の権利利益の侵害を未然に防止する ため、国の行政機関・独立行政法人等が個人情報の取扱いに当 たって守るべきルールを定める」のが目的なのです。

 簡単に言うと、「個人のプライバシーの保護」が目的です。

 そのために、役所は私たちが知りたい情報まで隠してしまいます。

 例えば私が参加している防犯パトロールの責任者が警察に対して「町内で発生した盗難の手口を教えてほしい」と依頼したところ、個人情報の保護の理由で断られました。

 ご存知の通り、社会保険庁は「ねんきん特別便」を出しています。社会保険庁の記録が間違いないかどうかを調べるためです。未記帳の5千数百万件のうち、判明したものが見つかったそうですが、個人情報保護法のためにその内容をねんきん特別便に載せなかったそうです。なんのためにねんきん特別便を出しているのでしょう。

 役所も個人情報保護法をどう運用していいか明確なルールを持っていないのです。思いつきや行き当たりばったりで、個人情報保護法が使われています。

 一方世の中では、個人情報保護を盾にとって、名簿や住所録の作成にクレ-ムをつける人がいます。便利さが犠牲になっています。法律は民間で作るのには制限は加えていないのです。

 敬愛する城山三郎さんは、生前個人情報保護法は悪法と言っていました。その通りだと思います。

 江戸時代には「生類憐みの令」という悪法がありました。アメリカには「禁酒法」という悪法がありました。どちらも後年廃止になりました。

 個人情報保護法は上の2つの悪法のように命にかかわることはないと思いますが、いずれ廃される悪法ではないかと思います。

私のHPと、私に関係するHPです。

http://members3.jcom.home.ne.jp/ynitta/(手賀沼へいらっしゃい)
http://members3.jcom.home.ne.jp/nittay/(手賀沼通信バックナンバー)
http://www.josuikai.net/semi/koyukai(最新の手賀沼通信) 

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2007年7月11日 (水)

残留孤児訴訟が全面解決

 平成19年7月8日、中国残留孤児から出されていた賠償請求訴訟が解決しました。

 中国残留孤児訴訟の原告・弁護団が、与党プロジェクトチームから出されていた支援策の最終案を受け入れ、損害賠償請求権を放棄して、15地裁に起こされた訴訟を一括で終結させることを決めたからです。

 新しい支援策は

    孤児全員に基礎年金を満額(月額6万6千円)支給する

    生活保護に代わる特別給付金(月額最大8万円)支給する

 などです。

 永住帰国した中国残留孤児に対する支援策は、今までは日本語教育などの自立支援が中心でした。しかし中高年になって帰国した孤児にとって、日本語の習得や就職は難しく、6割以上の人が生活保護を受けていました。もっと早く帰国できていたら自立できたという思いがありました。

 私の高校の同級生に中国からの引揚者がいます。運良く残留孤児にはなりませんでしたが、支援を続けています。昨年12月に神戸地裁より残留孤児に賠償を認める判決が出ました。今までの唯一の原告勝訴でした。ところが国はこの判決を不服として控訴しました。

 そのときその友人から、控訴に抗議するFAXを安倍首相と柳沢厚相に送るよう依頼されました。早速抗議のFAXを送ると同時に、私からも親しい5人にFAX送付を依頼しました。全員協力してくれました。

 そんなこともあり今回の全面解決は大変うれしいことです。裁判に拘泥することもなく、実質的な支援を決めた安倍政権の大きな功績といえると思います。

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2007年7月 2日 (月)

映画「めぐみ-引き裂かれた家族の30年」を見た

 平成19年6月30日、柏市民文化会館で「めぐみ-引き裂かれた家族の30年」を見ました。横田めぐみさんの北朝鮮による拉致で横田さん夫妻の30年にDc070201 わたる苦闘を描いた映画です。途中何度も涙をぬぐいながら見ました。満員の会場からもすすり泣きの声が上がっていました。

 この映画はアメリカで作られました。監督はクリス・シェリダンとパティ・キムの二人で、新聞記者とキャスターの夫妻です。製作はアカデミー賞受賞監督の経験のあるジェーン・カンピオンです。30年間の横田夫妻の写真やフィルムを中心に、小泉首相の訪朝と一部拉致被害者の帰還など、その後のドラマティックな展開を克明に追っていました。

Dc070203_1  また、もと北朝鮮工作員アン・ミョンジンや関係者のインタビューなどを交え、全編ドキュメンタリータッチの映画でした。

 初めは神隠しのようにいなくなっためぐみさんが、北朝鮮の拉致被害者と判明するまではまるでサスペンスをみているようでした。

 一番ショッキングで印象的だったのは、北朝鮮による拉致が判明する前、横田さん夫妻が街頭でたすきをかけて訴えながら署名運動をしているとき、ほとんどの人が出されたチラシを受け取ろうとせず、無視して足早に去っていく姿でした。中には出されたチラシを叩き落す女性も写っていました。日本人の汚さを思い知らされた感じでした。

Dc070202  映画の始まる前に、拉致家族会事務局長の増元照明氏の講演がありました。淡々と話された内容が映画のシーンと重なり、いっそう悲しさと切なさを増していきました。

 写真をクリックすると大きくなります。 

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2007年6月20日 (水)

折口雅博の大罪

 連日コムスンとグッドウィルグループの折口雅博会長の記事がマスコミを賑わしています。

 折口会長の破綻はライブドアの堀江隆文や村上ファンドの村上世彰を思い起こします。しかし社会に与えた影響の大きさは折口雅博が最大ではないでしょうか。

 堀江隆文と村上世彰は派手な言動でマスコミの寵児となりました。そして突然落ちた偶像になりました。2人の犯した罪は経済行為です。マスコミでの取り上げられ方は大きかったのですが、その罪で影響を受けた人はごく一部です。

 ところが折口雅博の犯した罪は極言すれば、国民全体に影響を与えます。福祉を食い物にしたうえ、要介護者の命にもかかわる大罪です。コムスンは業界トップ、全国に2000を越す事業拠点を持っています。

 ウィキペディアによればコムスンは1988年に北九州市にて榎本憲一(社会福祉法人せいうん会理事長)により創業されました。当時のスタッフは2人でした。

 「連帯と共生で介護を行うことは、日本人のやさしい英知」であり、「介護職が、人を支え、励まし、誇りある人生の結実に役立つことを信じる」という志しからのスタートでした。

 ところが1997年に介護保険法が成立した年、コムスンに人材派遣会社グッドウィルグループが資本参加して、コムスンをグループの傘下におさめた頃からコムスンが変わったようです。折口会長は介護事業は金になると思ったのではないでしょうか。

 幸いなことに、ニチイ学館とワタミが事業継続に名乗り出ています。折口会長は一括して売却する意向のようですが、折口雅博に金儲けをさせないよう、監督官庁と政府はしっかり見守ってほしいと思います。

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2007年6月17日 (日)

NOVA体験記

 駅前留学のNOVAの違法行為が大きなニュースとなっています。

 経済産業省はNOVAに一部業務の停止処分を決めました。特定商取引法の違反行為が18項目にも及んだためです。

 私もNOVAで学んだ経験があります。そのときの経験をお話しましょう。記録は残っていないので全て記憶に頼って書いてみます。

 今から12年~13年前、ある消費者金融に勤務していました。大手の外資系コンピュータ会社を早期定年退職し、消費者金融会社の教育部顧問として再就職したのです。

 その会社では業務では英語はほとんど使う機会がなかったのですが、社員の知識の向上と視野の拡大を目指して英語の学習に力を入れようとしていました。テーマを決めて先生を招いて、教室での英語教育を行いましたが、それ以外にも英会話の学習として教育部に所属する社員をNOVAで学ばせることにしました。

 そして当時60歳に近かった私も、率先垂範で若手社員の先頭に立って、NOVA通いを始めました。西船橋の駅前にあるNOVAでした。以下は今から10数年前なので、もしかしたら今のNOVAの教育体制とは違うかも知れません。

 まず何十回分かの契約を数人分結びました。そして各自が会社終了後、出席できる時間を電話で予約しました。私の場合は定時に帰れたので、比較的望みどおりに予約できましたが、若い社員は仕事が忙しいため、なかなか予約が取れませんでした。

 仕事の都合で、ときどき予約した時間を変更したい場合が出てきます。その変更は確か予約日の前前日でないと変更できなかったように記憶しています。急な変更はききませんでした。そのときは出席できなかった時間は出席したものとして没収されました。

 教室は先生1人と生徒3人以下で数人しか入れない小さな部屋で行いました。先生はたまに同じ先生になりますが、大体毎回変わります。テキストはありましたが、テキストを使わない先生もかなりいました。ほとんどが20歳代の学生のような若い先生でした。生徒も学生が中心でした。生徒は女性が多かったように記憶しています。

 フリーカンバセーションでは日常生活の話題がほとんどでした。生徒も先生も若いため、政治や文化や歴史などの話題はほとんど出ませんでした。ちょっと難しい話題を出すと、教室の雰囲気のそぐわない感じでした。

 結局、契約した時間は出席できず、といって途中解約もできず、中途半端で終わってしまいました。

 NOVAの英会話教室に満足した人は少なかったのではないでしょうか。

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2007年5月21日 (月)

日本でもサマータイムを採用しよう

 日本でもサマータイムを採用すべきと思います。

 欧米各国は3月の最終日曜から10月の最終土曜まで時計を1時間進めるサマータイムを採用しています。サマータイムはデイライト・セービング・タイムともいわれています。

 私は毎朝4時頃目が覚めます。今の時期は4時でもかなり明るくなっています。5時台や6時台はすっかり明るくなって、日常活動には差し支えは全くありません。この明るい時間に寝ているのはもったいない話です。

 サマータイムを採用すると、

・省エネにつながり、地球温暖化を防ぐことになる。

・余暇時間が増え、経済が活性化する。

・交通事故や犯罪の発生が少なくなる。

などの効果があるといわれています。

 夏に欧米に旅行した経験のある方は、なかなか暗くならない街をうれしくなって歩いた経験があるのではないでしょうか。

 サマータイム反対の意見としては

・明るいうちには帰りにくいため残業時間が増える。

・生活のリズムがおかしくなる。特に子どもは高齢者のような生活弱者に影響が大きい。

・切り替えの時に混乱が生じるおそれがある。特にATMや医療機器など自動的に時間をコントロールしている機械に大きな影響がある。

などがあります。

 しかし、アメリカやヨーロッパでは長年の実績があります。どちらも他民族で単一民族の日本より混乱が大きくなる要素を持っていますが、混乱が大きなニュースになったことは聞いていません。心配ならアメリカやヨーロッパに学べばいいのです。

 お役所や一部の企業などは面倒な仕事で嫌がるかもしれませんが、地球環境にとっていいことはぜひ取り入れるべきと考えます。

 日本人は優秀な能力を持っています。欧米で出来ることが日本で出来ないわけはありません。そして、夜明るいことは私たちの心も明るくすると確信しています。

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2007年4月18日 (水)

ピストルと日本刀

 平成19年4月16日、アメリカのバージニア工科大学で韓国人学生がピストルを乱射し、32名が死亡しました。アメリカ史上最悪の銃乱射事件です。

 また4月17日には伊藤長崎市長が暴力団幹部にピストルを撃たれ死亡しました。

 いずれもピストルによる痛ましい事件でした。

 今から60年数年前、我が家にはピストルと日本刀がありました。太平洋戦争の頃です。

 ピストルは母方の祖父が日露戦争に従軍し、ロシア兵から分捕ったものです。ばねが壊れて使いものにならなかったのを、器用な友人が直して、一応撃てるようになりました。しかし実弾がなかったので、発射できませんでしたが、ピストルを持つと自分が強くなったように感じたものです。弾があったら試しててみたいと思いました。銃は人を怖いもの知らずにさせてくれるようです。その後、ピストルは持っていてはいけないことになり、当局に提出しました。

 日本刀は父方の祖父が持っていたものです。貧乏武士で明治維新を迎えたようですが、日本刀は大切にしていました。太平洋戦争中、祖父が日本刀に打ち粉をふるって、手入れをしていたのをかすかに覚えています。そして側で見ていた幼い私は、一度刀を振るってみたいと思ったものです。その刀は、まもなく戦争に出征した親戚の人に譲って、戦争で行方知れずになりました。

 武器は持っていると使ってみたくなるのではないでしょうか。銃や刀は厳重に取り締まるべきと考えます。

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