2019年6月21日 (金)

足の痛みのため移動は自転車かバスとなる(NO.1244)

 前回のブログの続きです。

 右足のふくらはぎの痛みは外を歩くと出てきます。少しは歩けるのですが、今は100歩も歩くと痛みが出ます。コブシでトントンとふくらはぎをたたくとしばらくは歩けますが、すぐ痛みがぶり返します。専門書によると「間欠跛行」というようですが、これがだんだん間隔が狭まってきました。以前は数分は歩けたのですが、いまは100歩前後です。午前中はかなり歩けるのですが、午後からひどくなり夕方や夜は最悪となります。

 そのためもっぱら自転車が移動手段となっています。ただ歳とともにバランス感覚が鈍ってきたので注意深く運転する必要があります。それに我孫子市は坂が多く、筋力も衰えているのでかなりきつい場合があります。

 またバスも頻繁に利用するようになりました。整形外科のある東邦病院はバス停で3つ目、歩いて15分くらいですがバスで行きます。我孫子駅もバスを利用します。自転車は坂があるので敬遠しています。さいわい若松はバス停のすぐそば、バスも10数分おきにとおっているので特に不便は感じません。車は遠くに行く時だけ使います。

 歩くと足が痛くなるのはつらいです。足の健康がこれほど大事ということを思い知らされました。心が折れそうになります。若いとき山登りに熱中して日本アルプスなど高い山を歩き回ったことや、退職後妻と国内外を自由に旅行していたことが思い出され、ふがいない思いでいっぱいになります。

 しかし痛いからと言って足を使うことをやめるとますます歩けなくなってしまいます。それに既に亡くなった友人や、がんなどの病気と闘っている方のことを思うとこれくらいのことは仕方がないのかもしれません。とりあえずは今飲んでいる漢方薬が効いてくれることを願っています。

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2019年6月19日 (水)

牛車腎気丸を飲む(NO.1243)

 今右足のふくらはぎに痛みを抱えています。そのため令和元年6月10日から、漢方薬の牛車腎気丸を飲み始めました。

 右足のふくらはぎは以前から時々痛んでいたのですが、今年初めごろから痛む回数が増えたため、1月19日に我孫子市の東邦病院で検査を受けたところ、脊柱管狭窄症からくる痛みということがわかりました。最初処方されたのはリマプロストアルファデクス錠でした。1日3回食後に飲みました。

 3月初め頃になって薬効が出てきたかなと思ったところ、3月7日に大腸憩室出血を再発しました。3度目です。しかも2回目は昨年10月でしたので、それ以後5か月もたっていません。名戸ヶ谷あびこ病院に15日間入院することになりました。

 入院期間中はすべての薬を飲むのを止められました。退院後リマプロストアルファデクスについてネットで調べたところ、出血を助長する恐れがあると記されていました。この薬が直接の原因とは思いませんが、怖くてやめるしかありません。

 ところが足の痛みは退院後さらに激しくなっていました。妻も脊柱管狭窄症からくる足の痛みに苦しめられており、同じ病院でサインバルタを処方されていました。その薬について調べたところ、出血性疾患のある人には要注意と出ていました。妻は出血の心配はないので問題はありませんが私には使えません。

 たまたま同じ出血と足の痛みを抱える友人が牛車腎気丸を飲んでいることを聞き、病院の先生に話して同じ薬を出してもらいました。

 飲み始めて10日が過ぎましたが、まだ効いた感じはありません。もう少し続けてみようと思っています。今のところこの薬が頼りです。

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2019年3月28日 (木)

3回目の名戸ヶ谷あびこ病院入院記(NO.1218)

 2019年3月9日から22日まで大腸憩室出血で名戸ヶ谷あびこ病院に入院しました。昨年10月に続いて3度目の大腸憩室出血での入院です。

 過去2回とも手賀沼通信ブログに2回に分けて書きました。今回は別の角度からまとめてみます。

・最初の判断が甘かった

 3月7日の朝、大便と一緒に出血がありました。今までの出血は初めての時は夜中に出血、家と病院で15回ほど出血しました。2回目の時は午後3時ころから、10回ほどの出血でした。便と一緒の時もあれば、血だけの時もありました。

 ところが今回はそんなに回数も多くなく、出血の量も多くありません。朝と、午前1回です。そのうち止まるのではないかと病院に行かず、食事だけ控えめにしました。ところが、その後も5回ほど出血しました。翌8日妻に車で送ってもらって名戸ヶ谷病院に行きました。処置室で止血止めの点滴を行い、出血止めの薬を出してもらって帰宅しました。食事も昼食と夕食を軽めにとりました。これが悪かったのです。

 結局9日も出血が続いたので、車で送ってもらって、名戸ヶ谷病院に行きそのまま入院となってしまったのです。入院期間も一番長く14日間になりました。出血が始まってから、退院できるまでは16日間もかかったことになります。よく犯罪で初動捜査のミスで解決が遅れたと言われることがありますが、今回も最初に病院に行くのが遅れ、入院を躊躇したのが、回復を遅らせた最大のミスでした。

 入院後は食事は絶食、夜中も点滴が続きました。食事ができたのは入院6日目の昼食からでした。それも流動食でした。

・名戸ヶ谷あびこ病院

 名戸ヶ谷あびこ病院は紹介状がなくても初診の時特別な料金はかかりません。病床の数が少ないためではないでしょうか。我孫子近辺では一番新しいため、清潔で明るく、快適な入院生活が送れます。1,2階は各科の診療室や検査室、会計など、3階はリハビリ室や薬局、売店、レストランなど、4,5,6階は病室とナースステーションとデイルーム、7階は展望風呂と会議室などとなっています。

 デイルームにはテーブルと椅子、飲み物の自動販売機、新聞や雑誌などがあり、元気な患者は面会の人とここで話し合っています。携帯電話も病室は原則禁止、ここで掛けています。部屋代のかからない病室は4人部屋です。ほかの病院では原則6人部屋でしたので4人だとそれだけストレスが少なくなります。

・病院のスタッフ

 医師のほかに、看護師、検査担当者、薬剤師、栄養士、世話係り、掃除係りなどがそれぞれのユニフォームをまとって患者の面倒を見てくれます。皆さん感じのいい人が多いです。日曜日と祝日は人数が減り、いくつかのサービスは省略されます。医師の巡回は日1回、看護師は1日3回接触があります。私もこの病気で3回合計38日間入院しており、ある程度の経験があります。医療やサービスについて過去の経験から疑問や質問をします。ある看護師からは「こちらはプロだから任せてほしい」と言われたこともあります。

・病院のシステム

 飲んでいる薬を全部持ってきてほしいと言われ、お薬手帳と薬を預けました。薬剤師はお薬手帳に出ている薬の一覧表を作り預けた薬との違いを聞いてきました。お薬手帳はあと数ページくらいしか残らないくらい使い込んだ状態でしたので、大分昔に飲んでいた薬も載っています。今飲んでいる薬の一覧表を別に出したのですが受け取りませんでした。なんだか無駄なことをしていると感じましたが、病院には決まったシステムがあるのかもしれません。

 預けた薬はすぐ返してくれましたが、安定剤のエチゾラムだけは、寝る前に毎晩飲むだけを渡してくれました。理由を聞いたら一度に大量に飲むと危険だからとのことでした。私はそんなことはしないと言いましたが信じてもらえませんでした。

・同室の患者

 途中で部屋を変わったり、入退院があったりで8人ほどの患者と部屋をともにしました。皆さん高齢者でした。静かな患者がほとんどでしたが、1人だけしょっちゅう咳が出る人が隣になりました。夜中に何度も起こされました。日中ベッドで携帯電話をかけるのも気になりました。

・スマホがあると便利

 我が家の家族9人のうち私だけがスマホでなくガラケイです。入院しているとスマホにしておけばよかったと後悔しました。スマホは動画やゲームやインスタや各種のアプリなどで時間がつぶせます。ガラケイにはそれがありません。

 電話とメールしか使いませんでした。家内とはしょっちゅうメールで連絡を取り合いました。トイレでの排泄物をカメラで撮り、看護師や医師に診てもらうのには使えました。

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2018年12月16日 (日)

かかとが痛くてまともに歩けなくなった(NO.1192)

 平成30年12月13日突然かかとの上部が痛くなり歩くのが困難になりました。

 何とかびっこを引きながら歩いていたのですが、15日の未明に痛みがひどくなりトイレに行くにも何かにつかまりながら行く始末になってしまいました。15日の朝一番に我孫子東邦病院の整形外科に行って見てもらいました。

 名戸ヶ谷あびこ病院のほうが近いのですが、以前整形外科に初診で行ったところ、朝8時前に行ったにもかかわらず予約人のが優先で見てもらったのは夕方7時ころでした。東邦病院は空いているのでそちらにしたのです。

 レントゲンを撮った結果、かかとの骨の一部が石灰化しており、そこが炎症を起こして痛むということがわかりました。加齢のためだそうです。

 消炎鎮痛剤と湿布薬をもらいました。なるべく歩くのを慎むようにとのことでした。しばらくは痛みはとれないようで、2週間分の薬をいただきました。私は80歳を越してからは目標を少し下げ1日5000歩を目指して歩いているのですが、しばらくはやめざるを得なくなりました。

 16日現在やや痛みは少なくなりましたが、まだびっこは引いています。

 10月に入院してから、足の痛みやかかとの痛みなど体調の悪さに悩んでいます。歳は取りたくないものですがこればかりは仕方ありません。

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2018年11月17日 (土)

3度目の大腸内視鏡検査(NO.1185)

 平成30年11月15日名戸ヶ谷あびこ病院で3度目の内視鏡検査を行いました。

 1度目は平成20年3月に新東京病院で大腸がん検査のため行いました。2度目は1昨年10月に今回と同じ大腸憩室出血の状況を見るため行いました。その時は入院中で退院直前の検査でした。今回は退院を早めてもらったため、退院後の検査となりました。そして3回の検査のうち最も面倒な検査となったのです。

 1回目の検査は食事制限は検査の前日だけで、検査当日は病院に行って2リットルの下剤を飲みました。当日は病院の看護師さんがすべて仕切ってくれました。

 2回目は入院中でしたので食事は病院がおぜん立てをしてくれました。

 ところが今回は検査の3日前から食事制限があり、当日の下剤を飲むのも自分で用意して自分でコントロールをしなければならなかったのです。病院には指定した時間に行って検査を受けるだけでした。

 3日前と2日前は食べてよいものと避けるものが指示されました。食べてよいものは素うどん、おかゆ、とうふ、バナナ、など、柔らかなものでした。避けるものは、野菜類、豆類、てんぷら、揚げ物、キュウイ、イチゴなどでした。卵や肉や魚はどちらにも入っていません。食事は簡単な味気ないものになりました。

 検査前日はグリコの大腸検査食「エニマクリン」を購入させられました。おかゆやスープやお豆腐ハンバーグなどで、夕食はコーンスープだけでした。昼食と夕食の間では間食としてビスケットと粉末ジュースがついていました。ちなみに1回目の前日の検査食はハウス食品の同じようなものでした。飲める物も決まっており多めに水分をとるよう言われました。当然アルコールは禁止でした。

 前日の夜から配られた下剤を2回飲むようになっており、9回トイレに通いました。当日は絶食、8時から10時まで2リットルの下剤を飲みました。下剤の入ったポリ袋に自分で水を入れ、時間を決めて飲むのです。10回トイレに通いました。

 前2回は看護師さんがトイレの中を見てOKを出してくれましたが、今回は自分で判断しました。

 検査は2時半の予定が40分遅れて始まりました。モニターに自分の大腸が映し出されました。ドクターの説明で憩室が5つあり、ついでにポリープの検査もありました。1年以内にとったほうがいいポリープが1つ見つかりました。

 事前にポリープは取らないと決めていましたので、今回は取らなかったのです。ポリープ切除には1日の入院が必要になります。

 今後の予定は決めていませんが、とりあえず4日間にわたる検査が終わってほっとしています。

 なお、翌日新東京病院で3か月に1度の定期診療があり、ドクターと話し合って、血液サラサラの薬のバイアスピリンの投与をしばらくやめて様子を見ることにしました。憩室出血のリスクを少なくするためです。3度目の再発だけは避けたいと思っています。

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2018年10月23日 (火)

2回目の名戸ヶ谷あびこ病院入院-2(NO.1177)

 前回の続きです。

10月12日(6日目)

 朝、多少出血、夜中も含め1日中点滴が続き、食事はありません。

 入院後普段飲んでる薬をチェックされ、血液サラサラの薬バイアスピリンは禁止となりました。毎夜デパス(またはエチゾラム)を2錠飲みました。これがないとよく眠れないからです。私の持参した薬がなくなると、病院で処方されました。

10月13日(7日目)

 朝の出血は止まりました。昼食から10%のおかゆが復活、夜の点滴がなくなりました。

 6階から4階の410号室に引っ越し、くしくも2年前に入院した同じ部屋の同じ窓側のベッドでした。4人部屋です。

 娘が来てくれました。13日間の入院中妻はほとんど毎日来てくれました。感謝感謝です。夜の点滴がなくなりました。

10月14日(8日目)

 昼食から3分がゆになりました。息子夫婦が妻と一緒に見舞いに来てくれました。1本当たりの点滴のスピードが速くなりました。3時間くらいです。夜の点滴がないと1日3本です。

 巨人ヤクルト戦で巨人の菅野がCSで初めてのノーヒットノーランを達成したので少しの間病院生活の憂さを忘れました。

10月15日(9日目)

 出血なしが3日続き、もう出血は止まったと確信しました。日中の点滴3本。

10月16日(10日目)

 点滴1本。これで点滴はすべて終わりました。10日間続きました。左腕から点滴の針を抜きすっきりしました。解放感いっぱいです。

10月17日(11日目)

 明後日の退院が決まりました。洗面室で頭を洗いました。2回目です。5分がゆになりました。

10月18日(12日目)

 本日の大学同窓会と来週の元の会社の同期会に欠席を電話連絡。民謡愛友会の関係者に20日の我孫子市民謡文化祭の世話役交代を依頼、出演は可能と電話しました。

 午後愛友会会長がお見舞いに来院。退院直前なのに申し訳ない気持ちでした。

10月19日(13日目)

 朝食にやっと100%のおかゆが出ました。再再発を防ぐための注意点を回診の先生に聞きましたが、絶対的な方法はないようです。食事に気を付けること、便秘しないこと、お酒は半分にすることと言われました。お酒の量を話したわけではないのであいまいです。再発の可能性は消えません。もう旅行は無理かもしれません。

 妻は所用のため娘が車で迎えに来てくれました。名戸ヶ谷病院の先生、看護師、その他のスタッフの方ありがとうございました。また、妻をはじめ家族のありがたさを改めて感じました。

 家に戻り、ゆっくり昼食と夕食を取り、13日目のお風呂に入り、我が家での普通の生活を楽しみました。

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2018年10月22日 (月)

2回目の名戸ヶ谷あびこ病院入院-1(NO.1176)

 平成30年10月7日大腸憩室出血で名戸ヶ谷あびこ病院に入院しました。

 平成28年10月8日に入院してからちょうど2年後に再発しました。

 前回は2度に分けて「名戸ヶ谷あびこ病院入院記」をブログに書きました。今回は前回の入院記とだぶらないよう、日ごとにまとめてみます。やはり2回です。

10月7日(1日目)

 午後3時ころトイレに行ったところ便器が血で赤く染まっていました。前回の経験から大腸憩室出血に間違いないと判断し、名戸ヶ谷あびこ病院に電話しました。

 連休初日の日曜日でしたが、救急車でなく自分で来れたら来てほしい、当番医が対応するとのことでした。妻は柏に出かけていたので電話で呼び出し、いそいで帰ってもらいました。

 妻が戻るまでに、入院に間違いないと判断して必要なものをそろえました。この病気は痛みがないので動けます。ただその間にもトイレに4回通い出血が続きました。

 16時30分に病院に到着、日曜日で自己申告のため、待合所でかなり待たされました。その間もトイレで出血、呼ばれた後は血液検査、尿検査、CT、レントゲンと検査が続き、約1週間の入院が宣告されました。前回は11日間でしたので、ちょっとホッとしました。

 610号室に入りました。妻は8時過ぎまでいてくれました。結局この日は10回トイレで出血しました。出血止めの点滴が翌朝まで続きました。

10月8日(2日目)

 入院以後出血止めの点滴が続きました。出血は朝と夕方。食事は出ません。妻と娘夫婦がお見舞いに来てくれました。

10月9日(3日目)

 連続して点滴。出血止めの点滴は2本までしか連続できないので、間に栄養剤の点滴が入ります。食事は出ません。

 連休があけたのでクラブツーリズムに予約していた14日からの3泊4日のツアーをキャンセル、30%のキャンセル料をとられました。妻に市役所に行き高額医療限度額認定書をとってきてもらいました。

10月10日(4日目)

 昨日から出血が止まったので昼食から10%のおかゆの食事が出ました。夜の点滴もなくなりました。点滴がなくなるとホッとします。

 入院以来時間を持て余して、テレビと読書で過ごしました。退院するまでテレビカードは6枚使いました。入院中大半は午前中はメジャーリーグの野球、夜は日本のクライマックスシリーズです。

 10月11日(5日目)

 夜中に出血。朝は3分がゆでしたが、出血のため昼食から食事がなくなり、オールナイトの点滴が復活です。出血のため1周間で退院できる望みはなくなりました。

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2016年10月24日 (月)

名戸ヶ谷あびこ病院入院記-その2(NO.957)

 前回の続きです。入院の顛末は前回書いたので、今回は入院生活のあれこれです。

 1日目はあわただしく過ぎましたが、2日目から決まりきった入院生活になりました。

 入院生活の流れは次の通りです。

・6:00 起床 採血(数日に1回)

・7:00 看護師によるモーニングケア 血糖チェック

・7:30 朝食

・9:00 ケア(体拭き)

・10:00 医師による回診(3人の医師が交代で)

・11:00 血糖チェック 血圧測定

12:30 昼食

・16:00 血糖チェック

・18:30 夕食

・21:00 消灯

 私の場合は最初の6日間と最後の1日間は点滴がありました。

 4日目からは食事が出ましたが、1分粥、3分粥、5部粥と続き、まともな食事を食べられたのは退院前日の夕食と当日の朝食だけでした。

 入院中にエコー検査(腹部と心臓)と内視鏡検査(大腸)がありました。

 洗面所で2回頭を洗い、点滴がなくなったあとは7階の展望風呂で3日間シャワーを浴びました。展望風呂は眼下に手賀沼が広がり、空が澄んでいるときは富士山が望める素晴らしいお風呂です。お湯につかるのは禁止で、シャワーだけでしたが気分爽快になりました。

 名戸ヶ谷あびこ病院は平成24年12月にオープンした新しい病院です。私は過去3つの病院に入院したことがありますが、ここは設備、施設が新しく一番快適に過ごせた病院でした。

 今回の入院は手術はありません。治療といえば点滴だけです。

 点滴がなくなると時間を持て余します。テレビと読書と新聞で時間を過ごしました。テレビは専用のカードを購入し、イヤホンで聞きます。

 妻は1日だけ休みましたが、あとは毎日来てくれました。妻の顔を見るとホッとしました。

 お見舞いも楽しみでした。長男一家や長女夫妻が時々顔を出してくれました。民謡の仲間がご夫婦が2組とおひとりとあわせて3回来てくれました。申し訳ないことでした。

 外との連絡はデイルームから携帯を使いました。過去3回の入院は公衆電話を利用しましたが、今は公衆電話はありません。時代が変わったことを改めて感じました。

 病気が回復したこと、入院生活を無事に送れたことについて、病院の先生や看護師やその他病院のスタッフに心からありがとうと申しあげたいと思います。

 そして何よりも妻に感謝感謝です。

 

 

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2016年10月22日 (土)

名戸ヶ谷あびこ病院入院記-その1(NO.956)

 平成28年10月8日から18日まで病気のため名戸ヶ谷あびこ病院に入院しました。その記録を2回に分けてまとめました。

 10月8日の深夜2時トイレに行ったところ、便器が真っ赤になりました。肛門から出血したのです。どこにも痛みはありません。そんな経験は初めてでした。特に胃腸や痔の持病もありません。

 その後午前5時ころまでに便意を催して3回トイレに通ったところやはり出血が続きました。

 不安になり妻の勧めもあって、119番に電話し相談して救急車を呼びました。

 身体は普通に動けるので救急車が来るまでの間に、服を着替え、近くの病院の診察券や保険証、携帯電話、その他思い当たるものを持ちました。妻もお金など急いで用意したようです。

 救急車は数分でやってきました。

 実は7日の午後3時ころ我孫子駅の階段で足を滑らして転び、したたかお尻と腰を打っていました。私はそれが出血に関係あるのではないかと考えました。

 救急隊員には転んだこと、何度も出血したことを伝えました。できれば一番近くにある名戸ヶ谷あびこ病院に行ってほしいと伝えました。救急隊員は病院に電話し受け入れてくれることになりました。病院までは数分でつきました。名戸ヶ谷あびこ病院は歩いても10分のところにあります。

 救急病棟で病院服に着替え、腹部のレントゲンとCTをとってもらいました。

 それから朝9時ころまで点滴をしながら医師の診断を待つことになりました。救急隊員や病院の看護師が急な医師の診断は不要としたのか、あるいは担当医がいなかったのかわかりません。

 外科医師の診断の結果、病名は「大腸憩室出血」、約2週間の入院が必要ということになりました。転んだことには関係はないとのことでした。

 病室のベッドが空くまで処置室で点滴をしながら待ちました。11時ころ4階の410号室に移りました。4人部屋の窓側、運よく差額室料なしの部屋でした。

 妻は入院時に用意するものを取りに家に帰り、午後持ってきました。朝あわてて家を出たので、いろいろやることもあったようです。

 出血は1日目は家と病院で合計15回ありました。出血は入院2日目の朝の1回で止まりました。

 1日目の点滴は夜9時半まで続きました。

 点滴は出血止めが入っているものと栄養剤との2種類でした。4日間は2袋ずつの4袋、5日目は栄養剤だけ2袋、6日目は1袋、7日目から点滴なしになりました。ただ10日目は内視鏡検査だったので2袋の点滴がありました。

 点滴は痛みはありませんが、腕に注射針が刺さっている感覚と、行動するときは袋をぶら下げた支柱を持って動くため、わずらわしいことこれ以上なしです。

 入院期間は2週間の予定でしたが、内視鏡検査の結果10日間で済みました。手術はなく、点滴が治療でした。

 「大腸憩室出血」の原因は高齢化で大腸の中に憩室ができます。老化により腸の壁がたるんでくるためです。憩室に内容物がたまり、内容物の水分が吸収されて固くなると周囲の血管を傷つけて出血がおこるようです。

 私は心臓ステントで血液をサラサラにするバイアスピリンを飲んでいますが、飲んでいない人と比べるとこの病気にかかりやすいと言われました。再発の可能性もあるとのことでした。

 今後、食べ物や飲み物の制限はありませんが、食べ過ぎ飲みすぎはよくないとのことです。繊維質のものを食べて便秘を防ぐことが効果があるようです。

 10日目の内視鏡検査の結果11日目の10月18日に退院できました。我が家に戻り、改めて我が家の良さがわかりました。

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2014年7月 2日 (水)

日本尊厳死協会に加入する(NO.727)

 平成26年6月に日本尊厳死協会に妻と2人で加入しました。

 尊厳死とは、不治かつ末期の病態になったとき、自分の意思により無意味な延命治療を中止し、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えることです。

 一般社団法人日本尊厳死協会は尊厳死の法制化に取り組んでいます。 

 4年ほど前、友人が加入したと聞き、協会から書類を取り寄せました。その時はまだ時期が早いかなと思ったのですが、そろそろ真剣に考えたほうがいいと思って再度協会に電話して書類を送ってもらいました。

 入会は1人ずつ「尊厳死の宣言書」(リビング・ウィル)に住所氏名等を記入し、協会に送ります。協会はそれに登録番号を付けて保管します。そして印鑑を押した書類のコピーを2通と会員証を送ってきました。

 コピーは1通は妻の分と一緒に保管し、1通は長女に渡しました。

 書面には「必要が生じたときにコピーを医師に示してください」とありました。万一医師に理解してもらえないときは協会が理解してもらうよう努めてくれるようです。

 宣言書には次のことが書かれていました。

①私の傷病が、現代の医学では不治の状態であり、既に死が迫っていると診断された場合には、ただ単に死期を引き延ばすためだけの延命治療はお断りいたします。

②ただしこの場合、私の苦痛を和らげるためには、麻薬などの適切な使用により十分な緩和医療を行ってください。

③私が回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った時は生命維持措置を取りやめてください。

 年会費は2人で3000円。入会費は不要です。年4回会報を送ってくれます。

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