2022年9月21日 (水)

大河ドラマシリーズー5 第13作~第15作(NO.1636)

 第13作は「元禄太平記」です。

 1975年放映、主人公は柳沢吉保と大石内蔵助、主演俳優は柳沢吉保に石坂浩二、大石内蔵助に江守徹、原作者は南条範夫、脚本は小野田勇、小幡欣治、土橋成男の3人、平均視聴率は24.7%(15位)です。

 原作は南条範夫の書下ろし作品で、忠臣蔵事件を5代将軍徳川綱吉の側用人の柳沢吉保の視点がから描いた斬新なドラマとなっています。

 赤穂浪士の討ち入りの場面を元録15年の旧暦12月14日にちなんで12月14日に放送しました。なお忠臣蔵を描いた大河ドラマの他の作品は、吉良邸討ち入りを赤穂四十七士にかけて第47回目に放送しています。主演の石坂浩二は第7作「天と地と」に続く2回目の主演となりました。

 なお、5月8日には来日中の英エリザベス女王が撮影現場を見物されるというハプニングがありました。 

 第14作は「風と雲と虹と」です。

 1976年放映、主人公は平将門と藤原純友、主演俳優は平将門に加藤剛、藤原純友に緒形拳、原作者は海音寺潮五郎、脚本は福田善之、平均視聴率は24.0(19位)です。

 海音寺潮五郎の小説「平将門」「海と風と虹と」を合わせて1本のドラマに仕立てました。

 大河ドラマでは最も古い時代を舞台にして、平安時代中期の承平・天慶の乱を描いています。関東では平将門が、瀬戸内では藤原純友が起こした反乱です。最後は2人とも打ち取られますが、そこに至るまでの波乱万丈のドラマです。

 あこがれの吉永小百合が初めて大河ドラマに出演しましたが、気の毒な役柄でした。

 我孫子市には平将門ゆかりの将門神社や将門の井戸が残っています。そのあたりの人は成田山新勝寺にはお参りしません。新勝寺が将門追討のため作られたお寺だからです。

 第15作は「花神」です。

 1977年放映、主人公は大村益次郎(村田蔵六)、主演俳優は中村梅之助、原作者は司馬遼太郎、脚本は大野靖子、平均視聴率は19.0%(38位)です。

 大村益次郎は周防の村医者から倒幕司令官に、明治政府では兵部大輔になって近代軍政の創始者になります。

 大河ドラマでは司馬遼太郎の「花神」を中心に、同氏の「世に棲む日々」「十一番目の志士」「酔って候」「峠」の5作品から大野靖子が脚色しました。第11作の「国盗り物語」と同じ手法です。主人公以外に多くの幕末の志士の活躍も描いています。

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2022年9月17日 (土)

大河ドラマシリーズー4 第10作~第12作(NO.1635)

 第10作は「新平家物語」です。

 1972年放映、主人公は平清盛、主演俳優は仲代達也、原作者は吉川英治、脚本は平岩弓枝、平均視聴率は21.4%(27位)です。

 吉川英治原作の2本目のドラマで、第4作が源氏側から描いたドラマでしたが、第10作は平家側から描いたドラマになりました。

 大河ドラマとしてそれまでの最高の製作費をかけ豪華キャストを揃えました。衣装や甲冑にも費用をかけたため、ロケーション費用は抑えて、戦闘場面もスタジオ撮影になったと記録に出ていました。

 私は吉川英治の原作を学生時代に週刊朝日への連載中に読みました。そのイメージが強く残っていたためか、ドラマのほうはあまり真面目には見ていなかったように覚えています。

 第11作は「国盗り物語」です。

 1973年放映、主人公は前半が斎藤道三、後半が織田信長、主演俳優は道三を平幹二郎、信長を高橋英樹、原作者は司馬遼太郎、脚本は大野靖子、平均視聴率は22.4%(24位)です。

 ドラマは司馬遼太郎の「国盗り物語」を核に、司馬氏の「新史太閤記」「功名が辻」「尻啖え孫市」「梟の城」などを合わせて大野靖子が脚本を書きました。どの小説も同じ人物が何度も登場しています。色々合わせてよりドラマティックに描いたのでしょう。

 平幹二郎は3年前にも「樅ノ木は残った」で主役を演じています。

 この作品は熱心に見た記憶があります。

 第12作は「勝海舟」です。1974年放映、主人公は勝海舟、主演俳優は渡哲也が松方弘樹に交代、原作者は子母沢寛、脚本は倉本聡が中沢昭二に交代、平均視聴率は24.2%(18位)です。

 主演俳優が替わった理由は渡哲也が病気になったためです。倉本聡が交代した理由は演出スタッフと衝突したためで、倉本はこの後北海道に移住することになりました。倉本は北海道富良野への移住が「北の国から」などの名作を生むことになりました。

 なお24.2%の平均視聴率はそれまでの幕末を描いた作品の中では最高の視聴率となりました。

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2022年9月 6日 (火)

大河ドラマシリーズー3 第7作~第9作(NO.1632)

 大河ドラマの第7作は「天と地と」です。

 1969年放映、主人公は上杉謙信、主演俳優は石坂浩二、原作者は海音寺潮五郎、脚本は中井多喜夫、須藤出穂、杉山義法の3人、平均視聴率は25%(14位)です。

 大河ドラマ初のカラー作品で、この後の大河ドラマはカラーとなりました。物語は原作通り謙信の少年時代から、川中島合戦の中で一番有名な第4次川中島の戦いまでがメインですが、50回と最終回では原作にないその後の人生や信玄と謙信の死も描かれています。

 川中島のロケは川中島でなく、馬の調達が容易ということで福島県相馬地方で当時の大河ドラマの最大規模で行われました。

 大河ドラマは前2作の視聴率が低かったため、「天と地と」をカラーで撮って最後とする予定でしたが、最高視聴率32.4が%、平均視聴率25%と成功したため、大河ドラマは消えることなく今まで続いています。

 第8作は「樅ノ木は残った」です。

 1970年放映、主人公は原田甲斐、主演俳優は平幹二郎、原作者は山本周五郎、脚本は茂木草介、平均視聴率は21%(31位)です。

 物語は江戸時代前期第4代将軍家綱の時代に起こった伊達騒動です。従来は悪役とされていた原田甲斐が主人公で、「藩のことを考えての行動だった」という観点から描かれています。

 歴史上のヒーローを描いた作品ではなかったのですが、ドラマに感銘を受けて原作を読みなおしたことを覚えています。

 第9作は「春の坂道」です。

 1971年放映、主人公は柳生宗矩、主演俳優は中村錦之助、原作者は山岡荘八、脚本は杉山義法、平均視聴率は21.7%(26位)です。

 物語は徳川三代の時代を背景に、太平の世を築くために歩んだ柳生宗矩の遠くて厳しい生涯を「春の坂道」に例えて描いています。

 原作者の山岡荘八はこのドラマのために小説を書き下ろしました。宗矩とともに父親の柳生石舟斎、息子の柳生十兵衛の活躍も出てきます。

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2022年8月30日 (火)

大河ドラマシリーズー2 第4作~第6作(NO.1630)

 大河ドラマの第4作は「源義経」です。

 1966年放映、主人公は源義経、主演俳優は尾上菊之助、原作者は村上元三、脚本も村上元三、平均視聴率は23.5%(21位)です。

 義経はご存じ平家を滅ぼしながら、兄頼朝に追われて奥州で討たれた悲劇のヒーローです。物語は牛若丸の母常磐や兄たちとの雪中の逃避行から、衣川館で自害し、兄頼朝が奥州を征服するまでを描いています。

 義経を演じた尾上菊之助は当時23歳、今の尾上菊五郎です。静御前を演じた藤純子と放送後結婚して今の尾上菊之介を生んでいます。

 弁慶を演じたのは前の年の大河ドラマ「太閤記」での主役の緒形拳でした。なお原作者が自分の小説の脚本を書いたのは大河ドラマではこの作品だけです。私は最後まで熱心に見たのを覚えています。

 第5作は「三姉妹」です。

 1967年放映、主人公3人は架空の人物、主演俳優は岡田茉莉子、藤村志保、栗原小巻、原作者は大佛次郎、脚本は鈴木尚之、平均視聴率は19.1%(37位)です。

 物語は幕末の動乱から明治初期までの幕府旗本の三姉妹の流転の物語です。三姉妹以外にも多くの架空の人物が登場し、実在の幕末の有名な人物も絡んだドラマとなっています。

 原作はこの大河ドラマのための書下ろし作品です。私はこの作品はあまり記憶がありません。放送時間の日曜日夜8時は野球のジャイアンツ戦と重なることが多く、自分の興味を引く作品以外はいい加減に見ていました。

 第6作は「竜馬が行く」です。

 1968年放映、主人公は坂本龍馬、主演俳優は北大路欣也、原作は司馬遼太郎、脚本は水木洋子、平均視聴率14.5%(53位)です。

 物語は坂本龍馬の少年時代から暗殺されるまでの八面六臂の活躍を描いています。龍馬は幕末では、西郷隆盛、高杉晋作、土方歳三などと並んで最も人気のある人物です。竜馬ブームの火付けとなった司馬遼太郎の「竜馬が行く」は1966年に新聞連載が終わったばかりでした。それが1968年にドラマ化されたのです。

 当然高視聴率になると思ったのですが、歴代53位の低視聴率でした。理由ははっきりわかりませんが、一説では水木洋子の脚本が45分に収まる長さでなく最初の演出家と仲が悪くなり、途中で和田勉に交代したものの演出に無理がでて視聴者に受けなかったといわれています。

 それ以外にも、幕末物が2年続いた、それまでは坂本龍馬が有名でなかった、北大路欣也がミスキャストだったなどともいわれたようです。

 私は視聴率など関係なく熱烈なファンでした。大好きなドラマでした。

 司馬遼太郎の作品はこのドラマを含めて6回ドラマ化されました。スペシャルドラマ「坂の上の雲」を入れると7回になります。一番多くドラマ化されました。

 

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2022年8月21日 (日)

大河ドラマシリーズー1 第1作~第3作(NO.1627)

 今年いっぱい、NHKの大河ドラマ第61作「鎌倉殿の13人」が放映中です。私は途中で見るのをやめましたが、高校生の歴史好きの孫娘が夢中になって見ています。

 大河ドラマは1963年に始まり、60年間に61作が放送されています。年数と作品数が合わないのは1993年から94年の2年間に3作品が放送されたためです。それ以外に2009年から3年間にわたってスペシャルドラマ「坂の上の雲」が放送されましたが、大河ドラマ61作品には含まれていません。

 今回から大河ドラマシリーズとして、過去の大河ドラマの歴史を振り返ってみたいと思います。今回は第1作~第3作です。

 第1作は「花の生涯」です。

 1963年放映、主人公は井伊直弼、主演俳優は尾上松緑、原作者は船橋聖一、脚本は北条誠、平均視聴率は20.2%(34位)です。なお平均視聴率は60作までで()内の数字は60作中の順位(今年の「鎌倉殿の13人」はまだ平均視聴率が出ていないので対象外)を示しています。

 井伊直弼は彦根藩の14男として生まれました。一生部屋住みの身を覚悟して、自分で名づけた埋木舎(うもれぎのや)で過ごしていましたが、兄の死などで彦根藩主となりました。その後幕府の要人となり出世を重ね大老に上り詰めました。

 そこでとんでもないことをやってしまったのです。天皇の勅許を得ずして日米修好通商条約を結び、政敵を蟄居させ、尊王の志士たちを処刑してしまいます。安政の大獄です。今のミャンマーの軍事政権がやっているような弾圧をやったのです。結んだ条約は不平等条約で明治政府を悩ませました。

 そのため水戸浪士に桜田門外で暗殺されました。日本史上まれにみる悪人ですが、「花の生涯」では別の描き方をしていました。中井貴一の父親の佐田啓二や淡島千景などが出演し作品に色を添えていました。

 第2作は「赤穂浪士」です。

 1964年放映、主人公は大石内蔵助、主演俳優は長谷川一夫、原作者は大佛次郎、脚本は村上元三、平均視聴率は31.9%(4位)です。平均視聴率こそ4位ですが、最高視聴率は吉良邸打ち入りの回が53.0%で、これは大河ドラマ全体の最高視聴率となっており、いまだこの記録は破られていません。

 この物語の筋書きは改めて書くまでもありませんが、浅野内匠頭の話から始まり赤穂浪士の切腹までです。出演者は長谷川一夫を中心として映画界や歌舞伎界や演劇界のスターを集めた感じでした。

 芥川也寸志(芥川龍之介の三男)が作曲したテーマ曲も評判となりました。「大河ドラマ」という定義ができたのはこの第2作からです。私も「赤穂浪士」から大河ドラマを熱心に見るようになりました。

 第3作は「太閤記」です。

 1965年放映、主人公は豊臣秀吉、主演俳優は緒形拳、原作者は吉川英治(新書太閤記)、脚本は茂木草介、平均視聴率は31.2%(6位)です。

 前2作が歌舞伎界や映画界の大スターが主役を演じましたが、この作品では新国劇の若手だった緒形拳が主役に抜擢されました。織田信長を演じた高橋幸治も文学座研修生から選ばれました。2人ともこの大河ドラマがスターへの入り口となりました。

 あらすじは秀吉が木下藤吉郎のころから天下人となり死ぬまでを描いています。私はこの作品も放送を待ちかねるようにしてみていました。28歳、独身最後の年でした。

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2022年8月16日 (火)

ブログの次のテーマを「大河ドラマシリーズ」に決める(NO.1625)

 「思い出シリーズ」を書き終わり、手賀沼通信ブログを書き続ける大きなネタがなくなりました。

 いまの私は巣ごもり状態です。一番大きな原因はコロナでしたが、コロナが収まってもあまり外出はできない状況です。脊柱管狭窄症のため、足と腰の状態が悪く長く歩けなくなっています。移動はもっぱら自転車で、ここ2年近く電車に乗ることもなくなっています。仲間と会うこともなくなりました。

 毎日の楽しみは飲むことと食べること以外はテレビとパソコンです。

 テレビはニュース、スポーツ放送、は生で見ますが、昔の映画、ドキュメンタリー、時代劇のドラマ、山登り、旅行などの番組を録画し後でゆっくり見ることが多くなりました。バラエティや普通のドラマは、朝ドラを除いてはほとんど見ません。

 パソコンは毎日使っています。手賀沼通信と手賀沼通信ブログでの情報発信が中心ですが、必要に応じてメールやインターネットやデジカメで撮った写真の処理などです。手賀沼通信や手賀沼通信ブログを書くことは、今の私の最大の楽しみになっています。

 手賀沼通信ブログは月に8~10回書いてきました。このペースを落とさないためには、何かテーマを決めて書くのが一番と分かりました。といっても政治や経済はあまり取り上げたくありません。新聞やテレビ以上のことは書けないからです。

 自分が興味を持っていることの1つに歴史があります。テレビが歴史を取り上げている「大河ドラマ」をテーマにすればしばらくはブログのネタにできると考えました。「大河ドラマ」は1063年に始まり、60年続いています。最近の大河ドラマはあまり熱心に見ていませんが、以前は必ず見るようにしていました。自分の体験談重ねながら書いてみたいと考えています。

 ブログはコロナのことや身の回りに起こったことが優先ですが、穴埋めとして大河ドラマを使いたいと思います。

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2020年9月 5日 (土)

シルクロードについてのテレビ番組3種類を楽しむ(NO.1378)

 コロナのため今も外出自粛を続けています。家にいて楽しめるものの中でテレビが最大です。

 そのなかでシルクロードについての3つの番組の再放送が印象に残りました。いずれもNHKのBSプレミアムの再放送でした。

 私は2011年9月にIBMのOBなど11人で中国の蘭州から敦煌への西域の旅を楽しみました。テレビ番組と重なる地域が多かったのも番組を楽しめた理由かもしれません。

 一つは1980年4月から12回にわたって放送された「シルクロードー絲綢之路」です。約40年前の中国で、NHKと中国中央電視台の日中共同取材により制作されました。大変貴重な映像です。デジタルリマイスター版できれいな映像になっていました。喜多朗の音楽と石坂浩二のナレーションが番組に花を添えました。高視聴率だったのを覚えています。この番組で一躍シルクロードが注目されました。

 二つ目は、そのシルクロードで撮影した映像を、テーマ別に編集した「もうひとつのシルクロード」で、現在も再放送が続いています。24回にわたって放送されることになっています。これは最初1981年に放送されました。

 40年前の中国ですから、自然や美術や仏像や壁画は変わっていませんが、中国人の生活や街の様子は全く別の国といった感じになっています。

 三つ目は2013年1月から5回にわたって放送された「激走シルクロード104日の旅」です。トルコのイスタンブールを出発し、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスを通って、中国の西安(当時の長安)まで、トラックを改造したバスで行く、17000キロの旅です。

 以前ブログで紹介した「アフリカ縦断114日の旅」や「南米大陸一周165日の旅」と同じような番組です。イスタンブールと西安は行ったことがあるのでこれも印象深い番組でした。

 このような番組の再放送は、おそらくコロナのためNHKでも新しい番組が作りがたい事情があるためなのかもしれません。ステイホームの間、懐かしい番組に出会えたことはうれしいことでした。

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2020年7月26日 (日)

テレビ番組「南米大陸一周165日の旅」を見る(NO.1368)

 令和2年6月16日から7月4日まで、NHKBSプレミアムで5回にわたって放送された「南米大陸一周165日の旅」を楽しみました。1回90分の番組でした。

 新型コロナが放送番組にも大きな影響を与え、以前放送された番組のうちから好評だったものの再放送が増えています。この番組は6月13日の手賀沼通信ブログで紹介した「ハイビジョン特集 アフリカ縦断114日の旅」全4回に続くものです。2010年に放送された番組の再放送になります。

 南米大陸のエクアドルのキトを出発し、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、ブラジル、ベネズエラと8か国を回って、ベネズエラのカラカスまでの旅を記録しています。乗り物はトラックを改造し、荷台を客室にしたもので、テント泊でキャンプを重ねながら、旅を続けます。全コースを回ると費用は1人140万円、途中で旅行をやめたり、途中から参加することもできます。日本からは30歳の女性が参加、全コースを回りました。

 普通の観光旅行と違うところは、現地に深く入り込み、探検あり、冒険あり、現地人との交流ありの旅です。例えば世界遺産のマチュピチュでは公共の乗り物を使わず、3泊4日のトレッキングで空中都市を目指します。パタゴニアでは氷河やマゼラン海峡やピーグル水道やイグアスの滝で大自然に触れます。アマゾンのジャングルに入り込み、ピラニア釣りなどを楽しみます。

 10人前後の乗客同士は共同生活を続けるうち、家族同様の関係になります。前回のアフリカも南米も日本人の参加者はなぜか女性のほうが多く、3対1で女性の強さを感じました。

 7月21日からは「激走シルクロード104日の旅」が始まりました。1回目を見ましたが大変面白く、これも最後まで見るつもりです。

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2020年6月13日 (土)

テレビの2つの旅番組に感動(NO.1355)

 コロナ禍でステイホームの毎日を送っているためテレビを見る時間が増えています。令和2年5月から6月に放送された、NHKBSプレミアムの2つの旅番組に感動しました。

 1つは「ハイビジョン特集 アフリカ縦断114日の旅」です。

 25人の旅人が、1台のトラックを改造したバスに乗って、エジプトのカイロを出発、スーダン、エチオピア、ケニア、ウガンダ、タンザニア、マラウイ、ザンビア、ジンバブエ、ボツワナ、ナミビア、を経由して、南アフリカの喜望峰まで114日間かけて旅をする番組です。放送は110分の番組が4回ありました。

 25人の参加者は世界各国から集まった、年齢も若者から高齢者までの男女でした。日本からは20歳代と30歳代の男女3人が参加していました。

 2008年に放送された番組の再放送でなので、そのころのアフリカの現状が描かれていました。私はアフリカは行ったことはありませんが、この番組でアフリカの各国の生活や自然や動植物についてその一端を知ることができました。

 日本の青年を含めた3人がアフリカの最高峰キリマンジャロに登頂しました。キリマンジャロは5895メートルの高さがあり、簡単に登れる山ではありません。登山素人の青年が苦労しながらも登ったのには驚きでした。

 砂漠やサバンナやジャングルや川や湖も通りました。人種も言葉も年齢も慣習も違う25人が共同生活を重ねるうち、4か月の旅で深い絆に結ばれていく様子が感動的でした。

 このような旅番組を見ていつも感心するのは、番組のディレクターやカメラマンがそれを追っかけて忠実に撮影していることです。NHKには、田中陽希さんの「三百名山グレートトラバースⅢ」や、各国で行われる「グレートレース」などの過酷な環境でのある種の冒険番組みがあります。登場人物も大変な努力ですが、それを撮影するスタッフの苦労はそれに勝るものではないかと思います。

 2つ目の番組は「聖なる巡礼路を行く~カミーノ・デ・サンティアゴ1500km」です。

 フランスのル・ピュイ・アン・ヴレイからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの1500キロを歩く巡礼の旅を描いた番組です。

 日本にも四国遍路八十八か所めぐりがあり、これも1400キロと言われています。似たような距離ですが、日本は四国1周の周回コースに近く、サンティアゴはまっすぐです。日本では歩くだけでなく、観光バスや自家用車や公共交通機関を使う人も多いのですが、サンティアゴはほぼ巡礼専用道路を歩くようになっている感じです。

 番組では巡礼の旅を60分3回に分けて放送しました。8Kカメラで撮っているのできれいな画面になっていました。巡礼の旅は以前は祈りの旅だったようですが、今は祈りというより、自分を見直し再発見したり、他人との絆を強める旅になっており、21世紀になってますます人気が出て、今では年間35万人が歩くようです。ゴールはサンティアゴですが、途中から歩き始めてもよいようです。世界各国から参加していました。

 番組ではスペイン在住の日本人中年男性を追いかける形で進められ、その周りのいろいろな人のエピソードを紹介していました。心が洗われる番組でした。

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2020年5月29日 (金)

コロナの影響でテレビが面白くなくなった(NO.1351)

 ステイホームでテレビを見る時間が増えましたが、テレビは面白くなくなりました。この状態はまだまだ続きそうです。

 通常なら今の時期、NHKのBS1では午前中はメジャーリーグの野球中継があり、夜はプロ野球中継があります。Jリーグの中継もあります。甲子園が始まれば高校野球中継もあるはずでした。ところが今日5月29日は夜7時から「あの試合をもう一度!1995年のオリックス頑張ろう神戸」となっていて昔の試合の再放送になっています。

 BSプレミアムでは今日は再放送が11番組も組まれていました。今はスポーツの試合は全部中止です。旅行番組や登山番組は自粛中なので放送だからと言って撮りに出かけるわけにもいきません。三密そのもののテレビドラマの制作は当然不可能です。NHKの大河ドラマも6月7日放送分までしか撮っていないようです。朝ドラも6月下旬で中断と聞いています。再放送が増えるのも仕方がないことかもしれません。

 出演者が顔を合わせる番組は出演者が遠隔から画面に顔を見せるオンライン出演になっています。生出演はニュース番組くらいといえるかもしれません。

 「再」や「選」のマークがなくても、見始めると「この番組は××××年×月に放送されたものです」というテロップが流れることもあります。

 はやくフレッシュな番組が製作できるような状態になってほしいものです。

 

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