2020年8月26日 (水)

今年の暑さで思い出すこと(NO.1375)

 今年は異常な暑さが続いています。8月17日には静岡県浜松市で41.1度と2年前に埼玉県熊谷市で出た記録に並びました。私の住んでいる我孫子市でも猛暑日が続きました。8月に入って雨が降ったのは23日に数時間降っただけでまた暑さがぶり返しました。

 熱中症で運ばれる人や亡くなる人の数字が連日報道されています。

 そこで暑さについての記憶をたどってみました。思い出すのは今から60年~70年前の中学生から大学生のころです。

 私が育ったのは愛媛県伊予市です。瀬戸内海に面した人口3万くらいの田舎町でした。大学は東京でしたが、夏には帰省して伊予市で過ごしました。

 小学生から高校の低学年のころまでは夏は毎日海に通っていました。家から水着のままで海に行き何時間か泳いではそのまま家に戻りました。

 夏は暑いのが当たり前、暑さをとことん楽しんでいました。海と言っても海水浴場ではなく、堤防と小さな港があるだけでしたが、そこで泳いでいたのです。いつも仲間と一緒でした。たまには一人で2キロほど離れた海水浴場に泳いで往復しました。

 暑さを感じたのは家にいるときです。町中の商家でしたので、家が隣家とくっついて建っており、風通しは悪く、特に朝夕は海沿いのため、朝凪、夕凪で風は全くなくなりました。当時はエアコンなどはなく、冷蔵庫もありません。

 夜は蚊を防ぐため、蚊帳を吊ります。この蚊帳の中が暑いのです。とてもふとんの上では寝られず、ござを敷いて寝ていました。窓は玄関を除いては開けっ放しでしたが、とにかく暑かったのを覚えています。

 でも熱中症で亡くなったという話は聞いたことはありませんでした。水分を取れと言われたこともなく、のどが渇くと井戸から汲んだ水を飲んでいました。今のようにペットボトルの飲み物はなく、遠足などでは水筒を持っていきましたが、普段は水筒を持つこともありませんでした。

 家の日よけにはすだれを使っていました。家の前の道には時々水を撒いていました。家の中は暑いので、家の前に縁台を出して、蚊取り線香を焚いて涼んでいました。

 そのころは夏の気温は今ほど高くなかったのでしょう。熱中症で死ぬ人が少なかったのは、今ほど長生きではなかったので、高齢者も少なかったためかもしれません。

 日中は今のようになるべく家の中で過ごすよりは、外に出て海につかっていたほうが楽しかったのがそのころでした。

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2020年7月10日 (金)

今年もまた繰り返された大雨の被害(NO.1361)

 令和2年7月初旬、九州を中心として大雨の被害が出ています。

 1昨年の同時期の西日本豪雨、昨年の台風13,15,19号による被害、それに今年の豪雨です。今年はまだ台風に季節を迎えていません。先が思いやられます。

 今回の豪雨は1昨年と同じく梅雨前線が停滞し、積乱雲が帯状に連なる「線状降水帯」が各地で発生したことが豪雨をもたらしました。

 まず熊本県の球磨川が氾濫、次いで大分県と福岡県を流れる筑後川が氾濫しました。九州では宮崎県、鹿児島県、長崎県と全域に被害が出ています。また岐阜県の飛騨川も氾濫、長野県にも被害が及んでいます。

 読売新聞によると9日午前11時現在、死亡(心肺停止を含む)61名、行方不明17名と出ていました。雨はまだ続きそうで今後の予測がつきません。コロナの影響で避難所やボランティアの活動にも影響が出ています。

 なぜ毎年このような災害が日本を襲うのでしょう。災害対策には今までの経験や常識が通用しなくなっています。政府も自治体も国民も心構えを入れ替え、災害に対処する必要があるのではないでしょうか。

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2019年10月14日 (月)

大型台風19号の爪痕(NO.1278)

 大型で非常に強い台風19号は令和元年10月12日から13日未明にかけて、東海、関東、東北地方を縦断しました。

 10月14日の読売新聞朝刊には、31名死亡20名不明と出ていました。死者は神奈川県から岩手県まで10県にわたっていました。

 台風は12日午後7時ころ静岡県伊豆半島に上陸し、神奈川県、東京都、千葉県、茨城県、福島県を通過し太平洋に抜けました。

 大型台風のため各方面で事前の大きな備えをしました。12日は交通機関の計画運休が行われ、多くのデパートやスーパーやコンビニや商店が閉店しました。いろいろなイベントが中止となり、ラグビーワールドカップも2試合が中止、クライマックスシリーズも延期になりました。

 その前の11日には各家庭での買い揃えのため、食料品や水の在庫が少なくなり、懐中電灯や電池の販売が増えました。我が家でも停電に備えて懐中電灯を買いそろえ、植木鉢を玄関に持ち込み、雨漏りの備えなどをしました。近くに住む子供たちや愛媛県の妹は心配して電話をかけてきました。

 しかし我孫子は大雨も降らず、風も大したことはなく無事に13日の朝を迎えました。

 ところがその後各地の被害がテレビで放送され、台風19号はやはり予想通りというかそれを超えた災害を待たらしました。新聞には治水能力を超える雨が降ったと出ていました。21河川が24か所で決壊し、142か所で越水しました。

 テレビで大きく報道されたのが長野県千曲川の氾濫です。数多くの家屋が水につかり、長野新幹線車両センターでは新幹線車両120両が水浸しになりました。

 今回の台風では台風の通ったところだけでなく、離れた場所でも大雨の被害が出ました。日本は毎年のように水の被害に遭っています。昔の伊勢湾台風や狩野川台風などの大型の台風だけでなく、昨年の西日本豪雨など台風以外の水の災害もあります。地球温暖化で大型台風が増えるとも言われています。

 今回の19号のように事前に警告がなされ、それぞれ考えられる備えをしても、台風が通ったあとの報道される風景は変わりません。今回は昨年の西日本豪雨やつい最近の台風15号での千葉県の惨状や停電の被害を見てそれぞれ備えていたはずです。

 今後どうすればいいのでしょうか。解決策は見つかるのでしょうか。私にはわかりません。

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2019年7月30日 (火)

やっと梅雨が明けた(NO.1256)

 令和元年7月29日、関東甲信地方の梅雨が明けました。平年より8日遅く、昨年より30日遅い梅雨明けでした。

 昨年は6月29日に梅雨が明け、1951年からの観測史上最も早い梅雨明けでした。私の日記では雨が降ったのは6月6日の梅雨入りから明けるまでわずか9日間でした。

 それに対して今年は6月7日の梅雨入りから7月29日に梅雨が明けるまで、22日も雨が降っています。降らなくても曇りの日が多くなっています。いずれも雨の少ない我孫子での記録です。

 7月16日の読売新聞には「関東甲信を中心に記録的な日照不足が続いている。東京都心は6月27日から7月15日まで過去最長の19日連続で日照時間が3時間未満となり、7月は計5.6時間にとどまる。平年は計15日間に達する都心の7月の真夏日も、今年はこれまでに一度もない」と出ていました。

 私の日記からです。

        梅雨入り  梅雨あけ

・2019年  6月7日  7月29日

・2018年  6月6日  6月29日

2017年  6月7日  7月19日

・2016年  6月5日  7月28日

・2015年  6月8日  7月19日 

 過去5年間でも、今年は最も遅い梅雨明けでした。

 しかし梅雨明けと同時に猛暑がやってきました。熱中症に気を付ける必要があります。ヨーロッパではパリが42度の熱波に襲われました。今年はどんな夏になるか、気にかかるここ1,2か月です。

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2019年2月20日 (水)

朝4時半にスパームーンを見た(NO.1210)

 平成31年2月20日朝4時半に自分の部屋からスパームーンを見ました。

 たまたま目が覚めたのでテレビでスーパームーンが見えることを思い出したのです。昨日は雨だったためまさか見えるとは思いませんでした。

 携帯用のデジカメのためこれ以上鮮明にはとれませんでした。

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 スーパームーン(Supermoon)とは、満月または新月と、楕円軌道における月の地球への最接近が重なることにより、地球から見た月の円盤が最大に見えることです。

 2月20日未明の満月は今年最大の満月で、最少となる9月14日に比べると、直径で114倍、明るさで13倍になるそうです。

 Wikipediaから拝借した映像です。

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2018年7月12日 (木)

甚大な被害をもたらした西日本豪雨(NO.1142)

 平成30年7月上旬に西日本を襲った西日本豪雨は甚大な被害をもたらしました。

 亡くなられた方に心から哀悼の意を表すともに、被害に遭われた方は少しでも早く元の生活に戻れるようお祈りいたします。

 住宅被害は31道府県で2万2千棟です。九州の鹿児島から東海の岐阜県まで13府県にわたって、死者179名、行方不明者61名(7月11日午後10時現在)となっています。平成になって最大の水害です。

 特に広島、岡山、愛媛の3県に死者不明者が多く出ました。私の故郷愛媛県は今まで台風などでも比較的被害が少なく安全と思っていたのですが、今回は死者26名、不明者2名を数えました。

 流域に多くの観光地のある美しい肱川が氾濫しました。我が家に比較的近い重信川は無事だったようです。

 実家に住む妹は雨の音がすごく、3夜あまり寝られなかったと言っていました。

 この豪雨は高気圧と低気圧に挟まれて停滞する梅雨前線に、湿った南風が流れ込み続けたことが原因とみられます。広範囲に長い間雨が降り続けました。

 人的被害が最も大きかった広島県には発生した積乱雲が連なる線状降水帯が観測されました。これは数年前に茨城県常総市などで小貝川が氾濫した水害の時にも見られました。

 関東地方は観測史上初めて6月に梅雨が明けました。そのとき、今年の夏は尋常ではない夏になると思ったのですが、それが早くもこのような形になりました。

 この夏の災害はこれで止まってほしいと願っています。

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2018年2月 3日 (土)

皆既月食を見た(NO.1095)

 平成30年1月31日、皆既月食を見ました。

 朝の天気予報ではうす曇りなのでうっすらと見えるかもしれないとのことでしたが、夜は晴れとなり鮮明に見ることができました。

 国立天文台によると次の時刻は日本中どこで見ても変わらないとのことでした。夜8時48分から満月が欠けはじめ、9時51分に皆既月食の状態になり、それが11時8分まで続き、2月1日の午前0時12分には満月に戻るとなっていました。

 私はいつも10時には床に就くため、パジャマ姿で、何度かテラスに出て寒さをこらえながら写真を撮りました。

 しっかりしたカメラではなく、コンパクトカメラで手持ちで撮ったため、なかなか月をとらえることができませんでした。アルコールが入っていたせいもあるかもしれません。

 月の大きさもまちまち、かなりいい加減な画像となりました。

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 次の写真は国立天文台のものです。

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 皆既日食は太陽が黒くなりますが、皆既月食は月が赤銅色になり、月の形が残ることに気が付きました。

 次に今回のように日本全国で部分食の初めから終わりまでを見ることができるのは2022年11月8日だそうです。

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2017年7月20日 (木)

我孫子に梅雨は来なかった(NO.1039)

 平成29年7月19日関東地方の梅雨が明けました。平年より2日、昨年よりは10日早い梅雨明けです。

 今年の梅雨は気まぐれで九州北部には大きな被害をもたらしました。必ずしも梅雨前線のためだけではなかったようですが、それ以外にも梅雨の期間に九州南部や山陰地方や東海地方や東北地方にも大雨が降りました。

 東京にも梅雨明け前日に雹が降りました。ところが我孫子には梅雨明け前日は一時的に黒い雲がかかっただけで雨は一滴も降りませんでした。

 関東地方は6月7日に梅雨に入り、7月19日に梅雨が明けましたが、我孫子には梅雨は来なかったのではないかと思っています。

 日記から天候を調べてみましょう。梅雨入りから梅雨明けまでの43日間の記録です。

・晴れ(晴れと曇りの混じった日を含む) 31日

・曇り 3日

・少しでも雨の降った日 9日

でした。

 1日中雨の降った日は全くなく、雨の降った日でも小雨や普通の雨で、大雨の日は1日もありませんでした。

 以前から我孫子は雨が少ないと感じていましたが、今年の梅雨でそれを再確認しました。

 梅雨が明けたのでこれからはしばらく晴天が続くようです。被災地の方には申し訳ありませんが、雨らしい雨が降ってほしいと願っています。

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2016年11月25日 (金)

11月の54年ぶりの初雪(NO.968)

 平成28年11月24日、朝起きてみると雪が降っていて夕方まで降り続き、庭などには数センチ積もりました。

 我孫子市の記録ではありませんが、東京では11月としては1962年以来54年ぶりの初雪となりました。11月の積雪は1875年(明治8年)気象観測を始めて以後、初の積雪とのことです。

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 寒さもこの秋で最も寒い日となりました。我孫子市も最高気温が2度台でした。

 交通機関も大幅に乱れ、転倒などでけが人が出ました。

 夕方には雪もやみ、残念ながら防犯パトロールは中止とならず、寒さに震えながら実施しました。

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2016年4月18日 (月)

熊本地方に大地震発生(NO.908)

 平成28年4月14日午後9時26分、熊本県熊本地方を震源とする地震があり、益城町で震度7を観測しました。死者は9人が確認されました。

 そして16日午前1時25分、熊本県を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し熊本市や南阿蘇村、菊池市で震度6強を観測しました。

 気象庁の見解では、14日夜のマグニチュード6.5の地震は「前震」で16日の深夜の地震が「本震」とみられると発表しました。

 その後も大小の余震が続き、18日の朝までに震度1以上の地震が500回を超えています。死者は合わせて42人となりました。

 読売新聞の18日の朝刊に地震被害状況が出ていました。

・最大震度 7

・死者 42人

・安否不明者 7人

・負傷者 1101人

・避難 11万2029人

・建物損壊 2796棟(全壊 401棟)

・交通被害

 -九州新幹線 運転見合わせ

 -九州自動車道 一部区間通行止め

 -熊本空港ビル 閉鎖

・その他

 -停電 3万8900戸

 -断水 27万2204戸

 -ガス供給停止 10万5000戸

 この地震の原因は断層帯が動いたためで、日奈久断層帯と布田川断層帯の一部が動いたとみなされています。震源は熊本県から大分県に移動しています。

 私たち夫婦は4月7日から10日まで雲仙、長崎、北九州に旅行していました。今回の地震のちょうど1週間前です。雲仙は熊本県とは島原湾を隔てた40キロ弱のところにあります。

 もしツアーが1週間遅かったらおそらくかなり恐ろしい経験をしたことでしょう。ツアーのその後も無事に進んだかどうか疑問です。被災された方には申し訳ありませんが、私たちはラッキーだったと言えます。

 25年前の雲仙普賢岳の大噴火の時も、1991年5月15日に島原市にツアーで行っていました。ところが約半月後の6月3日にあの大火砕流が島原を襲ったのです。この時もラッキーでした。

 今回大きな被害を受けている熊本城には2年前にツアーで行きました。あの見事な石垣と屋根瓦が無残に壊れたのはほんとうに残念です。

 今回亡くなられた方、そのご家族にお悔やみを申し上げますとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。

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