2008年6月11日 (水)

トルコ旅行-6

 トルコ旅行の続きです。今回が最終回になります。

Dc060319_2  10日目(5月24日)今日から2日間はイスタンブール市内観光です。

 イスタンブールはボスフォラス海峡でヨーロッパ側とアジア側に分けられていて、ボスフォラス海峡には2本の橋がかかっています。ヨーロッパ側は金角湾で旧市街と新市街に分かれていて、3本の橋がかかっています。

 イスタンブールはシルクロードの西の端です。東の端は中国の長安(現西Dc060323_2 安)、らくだの背に乗って貴重な物資が運ばれました。

 そんな地理的、歴史的背景を反映してか、イスタンブールはいろいろな文化や人種が渾然と交じり合っている感じでした。

 今回訪れた4つ目の世界遺産はイスタンブールの歴史地区です。ブルーモスクやトプカプ宮殿やアヤソフィアなどが歴史地区を構成しています。

Dc060322_2  初日のイスタンブール観光は、午前中に旧市街にあるブルーモスク、トプカプ宮殿を見学、宮殿レストランで昼食をとり、グランドバザールで買い物をしたあと、新市街にある軍事博物館に行きました。

 ブルーモスクは17世紀初め、オスマン帝国の14代スルタン、アフメット1世によって建立されました。内部の装飾はイスラムの特徴の幾何学模様です。世界で最も美しいモスクと言われています。

Dc060324_2  イスラム教の寺院は日本と同じように土足禁止です。日本では下駄箱に入れるか、用意されている袋に入れて持って歩くのが普通ですが、トルコのモスクでは使い捨ての靴カバーが用意されています。とても便利でした。

 トプカプ宮殿で印象に残った所は3つあります。1つは陶磁器展示室です。中国の陶器に混じって、日本の有田焼と伊万里焼があDc060327_2 りました。2つ目はハーレムです。言葉と反対に暗い感じがしました。3つ目は宝物館、86カラットのダイヤなど、あきれ返るほどの宝物が展示されていました。

 軍事博物館ではオスマン軍楽隊メフテルの演奏を聞くことが出来ました。世界最初の軍楽隊といわれたそうです。

 夜はレストランで名物のベリーダンスを見ながら夕食をとりました。ベリーダンスはそれなりでしたが、それよりも観客の国籍に合わせてその国の唄とギャグを聞かせてくれた男性のエンターテイナーに拍手喝Dc060326_2 采でした。

 11日目(5月25日)はイスタンブール観光の後半です。いよいよトルコ観光の最終日です。天気は晴れ、トルコは毎日が好天でした。

 まずアヤソフィアに行きました。アヤソフィアは現在は博物館ですが、元は6世紀に建てられたキリスト教の大聖堂でした。イスラム教のオスマン帝国の時代には、大聖堂のモザイク絵は漆喰で塗りこめられました。現在は漆喰がはがされ見事なモザイク画を鑑賞Dc060325_2 することが出来ます。

 カッパドキアもそうですが、イスラム教のトルコはキリスト教の遺産を最大の観光資源にしているのではないかと感じました。

 そのあと、地下宮殿(地下貯水槽)、カーリエ博物館、ドルマバフチェ宮殿を見物しました。

 そして観光の最後はボスフォラス海峡クルーズでした。わずか17名で1雙の観光船を貸切、美しい海峡の景観を楽しみながらのんびりした時を過ごしました。イスタンブール観光の総仕上げといった感じでした。

 明日は帰国の途に着きます。すばらしいトルコの旅でした。

 楽しい旅を演出してくださった、添乗員の星野さん、ガイドのトゥナさん、ドライバーのチェティさん、助手のヨルゴさん、旅の仲間15人の皆さん、そして一緒に旅を楽しんだ妻に感謝感謝です。ありがとうございました。

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 著者に関係するHPです。

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トルコ旅行-5

 トルコ旅行の続きです。

 8日目(5月22日)はベルガモンの遺跡を観光後、チャナッカレに行きました。走行距離は約350キロ、5時間のバス旅行です。天気は晴れ、暑い1日でした。

Dc060321  ベルガモンの遺跡アスクレピオンとアクロポリスがあります。私たちははまずアスクレピオンに行きました。

 アスクレピオンは医術の神アスクレピオスを祭るとともに、ローマ時代の病院です。

 入口の壁に「死は入るべからず」と彫られていて、入院したい人はまず医師の診察を受け、直る見込みのある人だけが入院を受け付けられたそうです。治療棟への地下道がしっかりと残っていまDc060315 した。

 昼食後アクロポリスを訪れました。アクロポリスとは、「高いところ、城市」を意味し、パルテノン神殿が建っているギリシャのアテネのアクロポリスが有名です。

 ベルガモンのアクロポリスはアテネよりもはるかに高い山の上にありました。バスで登りましたが、かなりの時間がかかりました。ここにもアテネ神殿の跡がありました。

Dc060316  どうやってこんな高い山に重い石を運んだのでしょう。素朴な疑問が頭を掠めました。

 チャナッカレのコリンホテルの窓からは、ダーダネルス海峡がよく見えました。ホテルはアジア側、海峡の向こう側はヨーロッパです。大きなタンカーと貨物船がゆっくり進んでいました。

 9日目(5月23日)も快晴、トロイの遺跡観光後、海峡を渡ってイスタンブールへ向かいます。

Dc060318   今日は初めてバスの一番前に座りました。一日長いバス旅行となりました。

 トロイの遺跡は今回の旅行の3つ目の世界遺産です。遺跡の入口にはトロイの木馬のレプリカが建っていました。トロイ戦争で中にギリシャ軍が入っているのを知らずにトロイに引き込んだ言われる木馬です。トロイが負ける原因になりました。私たちも中に入って狭いはしごを登ってみました。

Dc060317  トロイの遺跡は19世紀末にシュリ-マンが発掘するまでは埋もれていました。残っているのは城壁や城門や建物の台座や道などで、他の遺跡に比べると大変地味な遺跡でした。トロイの木馬を引き込んだという傾斜路もありました。

 そのあと、バスごと乗り込めるフェリーに乗り、ダーダネルス海峡を渡りました。青い海、静かな海面、30分あまりの航海でしたが、トロイ戦争の頃は手漕ぎや帆船の軍艦が、海面をいっDc060320_2 ぱいに埋めていたのでしょう。

 ヨーロッパ側にわたると、バスはイスタンブールに向かって約5時間半ひたすら走りました。車窓からはオリーブの木が延々と続いているのが眺められました。

 イスタンブールではリッツカールトンに3連泊です。今回利用したホテルの中では最高のホテルでした。

 夕食は町のレストランで日本食をいただきました。メニューと味はいまいちでしたが、値段は結構高いとのことでした。

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2008年6月 8日 (日)

トルコ旅行-4

 前回のトルコ旅行の続きです。

 6日目(5月20日)はイズミールへ向かいました。走行距離は約360キロです。晴れときどき曇り、かなり暑くなりました。

Dc060801  午前中はアフロディシアス観光でした。アフロディシアスは女神アフロダイテ(ヴィーナス)の庇護のもとに発展したと言われています。ローマの皇帝たちはアフロダイテをローマの母なる神とたたえ、この町を厚遇しました。

 競技場の跡が残っていました。長さ262m、幅m、収容人員は3万で、陸上競技、レスリング、剣闘士の戦いなどが行われたそうです。近隣から大理石を算出したため、大理石彫刻も多く残っていました。神殿のあともありました。

Dc060307  昼食はマスのフライ、途中の売店でトルコ名物のお菓子、ロクムをお土産に10箱買い込みました。トゥナさんのお勧めの店です。

 イズミールのヒルトンホテルには6時頃到着、23階の部屋からは眼下にエーゲ海が広がっていました。イズミールはイスタンブール、アンカラに続くトルコ第三の都市です。

 食事の後、31階のラウンジに全員集合して、エーゲ海とイズミールの夜景を眺めながらいっぱいやり、交流をはかりました。妻と私はトルコ名物のラクを飲みました。ラクは45度と強く、水で割ると白く濁る、独特の香りのするお酒です。

 7日目(5月21日)も快晴。今のシーズンのトルコは雨には縁がないようです。添乗員の星野さんと助手のヨルドさんが体調を崩し、ヨルドさんは今日の観光はお休みでした。

Dc060311_2  今日はエフェソス観光です。今回の旅行では6ヶ所の遺跡を回りましたが、スケールの壮大さ、華麗さ、遺物の多さなどから、エフェソスの遺跡がもっとも見ごたえがありました。エフェソス遺跡の往復には、トルコで初めて高速道路を利用しました。

 まず、聖母マリアの家に行きました。聖母マリアはその晩年キリストの弟子のヨハネの世話を受けながらエフェソスで過ごしたと言われています。その家の跡に建つ小さな教会に大勢の人が集まっていました。エーゲ海クルーズの観光客も合流して大変な人数です。

Dc060309  エフェソスの遺跡はまるで古代の都市が現代に現れたような感じでした。図書館、公衆トイレ、野外劇場、神殿、住宅、門、浴場などが残っており、立派な通りもありました。ここも人が多く、油断しているとすぐ迷子になりそうでした。

 遺跡を見た後、エフェソス考古学博物館を見物しました。エフェソス遺跡からの発掘物が展示されていて見ごたえ十分でした。

Dc060310   エフェソス遺跡はなぜか世界遺産には登録されていません。世界遺産のトロイの遺跡に比べると、エフェソス遺跡のほうがはるかに立派という感じがします。ガイドのトゥナさんの話では、エフェソスはまだ発掘が継続中なので世界遺産になっていないとのことでした。

 ホテルはイズミールのヒルトンに連泊でした。夕食前の時間を利用してエーゲ海岸の公園に行ってみました。岸壁ではパンをエサに素手での投げ釣りでボラを釣っている人がいました。

Dc060313  夕食は海鮮レストランで黒鯛の蒸し焼きをいただきました。

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2008年6月 3日 (火)

トルコ旅行-3

 前回に引き続きトルコ旅行のまとめです。

 4日目(5月18日)はカッパドキアを後に、途中観光をしながら、コンヤへ向かいました。走行キロは約235キロ、約3時間かかります。4日目も2日目、3日目と同様天気は快晴、抜けるような青空でした。

Dc060301  コンヤへ向かう道は往年のシルクロードです。バスの車窓からはかなり長い間カッパドキアを生んだ3200メートルのハッサン山の勇姿が望めました。

 シルクロードが貿易の大動脈だった頃、隊商宿のキャラバンサライが点々と設けられていました。キャラバンサライは人とらくだが泊まれるようになっており、命がけで旅をする人たちにとっては大変心強い宿だったのでしょう。まず最初にそのキャラバンサライの遺跡を訪れました。

Dc060306  昼食はキャラバンサライを改造したレストランで取りました。トルコは湿度が低いためのどが渇きます。高い天井と広々とした席でいただいたEFESビールの味は格別でした。

 午後はコンヤのメヴラーナ博物館を見物しました。コンヤはセルジュク時代の首都でトルコの中でも特に宗教色の強いところです。メヴラーナ博物館は施舞の儀式で知られるイスラム神秘主義のメヴレヴィ教団の創設者メヴラーナ・ルーミのもと霊廟です。

Dc060302  その日の宿リクソス(旧ヒルトン)ホテルは日本人の観光客でいっぱいでした。

 5日目(5月19日)はトルコ共和国の建国の父「アタチュルクの日」で祝日です。天気は快晴、バスは425キロを約5時間30分かけて走りました。

 今回の世界遺産の2つ目はバムッカレ観光でした。パムッカレ観光はヒエラポリスの石灰棚です。

Dc060305  時間が限られているのでヒエラポリスの遺跡を横目でみて私たちは石灰棚に急ぎました。石灰分を多量に含む温泉の湧き水が台地にあふれ、岩肌を伝い、沈殿して、長い年月のうちに幾重もの棚を形成したのです。まさに綿の城(パムック・カレ)です。

 私たちは靴を脱いでズボンをまくりあげ、石灰棚の浅いプールに入りました。日本人ではありませんが、水着になってどっぷり浸かっている観光客もいました。

Dc060304  宿はリゾートホテルのサーマル コロッセア、やはり大勢の日本人観光客と一緒でした。

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2008年6月 2日 (月)

トルコ旅行-2

 トルコ旅行1日目(5月15日)はイスタンブールに夜11時に到着しました。成田を出発してから約17時間半の長旅でした。

Dc060201  ホリディ イン シティホテルに着いたのは夜中の12時ちょっと前、翌日のホテル出発が5時45分のためほとんど寝る時間はありませんでした。

 2日目(5月16日)はまずイスタンブール空港からカイセリまで国内線で飛びました。イスタンブール空港はセキュリティ検査が厳しく、搭乗するまでにズボンのベルトをはずすようなチェックが2度ありました。17名の仲間のうち2名は荷物を開けるよう指示されました。

Dc060202  カイセリはカッパドキア観光の入口、VIPバスが待っていました。ここから最終日までこのバスで移動です。添乗員の星野かほりさん、ガイドのトゥナさんにドライバーのチェティさん、助手のヨルゴさんが加わりました。このメンバーでイスタンブールまでの長い観光が続きます。

 2日目と3日目はカッパドキア観光です。カッパドキアは世界遺産に登録されています。トルコには7つの世界遺産がありますが、今回はそのうち4つを回ります。

Dc060203  6000万年前にタウロス山脈が隆起、そのとき生まれたエルジエス火山とハッサン火山が長期にわたって火山灰を堆積させ、柔らかい石灰岩層を形成しました。そこに流れ込む雨水と風雪による侵食がカッパドキアの摩訶不思議な光景を作り出しました。

 私たちは何ヶ所かで写真をとった後、洞窟をくりぬいたレストランで昼食を取りました。中はひんやりとして暗く、いかにも昔の時代にさかのぼって食事をしているような感じでした。

 Dc060204 そのあとギョレメ野外博物館を見物しました。迫害から逃れ定住したキリスト教徒が造った30あまりの教会が集まっていて、中にはフレスコ画が描かれていました。

 カッパドキアではテメンニ エヴィ洞窟ホテルに2泊しました。大きな岩の上に立てられたホテルで、地下には昔のワイン工場のあとがありました。部屋の壁は岩に漆喰を塗ったもので、大きな洞窟に入っている趣がありました。一応ホテルの設備は備わっていましたが、テレビや冷蔵庫はありませんでした。

Dc060205  3日目(5月17日)はまずカイマクル地下都市を見物しました。イスラム教徒の迫害から逃れるためキリスト教徒が造った地下都市です。地下8階ですが観光客が入れるのは4回まで、内部はありの巣のような迷路になっていました。地下の岩を繰り抜いて、教会、ホール、居室、台所、家畜小屋などが備わっていたのは驚きでした。

 午後上ったウチヒサール(尖った城砦)の頂上からの眺めはまさに絶品。まるでほかの星にやってきたような感じでした。

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2008年5月29日 (木)

トルコ旅行-1

 平成20年5月15日から27日まで妻とトルコ旅行に行ってきました。その記録とDc052901 感想を何回かにわたってまとめたいと思います。

 ほぼ2週間留守にしていたためブログを書くのは5月10日以来となってしまいました。こんなに間が空くのは初めてです。その間ブログを覗いてくださった方には申し訳ありませんでした。

Dc052906  利用したのは阪急交通社ロイヤルコレクション「VIPバスでめぐるトルコ13日間」というパッケージツアーです。

 現役時代、仕事で航空機のビジネスクラスを利用したことはありますが、観光旅行では初めてでした。ルフトハンザのビジネスクラスは横は6人で2人ずつに分かれていて、自分の席の空間でほぼ水平に椅子が倒せます。前後Dc052908 の人を気にするわずらわしさもありません。苦手な往復の長距離の機内も快適に過ごすことができて、よく眠れました。

 参加者は8組の夫婦と1人の男性の17人でした。ロイヤルコレクションでは参加人数も最大20名に絞っています。ビジネスクラス利用や人数制限などで料金は高目に設定されていますが、2人の体調も考えて張り込みました。

 12日間バスに乗りましたが、トルコ国内のVIPバスは横3列30人乗りで、添乗Dc052907 員と現地ガイドを加えて19名でしたので、ゆったりと座ることが出来ました。

 私たちをお世話くださったのは経験豊富な人気添乗員の星野かほりさんと日本語がぺらぺらの現地ガイドのツナさんでした。

 旅行する前はトルコについては西洋と東洋の境界にある国というくらいしかほとDc052905 んど知りませんでした。ガイドブックを購入、にわか勉強に励みました。それによるとトルコは国土は日本の約2倍、人口は日本の約半分です。

 今回の旅程はミュンヘンで乗り継いで、まずイスタンブールに入りました。そこで1泊、翌朝カイセリまで飛行機で行き、そこからバスで8日間観光地を回りイスタンブールまで戻ってきました。

 次回から旅を追いかけてみましょう。

 写真は星野かほりさんとツナさんです。

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2008年5月 6日 (火)

太田市の芝桜と足利学校

 Dc050109 4月30日の「GW関東三大花めぐり」で最後に訪れたのは、芝桜の太田市北部運動公園でした。ここは「第25回全国都市緑化ぐんまフェア」の太田会場となっていました。

 市内園芸農家が栽培し、市民ボランティアが植栽した100万株の芝桜が広大な斜面に咲いていました。赤や白のじゅうたんを敷き詰めたような芝桜はみごとというほかありません。

 芝桜の斜面は小高い丘につながっていて、その上かDc050110 らはるか遠くを見渡すことが出来ました。

 会場の真ん中の中央広場の一角には、ステージが設けられ中南米音楽が演奏されていました。

 どの花見物にも時間が足りませんでしたが、ツアーにはなぜか足利学校見学が組み込まれていました。足利学校は日本最古の学校でじっくり見学したいところでDc050111 す。

 ところがここも時間が足りず中途半端な見学となってしまいました。

 妻は来年あしかがフラワーパークにツアーでなく個人で来て、じっくり見物したいといっています。

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2008年5月 3日 (土)

あしかがフラワーパークの藤

 Dc050105 前回に引き続き、読売旅行の「GW関東三大花めぐり」の報告です。

 今回は「あしかがフラワーパークの藤」です。

 今日(5/3)、「あしかがフラワーパーク」のホームページに行ってみました。そこには 「むらさきの大藤と白藤共演は今が最高の時を迎えています!間近で見る大藤の壮大さを是非ご堪能下さい!」というフレーズと、大藤や白藤の写真が出ていました。

Dc050106  私たちが行ったのは4月30日でした。左のそのときの写真でも大藤は見事な花を見せていました。

 「あしかがフラワーパーク」には、300本以上の「うすべに藤」「むらさき藤」「白藤」「きばな藤」などがあります。

 500畳敷の大藤棚が3本、世界でも珍しい八重の大藤棚Dc050107 があります。大藤は樹齢140年、世界最大の藤といわれています。

 面白いことに、「あしかがフラワーパーク」の入園料は花の咲き具合によって変わるようです。いただいたパンフレットには4月15日~5月25日は、900円~1500円となっていました。そして今日のホームページには5月3日は130Dc050108 0円となっていました。

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2008年5月 1日 (木)

館林つつじが岡公園のつつじ

 平成20年4月30日、読売旅行社のバスツアーで「GW関東三大花めぐり」に行Dc050101 ってきました。

 「館林つつじが岡公園」のつつじと、「あしかがフラワーパーク」の藤と、「太田市北部運動公園」の芝桜を見る日帰りのバスツアーです。3大花めぐりによけいな足利学校の見学までついていました。これは皆さんあまりお呼びでない感じで、3大花めぐりにその時間を割いてほしいという希望が多かったようです。

Dc050102  館林市のつつじが岡公園は、約11万㎡の園内に、50余品種1万株のツツジが咲き誇り、中でも高さ5mにも及ぶ巨樹や樹齢800年を超えるヤマツツジの古木は世界に類がないといわれています。当日はつつじがもっとも見ごろで、見事ないろどりを見せていました。

 平日にもかかわらずゴールデンウィークの半ばもあって、園内は大変な人出、特に中高年の女性の姿が目立ちましDc050103 た。

 好天に恵まれ、気温もうなぎのぼりに上昇、この春最高の28度にもなりました。ちょっと見物の時間が足りませんでしたが、つつじの花と香りに圧倒された1時間でした。

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2008年4月16日 (水)

街道てくてく旅-四国八十八か所

 NHKハイビジョンで「街道てくてく旅-四国八十八か所を行く」という番組が放送されています。

 卓球のプロ選手四元奈生美さんが「お遍路さん」となって、3月20日から6月6日まで、四国八十八か所の約半分の徳島県と高知県を1番札所から39番札所まで歩く旅です。57回にわたっての放送です。

 放送は月曜日から金曜日まで、毎日午前8時から8時15分まで生放送で放映されています。出発地からの中継で、四元奈生美さんと地元のNHKアナウンサーかケーブルテレビのアナウンサーが登場し、前日歩いたビデオを流した後、生出演の地元の人とのやりとりなどの様子が15分間にまとめられています。

 私は毎日録画して見ています。四国愛媛県の出身で、実現はしていませんが、自分でも八十八か所を歩いてみようと日程を組んだりしたこともあります。今までいろいろな「街道てくてく旅」が放送されていましたが、見るのは今回の八十八か所が初めてです。

 四元さんは、毎日生出演をしたあとから歩き始めるのと、歩きながらの放送のためのパフォーマンスや途中での地元の人とのやり取りなど、余分な時間がかかるため、歩き遍路が歩く距離の半分以下しか歩きません。健脚のお遍路さんなら40日前後で結願しますが、四元さんはおそらく100日以上かかることと思います。

 この番組を見ていて感じたのは、四国八十八か所の巡礼とかお遍路という観点から番組を見ると、失望というか腹立たしくなるのではないかと思います。まず四元さんがミスキャストです。あまりにも幼い言動はお遍路のイメージと合いません。お遍路のシンボルである、白衣も着ていなければ笠もかぶっていません。杖を突いているだけです。

 ただ、「街道てくてく旅」に四国八十八か所を選んだだけと見れば面白い番組です。観光、ウォーキング、ハイキングの観点が主題と思えば、カラフルな衣装や幼いけれど可愛い言動が納得できます。八十八か所のお寺と沿道の地域の紹介番組と割り切ればいいのです。

 私の2歳半になる孫娘の話し方が四元奈生美さんそっくりです(四元さんごめんなさい)。毎日孫娘が歩いているイメージをダブらせながら、四国の紹介番組を楽しんでいます。

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2008年4月 4日 (金)

権現堂堤のお花見

Dc040401  平成20年4月3日、千葉県柏市のあけぼの会の日帰りバス旅行で、埼玉県幸手市の権現堂堤へお花見に行ってきました。

  権現堂堤は中川の堤防上約1キロにわたって、約1000本の桜並木が続いています。関東でも有数の花の名所です。

 小高い堤の桜が連なっている様子は、遠くからでも見ることが出来ます。堤の歩道の両側に桜の木が植えられていて、そのDc040402下を歩きながらお花見をします。3月27日から桜まつりが開催されていました。

 また堤の下には菜の花が一面に植えられており、桜のピンクと菜の花の黄色が見事なコントラストを見せていました。

 前日の4月2日の夕方のNHKの番組でその様子が放映されていました。3日のお花見の最中にはNTVが取材に来ており、その日の夜放映されましDc040403た。

 そのためもあってか堤は大変な人出、老若男女とワンちゃんでごった返していました。

 あけぼの会はいわゆる「後期高齢者」の方が多いた め、堤上の歩道をのんびり歩き、途中まで行って引き返しました。

 風弱く温かいお天気で、桜は満開、すばらしいお花見となりDc040404ました。

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2008年3月20日 (木)

水戸「偕楽園」の梅

 平成20年3月15日、妻と長男夫婦と2歳の孫娘の5人で水戸の偕楽園に観梅に行ってきました。

Dc031601   当日は風弱く暖かく、梅の花をめでるには絶好のお天気でした。我孫子からは常盤自動車道を利用して1時間半ほどで着きます。

 梅の時期にはJR常磐線は下り電車に限って偕楽園駅に停車します。偕楽園駅は文字通り偕楽園のまん前にあります。上野方面に戻る時は、偕楽園駅から1つ先の水戸まで行って水戸から戻るか、偕楽園から水戸駅までバスに乗るDc031602 ことになります。 

 私たちは車で行きました。途中渋滞はありませんでしたが、土曜日とあって偕楽園は大勢の人で賑わっていました。

 もっと待たされるかと思ったのですが、10分ほどの待ち時間で駐車場に入ることが出来ました。食事も偕楽園前の売店の食堂で水戸名Dc031603 産の納豆入りのどんぶりをいただきました。

 偕楽園は水戸第9代藩主徳川斉昭によって創設されました。金沢の「兼六園」、岡山の「後楽園」と並んで「日本三名園」に数えられています。園内には百種三千本の梅が咲き誇ります。今年の偕楽園の梅は例年よりやや遅く八分咲きでした。白やピンクや赤の梅の花が目に鮮やかでした。また梅の花の香りにうっとりしました。

Dc031604  2歳半の孫も園内ではベビーカーから下りて楽しそうに歩き回っていました。

 偕楽園は無料ですが、好文亭の参観は有料になります。好文亭の3階からは園内や千波湖や水戸市街が見渡せ、はるか遠くには筑波山が望めます。好文亭からの梅がすばらしい眺めでした。

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2008年3月17日 (月)

吉野梅郷「青梅市梅の公園」の梅

 平成20年2月14日、あけぼの会のバス旅行で「吉野梅郷」に行ってきました。

Dc031701    参加者は34名、男性9名、女性25名、平均年齢は70数歳のシニア団体です。曇り空でしたが暖かく、梅見には絶好のお天気でした。

 いつものように柏市の市バスを利用、梅見と豪華な昼食と青梅市街見物を楽しむバス旅行です。

 Dc031702 吉野梅郷はJR青梅線日向和田駅から二俣尾駅まで、東西4キロメートルに広がる地域で、約2万5千本の梅があります。

 私たちが訪れた「青梅市梅の公園」は吉野梅郷の中にあり、120品種、1500本の梅が、谷あいの斜面に植えられています。2月下旬から3月末までは入園料200円の有料開放ですが、それ以外の時期は無料です。

Dc031703  当日は青梅市の職員の方があけぼの会員を出迎えてくれました。その方の話では梅の花は3分咲きとのことでした。

 梅の花は桜の花ほど豪華ではありません。可憐といったほうが合っています。木のそばに近づくと馥郁とした梅の花の香りがただよいます。

Dc031704  私は公園を一回りし、梅の花をめでながら、ブログ用の写真をとりました。

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2008年3月14日 (金)

冬の北海道旅行-その4

 最終日です。明るい日差しの中、洞爺湖温泉を朝8時に出発、函館に向かいました。

Dc031007   洞爺湖は不凍湖です。今回訪れた摩周湖、阿寒湖、屈斜路湖、これから行く大沼の中で洞爺湖が唯一つ氷が全くありませんでした。

 洞爺湖から乗った道央自動車道を長万部で降りました。それからは国道5号線恵山内海ラインを噴火湾に沿って走りました。3日前に通ったJRの路線と並行しています。途中3時間遅れの札幌行きの北斗星とすれ違いました。

Dc031008_2  途中大沼公園に立ち寄りました。台湾からの観光団が一度に大勢が乗れる自転車に乗り、台湾の旗を立てて走り回っていました。雪や氷の上を走れるのがうれしいらしく、大声を出していました。おそらく初めて雪や氷を見る人もいたのでしょう。

  函館では平成18年に建てられた五稜郭タワーに上りました。地上100メートル、五稜郭の側に建てられていて、五稜郭や函館市街や函館山のすばらしい展望が楽しめます。

 Dc031006_2 内をバスで一回り、車窓から市内観光をしたあと、朝市で昼食に名物の海鮮どんぶりをいただきました

 近くに青函連絡船摩周丸が係留され、函館市青函連絡船記念館となっていました。ゆっくりその中を見学、洞爺丸の事故や青函連絡船の歴史を振り返りました。偶然ですが、その数日後、テレビで摩周丸の中で行われた青函連絡船開業100周年の記念行事を報道していました。

 函館からは特急スーパー白鳥号に八戸まで乗車しました。途中世界最長53.85kmの青函トンネルを23分で通過しました。

 八戸からは新幹線のグリーン車を利用し、上野に着いたのは22時過ぎでした。

 5日間の冬の北海道の旅は新しい発見もあり、印象深い旅となりました。

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2008年3月10日 (月)

冬の北海道旅行-その3

 冬の北海道旅行-その3は、第4日目です。

Dc031003    前日は砕氷船が欠航するほど風が強く、旅行中もっとも寒い1日でしたが、その寒さは4日目の朝も続いていました。出発するときにホテル大雪の前の寒暖計を見るとマイナス12度を指していました。

 ツアーのバスの座席は毎日添乗員の人が決めてバスの入口に張り出します。前日は一番後ろだったので、4日目は一番前になりました。365キロ、4日間で一番長い距離です。

Dc031004  層雲峡温泉を8時に出発、バスは雪道を雪煙を上げて進みました。北海道は山一つ、峠一つ越えると、空模様も、風の強さも、寒さも、雪の降り方や積もり方も変わります。北海道の広さや多様さを感じる瞬間です。

 まず立ち寄ったのは美瑛の丘でした。美瑛の町はとんがり屋根の家が整然の並んでいる美しい町です。家の破風には建てられた年が掲げられていました。

 Dc031001_2 美瑛の丘では観光用のスノーモービルがあり、私たちはスノーモービルが引くスノーボートに乗ってスリルを楽しみました。スノーモービルを運転した人もいました。

 そのあと富良野の後藤純男美術館を見学しました。わが町の近くの流山市に住んでいる日本画家が富良野に美術館を作ったのは、この地の美しさに魅せられたためとのことです。美術館のレストランでしゃれた食事を楽しんだあと、バスは一路洞爺湖温泉までひた走りました。

Dc031002_2  洞爺湖温泉は平成12年に大噴火した有珠山のふもとにある温泉です。私たちが泊まったホテルから近くの山の上に建つウィンザーホテルが望めました。ウィンザーホテルでは今年7月に環境サミットが開かれます。

 私たちのホテルは洞爺湖に望んで立つ「洞爺パークホテル天翔」、温泉がすばらしいホテルでした。

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2008年3月 9日 (日)

冬の北海道旅行-その2

 冬の北海道旅行その-2は第3日目の記録です。

Dc030901  昨日の天気とは打って変わって予報どおり吹雪となりました。全室屈斜路湖が見えるホテルといううたい文句が意味を成さない白一色の世界、ホテルの窓から見えるのは激しく降る雪と風に揺れる枯れ木ばかりでした。

 バスは8時過ぎにホテルを出発、まず屈斜路湖の白鳥飛来地に立ち寄りました。そこは湖の中に温泉が湧いているため凍結しません。そこに白鳥が来るのです。

Dc030902  網走湯沸湖にはもっと多くの鳥が集まっていました。100円でえさを買ってやりましたが、すばしこいかもめに取られて白鳥は食べられませんでした。

 このツアーの目玉は網走港から砕氷船オホーツクに乗って流氷見物でした。ところが悪天候のため出港停止、おまけに流氷ははるか沖合いで、流氷に触れることは出来ませんでした。

Dc030903  また代替案の博物館網走監獄見学も、強風で外を歩くことが危険なので取りやめとなりました。

 ただ、レストランで食べた毛ガニ膳は絶品、食べるのに悪戦苦闘しましたが堪能しました。

 そのあと北浜駅から浜小清水駅まで、「流氷ノロッコ号」に乗車、車窓から流氷のない海を眺めて10分の乗車時間を過ごしました。北浜駅Dc030904 の待合室に全世界から来た観光客のメッセージや名刺が張ってあるのが印象的でした。

 途中、キタキツネの放し飼いの場所や銀河流星の滝に立ち寄った後、早めに本日の宿舎層雲峡温泉「ホテル大雪」に着きました。

Dc030905 写真はクリックすると大きくなります。

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2008年3月 3日 (月)

冬の北海道旅行-その1

 平成20年2月25日から29日まで、阪急交通社クリスタルハート「北斗星個室で往く大自然の神秘 流氷体験と名湯めぐり5日間」というパックツアーに行ってきました。 費用は一人97500円、ちょっと高めですが、おそらく北斗星に乗るというのと帰りが新幹線のグリーン車というのが目玉なのでしょう。宿のランクと部屋食というのも値段に響いているのかもしれません。飛行機利用よりJRのほうが高い場合が多いようです。Dc030301

 その旅行体験を何回かにわたって書いてみます。1回目は図らずも前回のブログ「また寝台車がなくなる」の続編になってしまいました。

 旅行の1日目は上野発16時50分の「北斗星1号」に 乗って、車中で特製のお弁当を食べ寝るだけでした。北斗星には食堂車もついているのですが、多分食堂車の収容人数と料理の値段の関係でお弁当になったのでしょう。

Dc030302  2日目は朝の8時44分南千歳着、そこからJRバスで4日間の旅が始まりました。日高、日照峠、足寄(あしょろ)を通って、最初の観光地の阿寒湖についたのは午後3時頃でした。途中は白一色の世界、その中をバスはひたすら走ります。覚悟はしていたものの、白の世界に迷い込んだような感じでした。

 途中立ち寄ったのはトイレ休憩のドライブイン、昼食は十勝清水のドライブインで日高牛のさいころステーキがメインの定食でした。

Dc030303  阿寒湖では凍結した湖の上で写真をとり、寒いのでそそくさとバスに乗り込みました。朝から降っていた雪は阿寒湖につく頃には太陽がちょっと顔をのぞかせる曇り空になっていました。

 翌日が雪の天気予報だったため、見られるうちにと、翌日予定していた摩周湖観光を急遽繰り入れました。

Dc030304  摩周湖はすばらしい姿を見せてくれました。不凍湖といわれている摩周湖が見事に凍っていました。前回来たときは看板どおりの霧の摩周湖だったので、家内ともども大喜びでした。翌日は吹雪で摩周湖の道路が閉鎖されました。ツアーコンダクターとバスガイドの判断は正解でした。

 2日目の宿泊は屈斜路プリンスホテルでした。プリンスホテル系のリゾートホテルです。大きなきれいなホテルにわずかな宿泊客しかいないので快適でした。 

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2008年2月21日 (木)

またなつかしい寝台車がなくなる

 また古くて懐かしいものが消えることになりました。

 平成20年3月15日のJRのダイヤ改正で、いくつかの寝台車が廃止されます。  

 廃止されるのは東京-大阪間の「銀河」、京都-熊本間の「なは」、京都-長崎間の「あかつき」です。また、上野-札幌間の「北斗星」と、大阪-青森間の「日本海」は1日2往復が1往復に減ります。

 理由は利用者が激減したことだそうです。安くなった航空機、速くなった新幹線、増えた夜行バスなど、ライバルが乗客を奪いました。

 ビジネス客や帰省客やスケジュールのきつい観光客などは、おそらく寝台車よりも飛行機や新幹線を選ぶでしょう。列車に乗ることを楽しむ人や昔の旅を愛する人や寝台車に乗ることを売り物にしたツアー客などしか寝台車を利用しないのではないでしょうか。

 私は四国松山にちかい伊予市出身です。今から50年ほど前の学生時代やサラリーマンになりたてのころは、急行「瀬戸」、宇高連絡船、準急「瀬戸」を乗り継いで東京と伊予市を往復していました。当時は3等寝台というのがあり、3段ベッドでした。

 飛行機が普及してからは帰省はほとんど飛行機でした。瀬戸大橋やしまなみ海道が出来た時は新幹線や汽車や高速バスを利用したこともありましたが、「瀬戸」を利用したことはありません。

 寝台車は「ブルートレイン」の名称で親しまれました。1958年に登場し、2005年に廃止された東京-博多間の「あさかぜ」がその代表でした。1960年代、1970年代がブルートレインが最も輝いていた時代でした。

 今後、東京駅発の寝台車は「銀河」がなくなると、大分行きの「富士」、熊本行きの「はやぶさ」(途中まで同時連結)と、高松行きの「サンライズ瀬戸」、出雲行きの「サンライズ出雲」(途中まで同時連結)の2系統だけになってしまいます。

 最近海外での豪華寝台車の旅を取り上げたテレビ番組が増えていますが、寝台車の消滅とともに鉄道王国ニッポンの名前もあせてくるのではないかと心配しています。

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