2024年4月18日 (木)

あの時あの場所この1枚-19 龍飛崎の歌謡碑(NO.1807)

 14年前の2010年10月、盛岡から宮古を経て秋田まで東北地方を海岸沿いに回るツアーに妻と参加しました。東日本大震災の5か月前でした。

 4日目に青森県の龍飛崎に立ち寄りました。

 津軽半島の最北端、ここから北海道の福島町まで青函トンネルが通っています。青函トンネルは1961年3月に建設が始まり、27年の歳月をかけて1988年3月に開通しました。2016年からは北海道新幹線が走っています。

 岬の上に立つと北海道がすぐそこに見えました。マグロ一本釣りと思われる漁船が数多く出ていました。

 龍飛崎は風が強いことで有名です。「風の岬龍飛」の標識の側に「津軽海峡冬景色」の2番の歌詞を刻んだ歌謡碑がありました。ボタンを押すと石川さゆりの歌が流れました。風の音に消されないよう驚くほどのボリュームでした。

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 2番の歌詞です。

 ごらんあれが竜飛岬 きたのはずれと

 見知らぬ人が指をさす

 息でくもる窓のガラスふいてみたけど

 はるかにかすみ見えるだけ

 さよならあなた私は帰ります

 風の音が胸をゆする泣けとばかりに

 ああ津軽海峡冬景色

 なおこのような歌声付きの歌詞の碑は福島県の塩屋崎にもあります。美空ひばりの「乱れ髪」の碑です。

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2024年4月 5日 (金)

あの時あの場所この1枚-18 台湾地震の資源地近くの太魯閣渓谷(NO.1801)

 2024年4月3日、台湾の花蓮を震源地とするマグニチュード7.2の地震が発生しました。5日朝のニュースでは死者10名、負傷者1000人以上と報道されています。

 23年前の2001年4月、花蓮に行き近くの観光地「太魯閣渓谷」を見物しました。

 太魯閣渓谷は花蓮市外から手軽に行ける場所にあり、断崖と絶壁と急流と緑が見事な渓谷で、日本の北アルプスなどで見られる景観に似ています。絶壁の中ほどにスリル満点の観光道路が通っています。ところどころに岩をくりぬいたのトンネルがあります。

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 今回の地震で山崩れやがけ崩れがあり渓谷のホテルに閉じ込められている観光客がいると報じられていました。おそらく観光道路のトンネルにも崩れたところがあったのではないでしょうか。救出活動が待たれます。

 災害に遭われた方にお見舞いを申し上げるとともに、一刻も早く復旧されることをお祈りしています。

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2024年3月24日 (日)

あのときあの場所この1枚ー16 20年前の浜名湖花博(NO.1798)

 2024年3月23日から6月16日まで「浜名湖花博2024」が「はままつフラワーパーク会場」で開催されています。

 今回のテーマは「人・自然・テクノロジーの架け橋~レイクハマナデジタル田園会場~」となっています。

 今から20年前の2004年にも浜名湖花博が開催されました。そのときは友人の亀田さんと亀田夫人の3人で、クラブツーリズムの花博見物の日帰りバスツアーに参加しました。

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 青いバラが初めて展示されていたように記憶しています。

 花博は1990年に「国際花と緑の博覧会」が通称「花の万博」(EXPO’90)として大阪で大々的に開催されました。博覧会国際事務局認定の国際博覧会でした。妻と2人で泊りがけで見物に行きました。

 「大阪花博」は「つくば科学博」とともに特別博で、来年開催される「大阪万博」の一般博とは区別されます。そして「浜名湖花博」は「大阪花博」よりはレベルが下のようです。

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2024年3月18日 (月)

あの時あの場所この1枚-15 福井県立恐竜博物館(NO.1796)

 2024年3月16日に北陸新幹線が金沢から福井県の敦賀まで延伸しました。いま福井県が盛り上がっています。

 2015年3月長野新幹線が金沢まで伸びて北陸新幹線になりました。その時は金沢が盛り上がりました。

 その年の5月、私は妻と福井県を観光地を回るツアーに参加しました。おそらく金沢まで往復北陸新幹線に乗れるだろう思ったからです。とこが半分当てが外れました。帰りは金沢から上野まで北陸新幹線に乗れましたが、行きはなんと上野発7時6分の上越新幹線「とき303号」でした。そのためわが家からは5時39分発の1番バスに乗らなければなりませんでした。

 上越新幹線は新潟県の長岡で下車、そこからさえない小千谷観光バスに乗りました。観光バスは、新潟県、富山県、石川県を素通りして福井県の三国港まで行ったのです。三国港に着いたのは13時25分でした。そこからやっと東尋坊観光が始まったのです。

 全く不合理な、ツアー参加者を無視した行程でした。北陸新幹線なら、上野発8時50分の「かがやき」に乗れば十分間に合ったはずです。申し込む時のツアーの案内にはそんな行程は出ていませんでした。おそらく阪急交通社は往復の北陸新幹線の座席の確保の自信がなかったのか、費用が安くつくほうを選んだか、だと思います。

 そんな不満はありましたが、福井県の観光地はどこも素晴らしく、行きの交通手段を除けが満足するツアーでした。

 3日目には福井県が誇る国内最大の「恐竜博物館」に行きました。館内は3階の展示場に分かれていて、4500平米という広大な展示室に40体以上の恐竜全体骨格をはじめとする千数百点もの標本、大型復元ジオラマや映像などがありました。

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2024年3月16日 (土)

北陸新幹線の金沢-敦賀間が開通した(NO.1795)

 2024年3月16日北陸新幹線の金沢-敦賀間が延伸開業しました。

 石川県内の小松、加賀温泉の2駅、福井県内の芦原温泉、福井、越前たけふ、敦賀の4駅が新幹線の停車駅となりました。

 東京-福井間は最速で2時間51分、東京-敦賀間は3時間8分で結ばれることになります。列車名は「かがやき」と「はくたか」です。

 北陸新幹線は1997年に東京-長野間が「長野新幹線」として開業しました。その後2015年に長野-金沢間が開業し、北陸新幹線となりました。それが今回敦賀まで伸びたのです。将来は敦賀から京都まで伸びる計画があるようですが、具体的な計画は決まっていません。

 今回の延伸で一番活気づいているのは福井県のようです。福井県は「恐竜王国」を売り込んできました。私も県の「恐竜博物館」に行ったことがありますが、恐竜好きにはぜひ一度は訪れたいところでしょう。福井駅前には新幹線開業に合わせて、恐竜のロボットやモニュメントが約20体設置されたようです。

 「敦賀」の地名は日本地図など知らない子供のころから私の記憶に入っています。理由は「舞鶴」とともに、中国やソ連からの引き揚げ船が着く港だったからです。私のおじも中国に抑留されていました。

 新幹線の延伸は能登半島地震の被災地の復興を後押しすることも期待されています。

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2024年2月12日 (月)

あの時あの場所この1枚-10 感動のアンコールワット(NO.1784)

 23年前の2001年11月、ツアーでカンボジアのアンコールワットに行ってきました。

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 アジアの旅の6回目です。妻は当時父親の介護と看護で家を空けられなかったため、最初は一人でアジアのツアーに参加しました。

 途中からシンガポールのツアーで知り合った牛久のウナギ店の店主の佐藤さんと一緒に旅をすることになりました。今回も佐藤さんと一緒でした。

 アンコールワットはあこがれの場所でした。

 カンボジアは1993年にシアヌーク殿下を国家元首とする新生「カンボジア王国」が誕生するまで23年間内戦状態が続いていて、ツアーにもその影が残っていました。

 直行便がなくタイ経由で国際線の乗り継ぎがあるため日本から添乗員が付きました。現地では観光地は大丈夫でしたが奥地に行くとまだ地雷が残っていて、観光地で片足や片手を亡くした人たちが物乞いをしている風景を見かけたりしました。

 またツアーには同年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロの影響が大きく響いており、アメリカ人の観光客はほとんど見かけませんでした。航空機も空席が目立ち、聞こえてくる外国語はドイツ語やフランス語や韓国語などが多かったように覚えています。

 アンコールワット観光の基地となるシェムリアップはアジア最大の湖トンレサップ湖のほとりに位置しています。11月はちょうど雨季が明けたばかりでメコン川の水が流れ込んで乾季の3倍くらいに拡がっていました。

 世界遺産アンコールワットは12世紀前半にヒンズー教の宮殿として作られましたが、その後仏教の寺院になりました。150年くらい前にフランス人が発見するまで西欧社会には知られてはいませんでした。

 内戦が終わると観光客にオープンされ、最近は東南アジアでは最大級の観光地になっています。

 私が行ったときには、アンコールワット中央部の第三回廊に登る足のすくむような急こう配の石段は、そのままよじ登る必要がありましたが、先日見たNHKのテレビ番組「2時間で回るアンコールワット」では、上り下りが左右に分けられ立派な手すりがついて安全に登れるようになっていました。

 アンコールワットは、今まで訪れたいろいろな遺跡の中で最も印象深い遺跡でした。

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2024年2月 8日 (木)

あの時あの場所この1枚-9 早朝のモンサンミシェル(NO.1783)

 17年前の2007年4月、ツアーでモンサンミシェルに行きました。

 50歳代前半「一般旅行業務取扱主任者」という資格試験を受けるため勉強していた時にモンサンミシェルのことを初めて知りました。フランスの観光地として大変人気があるとのことでした。

 それ以来機会があれば行ってみたいと思っていたところ、妻がモンサンミシェルに立ち寄るツアーを見つけました。妻は私以上にモンサンミシェルにあこがれていたようです。

 モンサンミシェルはパリから約360キロ、フランス西海岸のサンマロ湾上の小島に築かれた修道院です。妻はパリからの長距離バスの車窓から遠くにモンサンミシェルが見えたとき、思わず歓声を上げていました。

 8世紀初めに「岩山に修道院を建てよ」との聖ミカエルの命によって、小島の岩山に小さな礼拝堂を建てたのが修道院の始まりです。10世紀末にはベネディクト派の修道院となり、11世紀にはロマネスク様式の教会、13世紀にはゴシック様式と、建物は上へ上へと延びていきました。

 現在は世界遺産に登録されています。島の周囲の潮の干満の差が大きいことでも有名です。

 私たちはモンサンミシェル内のホテル「レ テラス プラール」に宿泊しました。島内のホテルは島外のホテルに比べると、設備は劣りますが、歴史が感じられます。また夜と早朝の修道院の風景を楽しむことができたのが最大のメリットでした。

 この1枚は早朝のモンサンミシェルです。

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 小さな岩山に長い年月をかけてよくもこのような建造物を建てたものと驚嘆しました。

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2024年1月26日 (金)

あの時あの場所この1枚-7 黒部宇奈月キャニオンルート(NO.1779)

 2023年1月13日と20日の2回にわたって、NHKの総合テレビ番組のブラタモリで「絶景!黒部峡谷~黒部の絶景は電源開発の軌跡にあり?~」が放送されました。今年6月に利用可能になる「黒部宇奈月キャニオンルート」を前もってたどる番組でした。

 富山県側から黒部ダムに行くには室堂を経由する立山黒部アルペンルートがあります。このルートは1972年に開通し、国際的に有名で大勢の観光旅行客でにぎわっています。

 黒部ダムは1963年に完成しました。室堂までは以前から鉄道、ケーブルカー、高原バスを乗り継いで行くことができましたが、室堂から黒部ダムまでは山の装備で歩いて下る必要がありました。私は1963年に三井生命のハイキング部で立山に登った際、黒部ダムを経由して帰っています。2013年8月には観光旅行で黒部アルペンルートで黒部ダムを再訪しました。

 今年の6月からはアルペンルートのほかに、「黒部宇奈月キャニオンルート」が開通するのです。ルートの説明文に「人跡未踏の黒部峡谷の奥地。その美しく雄大な自然を守るため、地底に作られた多様な電源施設や設備。当時の人類の英知を結集した電源開発の軌跡が目の前に迫る」とあります。

 キャニオンルートは黒部峡谷鉄道の宇奈月駅から始まります。有名な黒部峡谷トロッコ電車です。

 トロッコ電車には2013年7月1日ツアーで妻と2人で乗りました。それがこの1枚です。

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 終点は欅平ですが、ツアーは1つ手前の鐘釣駅で降りて周囲を散策後引き返しました。

 キャニオンルートはトロッコ電車で欅平まで行き、そこから新しく利用可能となった関西電力専用だったいろいろな乗り物を利用します。竪坑エレベーター、蓄電池機関車、インクライン、黒部トンネル内バスなどです。

 途中の見どころに、高熱隧道、千人谷、黒部第四発電所、展望台2カ所などがあります。黒部ダムが最高の見どころです。

 そのあとはおそらくアルペンルートに合流して長野県の扇沢に出ることになるでしょう。

 私も70歳代だったら必ずキャニオンルートを利用したことでしょう。今はテレビで満足しています。

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2023年4月18日 (火)

最後のボランティア活動をやめた(NO.1703)

 2023年4月14日、私の最後のボランティア活動をやめることになりました。

 毎週1回若松ふれあい会のメンバーとして近くの第一小学校の下校見守りのボランティア活動を行っていましたが、突然会を解散することとなったのです。

 若松ふれあい会は、2004年(平成16年)当時頻発していた空き巣や忍び込みなどの防犯のため8名の有志で結成されました。自治会とは別のボランティ活動でした。我が家も忍び込みの被害に遭い、何とかしなければと思ったのです。

 毎週1回防犯パトロールを交代で行い、警察に依頼して防犯のための講座を開くことから始めました。その後自治会の役員などが参加して自治会の外郭団体のような形で補助金も出ることになりました。一時は会員も30名以上になりました。活動の幅も広がり、防犯パトロールも週3回となり、週3回の第一小学校の下校見守りや防災活動も行うようになりました。

 ところが会ができてから19年、会員の死亡や高齢化が進む一方、新規会員の加入もありません。活動できるできる会員が減り、会としての役割が果たせなくなってきました。私も足の痛みで4年前に15年続けた防犯パトロールをやめざるを得なくなりました。下校見守りだけになってしまいました。

 会長は体調を崩して活動に参加できなくなり、会の管理や情報の伝達からも身を引きました。防犯活動はふれあい会から自治会が主力となりました。第一小の下校見守りは、校長や教頭が変わってから学校の都合で情報が来なくなり、あまり期待されていないことがわかりました。ボランティアをやる意味が薄れてきた感じです。

 そこで一緒に下校見守りをやっているHさんと会長宅に行き、3人で話し合って会長に会を続ける意思がないことが確認されたので ふれあい会を解散することにしたのです。すっきりしない後味の悪い幕切れとなりましたが、いろいろ地域のお役に立てたことは誇りに思っています。

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2022年9月24日 (土)

西九州新幹線が開業した(NO.1637)

 2022年9月24日、西九州新幹線が開業しました。佐賀県武雄温泉駅と長崎駅を結ぶ66キロの路線です。

 ここで新幹線開業の歴史を振り返ってみましょう。

・東海道新幹線 1964年/10月

・山陽新幹線 1972年/3月

・山形新幹線 1992年/7月

・秋田新幹線 1997年/3月

・東北新幹線 2002年/12月 全路線完成時

・九州新幹線 2004年/3月

・北陸新幹線 2015年/3月 金沢まで完成時

・北海道新幹線 2016年/3月

・西九州新幹線2022年/9月

となっています。

 このうち山形と秋田は在来線を使うミニ新幹線です。また北陸は敦賀まで、北海道は札幌までが工事中です。

 西九州新幹線は日本一短く、九州新幹線とはつながっていません。博多から長崎に行くには、武雄温泉駅で在来線の特急から西九州新幹線を乗り継ぐ必要があります。所要時間は30分短くなります。

 佐賀県の新鳥栖駅と武雄温泉駅間は未着工になっています。未着工の理由は、佐賀県が660億円と見込まれる負担額に見合う効果があげられるかどうか疑っているからです。新幹線が開業すると並行して走る在来線はJRから切り離されるのが原則で、その運営の問題も残ります。

 工事中のところは完成とさせる必要があると思いますが、それ以外の新幹線はどうするか、日本の未来の国づくりと合わせて考えるべきでしょう。

 なお建設中のリニア新幹線はぜひ完成させたいものです。

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