2019年7月20日 (土)

手賀沼通信ブログに旅行の記事がなくなった(NO.1254)

 2019年7月9日「参議院は日本にとって必要か」という記事を手賀沼通信ブログに書き、1250回目のブログとなりました。手賀沼通信10月号に「手賀沼通信ブログタイトル-その5」をまとめました。1001回目から1250回目のタイトルを書いています。その-1は300タイトル、その-2は200タイトルでしたが、その-3以降は250タイトルを載せています。

 そのうち、旅行や観光や見物についてどれくらい書いているかをまとめてみました。その-1とその-2は250回に均しました。旅行や観光は一番楽しく書け、写真を入れて書き甲斐があるからです。そしてもうこれから書けないからです。

 私は今、脊柱管狭窄症からくる坐骨神経痛がひどくなり、歩くのが厳しくなっています。「間欠跛行」という症状で、しばらく歩くと足が痛くなって休まないと続けられないのです。私の場合は右足のふくらはぎが痛みます。もう日帰りの観光旅行もできません。

 4つに分類しました。数字はブログの回数で、旅行に行った回数ではありません。海外旅行や宿泊付きの国内旅行は、1回の旅行で何回ものブログを書きました。

 ブログ 海外 国内 バス 個人 合計

      (宿泊付き) (日帰り)  

・1回   15  22  14  21  72

-250回               29%

2006年-09年           

69歳-72歳

・251回  13  16  8  34  71

-500回               28%

2009年-12年            

72歳-74歳

・501回   6  24  5  32  67

-750回               27%

2012年-14年           

・751回   0  18  5  21  44

-1000回              18%

2014年-17年 

77歳-80歳

・1000回  0   9  4   15 28

-1250回              11%

2017年-19年    

80歳-82歳

 上記のバスとあるのは日帰りバスツアー、個人とあるのは個人で家族や友人や一人で出かけた日帰りの観光や見物の意味です。%は250回に対する合計数の割合です。

 最後の海外旅行は2012年7月(75歳)の北欧旅行、最後の宿泊付きの国内旅行は2018年(81歳)の日光東照宮観光でした。いずれも体調が旅行に堪えないと判断して以後の旅行を断念しました。

 日帰りは今年の1月が最後です。

 今後の手賀沼通信ブログは身の回りに起こる話題が中心となります。寂しい限りですが、これも運命と思っております。

| | コメント (0)

2019年3月23日 (土)

17日ぶりの手賀沼通信ブログ(NO.1214)

 平成31年3月22日まで3度目の大腸憩室出血で14日間入院しました。
 その間ブログを書くことができませんでした。このブログは17日ぶりとなります。
 今朝書こうと思っていつものようにココログのブログを書く画面に行ったのですが見当たりません。なくなっていました。何とか探し出して驚きました。ココログがバージョンアップされ変わっていたのです。書きやすく垢抜けした画面になりました。
 それ以外にもこの14日間で大きく変わったことがありました。入院するときは寒さがこたえましたが、退院の日は春爛漫と言った感じでした。(もっともこのブログを書いている23日は冬に逆戻りですが。)
 入院中にソメイヨシノが各地で開花しました。例年より早い開花です。
 アメリカメジャーリーグの野球、マリナーズ対アスレチックスの公式戦が日本で始まりました。イチローが先発出場し、そして45歳で引退しました。入院中なので9時に消灯するため、野球放送は途中で見なれなくなったのは残念でしたが、翌日6紙の新聞で見られました。
 今日はブログを書けなかったことのお知らせです。入院中のこと、イチローのことなど、これから書いてみようと思っています。

| | コメント (0)

2017年1月 3日 (火)

今年から5年日記帳に変えた(NO.981)

 昨年まで使っていた10年日記帳が使い終わったため、平成29年1月1日から新しい日記帳に変えました。

 新しい日記帳は博文館の「Five Year Diary」です。大きさはB4版からA5版に小さくなり、重さも半分以下となりました。日記帳の出し入れが楽になりました。

 私は35歳から日記を書き始めました。毎年会社から出していたダイアリーに書いていました。

 内容は自分の行動や世の中の事件などメモ的なものです。家族や身の回りの変化なども書きましたが、自分の気持ちや心の動きなどは書きません。

 60歳になる前に妻から10年日記帳をプレゼントされたため、60歳代は10年日記帳を使いました。10年日記帳は使ってみると書くスペースが小さく、私の書く内容にぴったりです。前年や数年前の出来事が比較できて使い勝手が良いことにも気が付きました。

 そのため70歳になる前に自分で10年日記帳を買い、70歳代も10年日記帳を使いました。20年間2冊の日記帳で済みました。

 昨年末に80歳代の日記帳を買うとき、本屋の店頭で迷いました。あと10年90歳まで書ききる自信はありません。そこで5年日記帳にしたのです。

 東京オリンピックは書いてみたいと思っていました。5年日記帳ならそれをカバーできます。5年日記帳はそれまで頑張ってぜひ使い切ってみたいと願っています。

 一昨年35歳から59歳までの1年1冊のダイアリーが25冊になったため、それをポイントだけエクセルでPCにインプットし印刷しました。そしてダイアリーは処分しました。残された人が処分に困らないようにするためです。その結果、昔を振り返って調べるにも便利になりました。

| | コメント (0)

2015年10月17日 (土)

手賀沼通信のシリーズもの(NO.855)

 平成28年発行の手賀沼通信から「漁介類シリーズ」を書き始めます。手賀沼通信はこのブログの母体となった月1回発行の私の一人新聞です。

 手賀沼通信も18年目となり、私の高齢化とともにネタが少なくなってきました。行動半径が小さくなって、外に出かけることが少なくなったためです。

 そのため食べ物・飲み物のシリーズものをテーマとすることにしました。このシリーズものにすれば当分の間ネタは尽きないと考えたからです。

 最初に取り上げたのがアルコールシリーズです。日ごろお酒類に親しんでいるので書きやすいテーマでした。

アルコールシリーズ

・日本酒物語 平成25年1月  手賀沼通信第178号

・泡盛物語         2月         第178号

・ビール物語        6月         第183号

・焼酎物語         10月        第187号

・ウイスキー物語     12月        第189号

・ワイン物語  平成26年4月         第193号

・中国のお酒・韓国のお酒・その他のお酒 6月 第195号

 次は果物シリーズを選びました。親しみやすい食べものだからです。

果物シリーズ

・かんきつ類物語・メロン物語 平成26年6月 手賀沼通信第196号

・リンゴ物語・柿物語       10月     第199号

・イチゴ物語・サクランボ物語 平成27年1月第202号

・ブドウ物語・ナシ物語      6月      第207号

・モモ物語・クリ物語・スイカ物語 11月   第212号

 魚介類シリーズは平成28年から始めます。最初にマグロを取り上げようと思っています。そのあとは次のような魚介類を考えています。

・サケ・マス

・タイ・ヒラメ・カレイ

・イワシ・アジ・サバ

・エビ

・カニ

・ブリ・スズキ

・ウナギ

・イカ・タコ

・カキ・アサリ・シジミ

 こんなところを取り上げようと考えています。

| | コメント (0)

2014年9月 5日 (金)

日本の100選と200選(NO.743)

 平成10年4月から毎月出している一人新聞「手賀沼通信」が今年の11月で200号を迎えます。

 平成18年7月に100号を迎えたとき、手賀沼通信に100に絡むテーマを探し手賀沼通信に取り上げました。

・日本の100選(手賀沼通信第102号) 我孫子図書館で、財務省印刷局発行の「日本の百選データブック改訂版」という本を見つけました。そこには46種類の百選が載っていました。

・日本の百名山と日本の名峰ランキング(同104号) 日本百名山は登山家の深田久弥氏が選定し昭和39年に新潮社から発表しました。現在NHKのBS放送で毎週1山づつ紹介しています。日本の名峰ランキングは平成18年にNHKが視聴者の投票より選んだものです。

・小倉百人一首(同106号) ご存知百人一首の紹介と分析したものです。

・日本の歌百選(同109号) 文化庁が全国から公募し、由紀さおりさんなどが委員を勤める選定委員会が決定しました。

・五木寛之の百寺巡礼(同114号) 五木寛之氏が2年をかけて自分の足で歩いた百寺をまとめました。

・残したい”日本の音風景”100選(同122号) 環境庁が音頭をとって公募した全国の音風景です。

 その他いろいろありましたが、きりがないのでこれくらいにしました。

  一方200選はどうかとネットで調べてみました。100選に比べると段違いに少ないですが、ささやかに見つかりました。

 「京都の自然200選」(京都府)「北京故宮博物院200選」(東京国立博物館)「日本の童謡200選」(音楽の友社)「演歌名曲200選」(ユーチューブ)「デザインアイデア200選」(本)「楽しめる物理問題200選」(本)などです。個人が勝手に選んでブログに書いたものもありました。

 100と違ってやはり200はあまり区切りとはならないようです。

 野球では投手が名球会に入れる資格が200勝で、これは立派な区切りで大勲章になっています。

| | コメント (0)

2014年5月14日 (水)

手賀沼通信のネタがワンパターンになった(NO.713)

 平成10年の4月から、月に1度「手賀沼通信」というひとり新聞を出しています。「高齢者の豊かな生活のために」をモットーに、高齢者の役に立つ情報を発信しようと努力してきました。

 ところが2年前に体調を崩してから、好奇心や学習意欲が衰え、いろいろ加入していたサークルなどをやめ、外部との接触が少なくなってきました。

 そのため、手賀沼通信で取り上げるテーマがワンパターンになってきています。

  読者の方からご寄稿いただく文章を除くと、昨年の1月号(178号)以後は取り上げるテーマは主に3つのパターンになっています。

1.シリーズもの

 現在はアルコール飲料について書いています。自分の経験に加えて、ネットや図書館で調べて比較的楽に描くことができます。

・178号 日本酒物語

・179号 泡盛物語

・183号 ビール物語

・187号 焼酎物語

・189号 ウィスキー物語

・193号 ワイン物語

・195号(6月) 中国、韓国、その他の国のお酒(予定)

 次は果物について書くつもりです。

2.旅行記

 海外旅行は1昨年の北欧旅行を最後にやめ、国内旅行を妻と楽しんでいます。

 その旅行記が2つ目のテーマとなっています。

・179号 小豆島・倉敷旅行記

・184号 軽井沢旅行記

・186号 立山黒部アルペンルート他2か所の観光地を巡る

・186号 阿波踊りとよさこい祭りを見る

・190号 宮島・道後温泉・金刀比羅宮の旅

・194号 九州の温泉めぐりの旅

3.手賀沼通信ブログからの抜粋

 手賀沼通信ブログからの抜粋は記事の書けないときの埋め草として始めました。いつも読んでいただいている方には申し訳ないのですが、新たに書く必要がなくコピーして持ってくれば良いので楽をさせてもらっています。

・180号 他の記事との乗り合い

・181号 他の記事との乗り合い

・185号 他の記事との乗り合い

・188号 他の記事との乗り合い

・192号 全頁抜粋記事 

| | コメント (2)

2012年3月11日 (日)

東日本大震災から1年がたった

 平成24年3月11日の今日から1年前の14時46分東日本大震災が起きました。

 今日は全国各地で追悼の式典が行われました。また新宿や渋谷など都市の繁華街でも、震災発生時刻に通りがかりの人が黙とうしているニュースがテレビに映されていました。

 新聞もテレビも1日中東日本大震災関連の特別報道があふれていました。

 1年後の被災被害の状況が読売新聞に出ていました。

・死者 15,854人(下と合計19,009人)

・行方不明 3,155人

・避難者 343,935人

・がれき 2,253万トン

 私は地震発生2か月後まで毎日の新聞を保管していました。5月11日の読売新聞の記録です。

・死者 14,949人(下と合計24,829人) 

・行方不明 9,880人

・避難者 117,085人

 死者と行方不明者の合計が今日の数字が発生2か月後の数字より減っているのは、発生2か月後は現場の混乱や重複などがあったためでしょう。

 ところが避難者の数字は2か月後より今の方が3倍ほどになっています。原発事故で避難者が増えたためなのでしょうか、それとも2か月後の時点では避難者の数字を正確につかみ切れていなかったためでしょうか。

 あれから1年経ちましたが被災地の復興が進んでいません。いろいろな原因があるようです。

 その第一はがれきの処理が遅れているためとのことです。現地だけでは処理できないため、他の自治体が協力する必要があるにもかかわらず、なかなか引き受けてもらえないようです。

 戦後、日本人の美徳であった我慢とか辛抱がなくなったように、助け合いとかお互い様の精神もなくなってきたのでしょうか。

 国の対応も現地の声を的確につかんでいないようです。縦割り行政、提出すべき書類の多さ、スピードの遅さ、不十分で片手落ちの援助など相変わらずのお役所の仕事ぶりです。政治も政治家も頼りになりません。

 しかし日本人は優秀な民族です。戦争で廃墟と化した国土を復興させた実績があります。

 国民一人一人が持てる力を出し合えば必ずより良い日本になるはずです。制度の悪いところは改革し、駄目な人には辞めてもらい、お互い助け合いながら、みんなが自分を信じて努力すれば新しい日本が生まれるはずです。

| | コメント (0)

2011年3月18日 (金)

アクセス合計が5万件を超えた

 平成23年3月17日手賀沼通信ブログへのアクセスが合計5万件を超えました。

 ・3月17日 アクセス件数 94件

          アクセス人数 47人

         アクセス合計 50051件

         直近1ヶ月   1日当たり66件

         今までの平均 1日当たり29.65件

 手賀沼通信ブログは2006年8月、毎月発行している手賀沼通信を補足するため書き始めました。月1回だとタイムリーな情報発信ができないためです。それにA4の4ページと限られたページ数のため書き足りないことがありました。

 今までに書いた回数は413回、月平均7.4回書いたことになります。

 今までの1日当たりの最高のアクセス数は平成23年2月12日の268件です。2月11日が261件、13日が139件です。それ以前は100件を超える日が月に1回あるかないかでした。そしてそのあともアクセスは1日50件前後になっています。

 このとき急に増えた理由は明確には分かりませんが、平成23年2月11日にテレビで映画「沈まぬ太陽」が放映されたためではないかと思います。平成21年11月に「映画『沈まぬ太陽』のキャストとモデル」というブログを書きました。そのブログへの検索がヒットしたのではないかと勝手に推測しています

 プロバイダーはニフティのココログを使っています。無料で2ギガバイトの容量を使えます。今までに使ったのは僅か190.5Kバイト(9.52%)です。当初は写真が小さく不鮮明にしか載せられませんでしたが、昨年2月から大きく鮮明に載せることができるようになりました。

 先週の3月11日(金)大地震が発生しました。東北地方太平洋沖地震です。ブログに書こうと思いましたが、あまりにもいろいろなことが起こっており、刻々新しい情報が入ってくるため書くのをやめました。とても書ききれません。代わりに新聞は捨てないで保存しています。

 福島原発の事故がどんな形で収まるか、その成り行きを息をひそめて見守っています。早くおさまってほしいと願っています。

 また被災地が1日でも早く復興してほしいと願っています。

| | コメント (0)

2010年11月20日 (土)

昭和三五会 一橋大学卒業50周年記念大会

 平成22年11月19日如水会館で「昭和三五会 一橋大学卒業50周年記念大会」が開催され出席しました。

 日本経済の高度成長が始まる頃の昭和35年(1960年)に大学を卒業、それぞれの道に進み、ほとんどの人が現役を引退、卒業50周年を迎えました。73歳前後の高齢者です。

 卒業したのは約490名、90数名が鬼籍に入っています。当日の出席者総数は287名(本人230名、夫人47名、遺族10名)でした。

 大学1年と2年は小平分校で、学部とは関係なく、第2語学別に編成された10クラスに分かれて学習しました。昭和三五会はそのクラス単位で招集をかけました。

 私の所属したQクラスからは30名(内4名夫人)が参加しました。参加者の数の多さでは10クラスの中の4番目でした。

 受け付け風景です。

Dsc00698

Dsc00702

 11時から「日本の復元力」と題して、一橋大学名誉教授の中谷巌氏の記念講演がありました。中谷氏は昭和40年卒業の後輩になります。

Dsc00706

 12時から祝賀会です。オープニングは男声合唱団「マーキュリー・グリー・クラブ」による校歌合唱で始まりました。

 指揮者はわがQクラスの永井宏君です。

Dsc00712

 茂木実行委員長の挨拶の後、来賓の杉山一橋大学長その他の祝辞、オーストラリアから駆けつけた同級生の乾杯の音頭で宴が始まりました。

 テーブルがクラス別に儲けられていました。

Dsc00717

Dsc00726

Dsc00732

Dsc00727

Dsc00734

Dsc00735

 別会場では「音楽を楽しむコーナー」があり、マーキュリーグリークラブや田中由紀子さんが美しい歌声を聞かせてくれました。

Dsc00737

Dsc00740

 最後に母校応援部が登場、フィナーレを飾ってくれました。

Dsc00750

| | コメント (0)

2010年8月21日 (土)

150号を迎える「手賀沼通信」

 私が毎月発行している「手賀沼通信」が平成22年9月1日で150号になります。

 平成10年4月1日が創刊第1号ですので、12年6ヶ月目ということになります。

 「手賀沼通信」はサラリーマンを61歳で退職したとき、なにか退職後の支えとなるものはないかと思って、友人が出している「土佐一人新聞」を参考に、出し始めた一人新聞です。通信のテーマを「高齢者の豊かな生活のために」と決め、高齢者に向っての情報発信を心がけました。本音は「暇つぶしとぼけ防止」です。

 当初の発行部数は70部、勝手に作って勝手に相手を決めて送るスタイルでした。パソコンでマイクロソフトのワードを使って作成し、ほとんどが紙に印刷して郵送していました。もちろん無料です。

 ところがメールに添付して送るほうが簡単なため、次第にメール添付が増えました。カラー写真はメール添付ならそのまま見られますが、紙に印刷すると白黒コピーなので美しくありません。現在は350人ほどの方にメール添付でお送りし、郵送や手渡しは50人ほどの方になりました。

 12年6ヶ月間休むことなく続けられたのは、健康に恵まれ大病をしなかったことと、読者の皆様から毎月励ましのメールや手紙をいただいたためです。

 手賀沼通信の書式は当初は、A4またはB5、4ページに2段組、9ポイント活字、横書きで作っていましたが、途中からA4、4ぺージに統一し、活字も読みやすく11ポイントに大きくしました。150号までで、概算ですが写真を除いて、400字詰め原稿用紙約2500枚ほど書いたことになります。

 内容は高齢者に役立つ情報で、マスコミに出た記事の紹介などではなく、体験記が基本です。当初は比較的固い記事が多くを占めていました。年金問題、健康や闘病記、講演会や株主総会体験記、ハウツーもの、などが多かったようです。途中からだんだん旅行記や読書感想文や趣味の記録などが増えてきました。私の生活パターンが「学習」から「遊び」に変化してきたことを反映しています。

 平成18年8月から「手賀沼通信ブログ」を書き始めました。手賀沼通信が月1回なので載せた時はタイミングがずれたり、またA4、4ページという制限で、書きたいことが書けないことがあるため始めたわけです。

 ところがブログを始めたことから、手賀沼通信のネタ探しに新しい苦労が始まりました。ブログと手賀沼通信をダブらせると新鮮味がなくなります。考えた末逆転の発想で、年2回はブログの記事を抜粋してそのまま手賀沼通信に載せることにしました。それで2回分はネタ探しの苦労がなくなりました。

 読者からの投稿は大歓迎です。当初はいろいろな方から投稿いただきました。ところが次第に投稿が減ってきました。理由は分かりません。大変残念に思っています。

 50号と100号を迎えたとき、記念の本を発行しました。自分で編集、印刷、製本を行いました。文字通りの手作りです。

 50号のときは「未知との遭遇」というタイトルで、海外旅行体験記を集めました。100号のときは「手賀沼通信こだわりの記事」というタイトルで、自分の愛着のある記事を集めました。いずれもそれまでの手賀沼通信からの抜粋でした。

 150号記念の本も出したいと思っています。まだ内容は決めていませんが、おそらく「未知との遭遇 続編」で、それ以後の海外旅行をまとめることになるでしょう。 

 

| | コメント (0)