2007年11月 7日 (水)

若かりし頃を思い出させる映画

 平成19年11月3日より「ALWAYS 3丁目の夕日」の続編が上映されています。昭和30年代半ばを舞台にした映画です。私は昭和35年(1960年)に大学を卒業し、社会人になりました。この映画はまさに私の青春時代の頃を描いた映画で、ぜひ見たようと思っています。

 ところで今日のお話はこの映画ではありません。10月に見た「エディット・ピアフ 愛の賛歌」と「グッド・シェパード」という2本の外国映画です。

 「エディット・ピアフ 愛の賛歌」はエディット・ピアフの一生を描いたフランス映画です。エディット・ピアフは1915年に生まれ、1963年に47歳でなくなったフランスのシャンソン歌手です。「ばら色の人生」や「愛の賛歌」などを歌い、フランスで最も愛されている歌手の一人です。

  私の学生時代にはシャンソンがはやっていました。イブ・モンタンの「枯れ葉」をよく聞きました。ジルベール・べコーやシャルル・アズナブールなどの歌手の名前を覚えています。

 イブ・モンタンとの愛をテーマにエディット・ピアフが作詞した「ばら色の人生(ラ・ヴィ・アン・ローズ)」はオードリー・ヘップバーン主演の「麗しのサブリナ」のテーマ曲に使われました。何時までも忘れられない曲です。

 エディット・ピアフについては名前しか知らなかったのですが、映画を見ててそのすさまじい生き方とすばらしい歌に感動しました。

 「グッド・シェパード」はCIAの内幕を描いた映画です。

 1961年社会主義政権になったキューバに、亡命キューバ人がカストロ政権を覆えそうと上陸しました。ところがCIAの内部から情報が漏れて失敗してしまいます。有名なビッグス湾事件です。(なおこの事件のあと、ミサイルをキューバに持ち込もうとするソ連のフルシチョフとそれを海上封鎖によって防いだもっと有名なケネディの戦いが起こりました)

 この頃私は社会人になったばかりでした。世界の大事件に驚くことばかりでした。余談ですが、ケネディが暗殺された時は妹の結婚式の当日でしたが、テレビに釘付けになったのを覚えています。

 「グッド・シェパード」はそのCIAを背負って立つ主人公の活躍とその苦悩を描いています。

 ロバート・デニーロ監督はすばらしい映画を作ったと思います。主人公の青年時代とビッグス湾事件後の日々とを交互に展開していくストーリー作りの巧みさに、2時間40分の長さを忘れてしまいました。

 2本の映画をみて1960年代の若かりし頃を懐かしく思い出しました。

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2007年2月14日 (水)

映画「グランド・ホテル」を見た

 平成19年2月13日、柏のあけぼの会が開催した映画会で「グランドホテル」を鑑賞しました。

 この映画会は平成10年より「映画出前します」の河崎義祐監督をお招きして始まったもので、河崎監督が安曇野に移られたあとは、NPO邦人シネマネットジャパンの映画伝道使にお願いして年に3回ほど開催しています。

 会場はアミュゼ柏のリハーサル室、いつも30人から40人の参加者で、特製のお弁当をいただいたあと、映画を鑑賞し、最後に家田会長と伝道使のトークがあって、参加者も自由に感想を述べるというスタイルです。

 グランドホテルは1932年(昭和7年)に製作されたアメリカ映画です。私の生まれる5年前のものです。出演は、グレタ・ガルボ、ジョーン・クロフォードなどの女優、ジョン・バリモア、ライオネル・バリモアなどの男優、監督はエドモンド・グールディングです。これほど古い映画を見たのは初めてかもしれません。

 物語は、ベルリンの「グランドホテル」で展開されるいろいろな人間模様を描いたもので、ドラマティクなストーリーはありませんが、75年前に作られたとは思えないほどみずみずしい感覚をもっており、印象に残る映画でした。

 最近は映画の著作権、使用料などの問題があって、鑑賞する映画を選ぶのに苦労しています。これからは使用料のかからない古い映画が増えるかもしれませんが、古い映画も捨てたものではないと感じました。

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2007年2月 3日 (土)

「男はつらいよ」48作の放送が終わった

  BS2で放送されていた「男はつらいよ」全48作が1月27日で終わりました。途中から放送されているのに気がついたので、全部を見ることはできませんでしたが、数本を除いてあとは全部見てしまいました。

 時間の都合がつかないときは録画して見ました。48作の放送が終わった今、大変淋しい思いをしています。

 寅さんの第1作が劇場公開されたのは1969年のお正月です。それが1996年のお正月まで27年間続きました。最初の頃はお正月とお盆の1年2作品だったようですが、途中からお正月だけになりました。おそらく寅さんを演じる渥美清の体調を考えてのことではないでしょうか。

 マドンナには30数人の人気女優が競演しました。最多出演は朝丘ルリ子で同じ役で4回出ています。最後の48作目も朝丘ルリ子でした。

 私は劇場公開中は見た記憶がありません。1969年は32歳でしたが、サラリーマン現役の頃はあまり映画を見ませんでした。見るときはほとんど洋画でした。また、寅さんの映画が民間放送で放映されていたときも、じっくり見た記憶はありません。

 ところが今回は毎週の土曜日が待ちどおしいくらいはまってしまいました。なぜ熱中するようになったのかよく分かりません。この歳になって自分では経験できなかった、考えもしなかったような寅さんの自由な生き方に共感を覚えたのかもしれません。

 3月には、後半の24作の中から視聴者が選んだアンコール作品が放映されます。楽しみです。

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