2009年7月 2日 (木)

「劔岳 点の記」を見た

 平成21年6月30日、MOVIX柏の葉で「劔岳 点の記」を見ました。

 この映画は山岳小説の第一人者新田次郎の原作、同じ新田次郎原作の映画「八甲田山」のカメラマンを務めた木村大作が初めて監督・撮影に取組んだことで話題になっています。

 またCGを使わず、出てくる山の風景はすべて実写とのこと、その迫力は怖さを感じさせます。春の雪をかぶった山、夏の険しい岩壁、秋の紅葉した山など、冬を除く四季の景色が見事に捉えられていました。

 物語の時代は日露戦争直後の明治40年代初めです。

 物語の内容は陸軍測量部の測量士と山の案内人が未踏峰だった劔岳に登って三角点を設置するという実話に基づいています。海軍の支援を受けた日本山岳会と初登頂を競います。

 最後はちょっとしたどんでん返しがありますが、苦労を重ねて登頂に成功する感動的な映画です。

 私は今から46年前の26歳の頃、剣岳に登ったことがあります。黒部ダムが完成した年でした。富山側から入り、室堂から立山と劔岳に登り、黒部ダムまで下山、ダムを見て、完成したばかりのトロリーバスで関電トンネルを扇沢まで抜け、信濃大町から帰った記憶があります。当時は立山トンネルトロリーバス、立山ロープウェイ、黒部ケーブルカーはまだ出来ていなかったように思います。

 立山は登りやすい山でしたが、劔岳は岩山をよじ登ったり、鎖にぶら下がったりの連続だったように覚えています。

 それでもしっかりした道だったので、素人の私にも登れましたが、道のないところを登頂した明治の先人達の苦労は大変なものだったということが、この映画から分かりました。命を懸けた登頂でした。

 映画に感動すると共に、青春時代の山行を懐かしく思い出しました。

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2009年2月17日 (火)

大変有意義なコメントをいただいた

 一昨年の11月12日に「どうなっているの、NHKのスポーツ放送」というタイトルのブログを書きました。ちょっと長くなりますが以下に引用します。

 「平成19年11月11日の午後9時50分からのNHKテレビ「サンデースポーツ」をみていて腹の虫がおさまりませんでした。

 アジアのプロ野球チームのナンバー1を決めた、日本の中日と韓国のSKとの決勝戦の試合の経過や優勝決定の瞬間や監督のインタビューなどの放送を全くしなかったのです。試合時間が延びて「サンデースポーツ」が始まった時はまだ試合中でしたが、10時15分頃には決着がついていたので番組の終わる10時45分までには十分放送はできたはずです。「サンデースポーツ」はプロ野球公式戦の時は必ず放送していました。昨日の放送は番組終了時に「中日6-SK5」と1行テロップが出て、一言結果をしゃべっただけでした。

 試合は民放で9時55分まで放送していましたが、途中のいいところで終わってしまいました。民放も1時間延長したのですが、試合がもつれたため途中で終わったのです。民放はスポンサーがついているため、勝手なことはできません。それでも最大限の努力はしたと思います。

 NHKは視聴者から受信料を取っているのです。視聴者が見たいものを提供する義務があります。55分のサンデースポーツの内容は前もって決めていたのかもしれませんが、ほかの部分をはずすか短くするなどして優勝の瞬間を入れるべきでした。そもそもアジアシリーズ2007を放送内容に入れていないのがおかしいと思います。いつアジアシリーズの画面が出てくるかと期待しながら見ていましたが、急いで放送しなくてもいいような内容が長々と続き、結局すっぽかされて終りました。 (以下省略)」

 1年3ヶ月前のこのブログに対して「青葉鳥」さんから、次のようなコメントをいただきました。

 「やや旧聞に属する話題ですが、ご参考になればと思い書き置きを残しておきます。
 スポーツに関する映像は巨大な権利ビジネスとなっています。オリンピックやサッカーW杯については、放映権をめぐって億単位の金が動きます。
この試合についても、貴殿の文章を拝読すると、試合の放映権は民放が持っていたと思われます。いったん、特定の局が放映権を得ると、その局が試合の映像を配信するか、解禁時間を過ぎるまでは、他局は放送できません。禁を破ると、膨大な違約金を取られるか、映像配信を受けられなくなってしまいます。
 しかし、報道機関としては試合結果を伝えるという責務もあるので、NHKは苦肉の策を取ったものと思われます。
以前、ある全国紙で国会審議を批判する記事が掲載されたとき、中継したNHKに対して「金を返せ」という記述があり、気になりました。問題は国会の審議内容なのであって、放送したNHKはその責を負うものではないように思えたからです。
 NHKに対しては、小生も言いたいことは多々あるのですが、今回の件については、批判されるべきは権利ビジネスであるような気がいたしましたので、一言申し添えておきます。」

 マスコミの世界はよく知りません。このようはルールがあるとは知りませんでした。目からうろこです。

 大変勉強になったコメントでした。青葉鳥さんありがとうございました。

 いままでにいろいろな方からコメントをいただきましたが、コメントをいただくのはありがたいことです。コメントはありがたいです。

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2009年2月16日 (月)

天地人のエラー訂正

 昨日のブログ「天地人と密謀-直江兼次を描いた本」の中で間違ったことを書きました。申し訳ありませんでした。

 火坂雅志の「天地人」は「直江兼次が「与六」と呼ばれていた幼少の頃から物語は始まります」と書いてしまいましたが、原作は17歳から始まっています。大河ドラマが兼次が幼少の頃から始まったため、原作もそうだと早合点した結果です。

 17歳までのお話は脚本を担当している小松江里子の創作ということが、NHKから出版されている「NHK大河ドラマストーリー 天地人」を見て分かりました。その中で小松江里子さんは「17歳の立派な人物にどのようにして行き着いたのかを見せることが、ドラマならではの醍醐味になるのではないかと思いました」と語っています。

 大河ドラマは必ずしも原作には忠実ではなく、脚本家の創作ともいえるようです。

 3年前に放送された「功名が辻」では原作を捻じ曲げた話が出てきました。はっきりとは覚えていませんが、山内一豊かもしくは千代の母親の名前か生死を変えて放送していたように記憶しています。

 それが分かったため、司馬遼太郎の熱烈ファンの私は「功名が辻」を見るのを止めてしまいました。きっと司馬遼太郎が生きていたらクレームをつけただろうと思ったからです。

 今年で48回目を迎えた大河ドラマは、戦国時代から徳川幕府誕生時までの作品は18回も放送されています。信長、秀吉、家康などはそれと同じくらい登場しています。脚本家がそれぞれ異なった人物像に描くのは当たり前のことかもしれません。

 司馬遼太郎の原作の作品はともかくとして、原作を忘れてドラマを楽しむほうがいいのでしょうね。

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2009年2月 5日 (木)

映画館MOVIX

 最近2ヶ所のMOVIXの映画館に行きました。「MOVIX柏の葉」と「MOVIX亀有」です。

Aside_ph001  地元の読売新聞の販売店が購読者サービスのために抽選でいろいろなイベントの入場券を配布しました。MOVIXのチケットを申し込み、運良く2枚いただきました。それを使ったのです。

 平成21年1月19日に「MOVIX柏の葉」でアメリカ映画「ワールド・オブ・ライズ」を、2月4日に「MOVIX亀有」で邦画「おくりびと」を見ました。「おくりびと」はモントリオール映画祭でグランプリを獲得、アカデミー賞候補に挙がっている話題作です。

 Photo 作品についてではなく、映画館について述べてみます。

 MOVIXは1つの建物の中に複数の映画館を持つ、マルチプレックスシアターまたはシネマコンプレックス(通称シネコン)の代表といえます。

 MOVIXは下記のように全国に23のシネコンを展開しています。

 ・東北 2

 ・関東 10

 ・東海・中部 2

 ・近畿 4

 ・中国 3

 ・姉妹シアター 2

 私の行った2つのMOVIXの収容人数は次のとおりでした。

シネコン名  映画館数 最小人数 最大人数 合計  

MOVIX柏の葉 10館  95人 473人  2009人

MOVIX亀有   10館 139人 460人  2147人 

 入場券の売り場は共通のカウンターが複数並んでいて、希望する映画を言って購入します。インターネットでも購入できます。

 「柏の葉」は空いていたのですぐ買えましたが、「亀有」は混んでいて、チケットが手に入るまで15分くらいかかりました。余裕を持って出かける必要があります。

 チケットはすべて指定席です。車椅子用の席もあります。

 場内には、入場券売り場の側で販売しているソフトドリンクとスナック菓子を専用のトレイに載せて持って入ることもできます。場内は清潔で快適に映画を楽しめるようになっていました。

 写真は上が「柏の葉」、下が「亀有」です。

 写真をクリックすると鮮明になります。  

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2008年12月21日 (日)

「鶴瓶の家族に乾杯」がふるさと伊予市にやってくる

 NHKテレビの「鶴瓶の家族に乾杯」のお正月スペシャル番組が、私のふるさと伊予市にやってきて、1月1日の夜7時20分から放送されます。

 ゲストは古田敦也元ヤクルト監督です。NHKの番組のお知らせで知り、驚いたり喜んだりです。

 伊予市は四国愛媛県の松山市の西に隣接する、人口4万人弱の小さな市です。産業は農業と漁業と水産加工業で、花かつおの製造では、ヤマキ、ヤマニ、マルトモなど全国規模の企業の本社、工場が集中しています。また、松山市のベッドタウンにもなっています。

 伊予市は平成の大合併に従い、2005年に中山町と双海町と合併しました。

 中山町は三大栗として知られる中山栗の産地、双海町は日本一夕日がきれいに見える町として有名です。

 「鶴瓶の家族に乾杯」はあまり見たことはありませんでしたが、インターネットフリー百科事典「ウィキペディア」で調べたところ、NHKの誇る長寿番組であることが分かりました。

 「鶴瓶の家族に乾杯」は1995年に笑福亭鶴瓶とさだまさしの「さだ&鶴瓶のぶっつけ本番ふたり旅」として始まりました。さだまさしとのコンビは3回目まで、その後は鶴瓶とゲストとのコンビになっています。1997年に現在の「鶴瓶の家族に乾杯」というタイトルになりました。

 番組は鶴瓶とゲストが日本(一部海外にも行っています)の市や町や村を訪ねて、土地の人びとと交流を図る番組です。鶴瓶やゲストのパーソナリティと即興に近い会話が人気の秘密になっているようです。

 訪れる場所は観光地や有名なところではありません。小さな村や町が取り上げられています。今まで151回放送されていますが、市が舞台になったのは53回です。2005年以後は市が増えていますが、合併によって市になった村や町が多いようです。

 愛媛県には過去4回訪れています。今回で5回目になりますが、どんな話題が飛び出すか、どんなパフォーマンスが見られるか楽しみです。

 時間のある方はぜひご覧ください。

 

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2008年10月24日 (金)

街道てくてく旅ー四国八十八か所を行くー結願

 平成20年10月24日、NHKハイビジョン放送の「街道てくてく旅ー四国八十八か所を行くー」が終了しました。

 プロ卓球選手の四元奈生美さんが四国八十八か所を歩いて回る番組です。月曜日から金曜日まで朝8時15分から8時30分までの放送でした。

 春編は3月20日から6月6日までの57回、徳島県と高知県を歩いた記録でした。秋編は8月25日から10月24日までの愛媛県と香川県の45回でした。合計102回の放送です。私は録画して全部見るつもりでしたが、旅行で数日家を空けたとき機械の調子が悪く、5日間ほど見損ないました。

 四国八十八か所は1番札所の徳島県の霊山寺からスタート、高知県、愛媛県のお寺を回って、88番札所の香川県の大窪寺で結願となります。距離は約1200キロです。歩き遍路の場合、通常は40日から50日で歩きますが、四元奈生美さんはその倍以上かかりました。

 放送のために常に複数のカメラマンが同行し、毎回絵になるようなイベントを挿入する必要があるため、歩く距離と時間は短くなります。朝の生放送を終わってから歩き始めることも、1日の走行距離が短くなる原因でした。

 当初番組が始まったときは、四元奈生美さんはミスキャストという感じがしました。浮ついた軽いキャラクターという印象で、お寺を回る番組にはとても向いていないと感じました。

 ところが毎日見ているうち、四元奈生美さんの軽さの中に真剣さと謙虚さがあることがわかりました。なにより四元奈生美さんの明るさが番組を引き立てました。

 大変楽しい毎日でした。番組が終わり大変さびしくなりました。

 

 

 

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2007年11月 7日 (水)

若かりし頃を思い出させる映画

 平成19年11月3日より「ALWAYS 3丁目の夕日」の続編が上映されています。昭和30年代半ばを舞台にした映画です。私は昭和35年(1960年)に大学を卒業し、社会人になりました。この映画はまさに私の青春時代の頃を描いた映画で、ぜひ見たようと思っています。

 ところで今日のお話はこの映画ではありません。10月に見た「エディット・ピアフ 愛の賛歌」と「グッド・シェパード」という2本の外国映画です。

 「エディット・ピアフ 愛の賛歌」はエディット・ピアフの一生を描いたフランス映画です。エディット・ピアフは1915年に生まれ、1963年に47歳でなくなったフランスのシャンソン歌手です。「ばら色の人生」や「愛の賛歌」などを歌い、フランスで最も愛されている歌手の一人です。

  私の学生時代にはシャンソンがはやっていました。イブ・モンタンの「枯れ葉」をよく聞きました。ジルベール・べコーやシャルル・アズナブールなどの歌手の名前を覚えています。

 イブ・モンタンとの愛をテーマにエディット・ピアフが作詞した「ばら色の人生(ラ・ヴィ・アン・ローズ)」はオードリー・ヘップバーン主演の「麗しのサブリナ」のテーマ曲に使われました。何時までも忘れられない曲です。

 エディット・ピアフについては名前しか知らなかったのですが、映画を見ててそのすさまじい生き方とすばらしい歌に感動しました。

 「グッド・シェパード」はCIAの内幕を描いた映画です。

 1961年社会主義政権になったキューバに、亡命キューバ人がカストロ政権を覆えそうと上陸しました。ところがCIAの内部から情報が漏れて失敗してしまいます。有名なビッグス湾事件です。(なおこの事件のあと、ミサイルをキューバに持ち込もうとするソ連のフルシチョフとそれを海上封鎖によって防いだもっと有名なケネディの戦いが起こりました)

 この頃私は社会人になったばかりでした。世界の大事件に驚くことばかりでした。余談ですが、ケネディが暗殺された時は妹の結婚式の当日でしたが、テレビに釘付けになったのを覚えています。

 「グッド・シェパード」はそのCIAを背負って立つ主人公の活躍とその苦悩を描いています。

 ロバート・デニーロ監督はすばらしい映画を作ったと思います。主人公の青年時代とビッグス湾事件後の日々とを交互に展開していくストーリー作りの巧みさに、2時間40分の長さを忘れてしまいました。

 2本の映画をみて1960年代の若かりし頃を懐かしく思い出しました。

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2007年2月14日 (水)

映画「グランド・ホテル」を見た

 平成19年2月13日、柏のあけぼの会が開催した映画会で「グランドホテル」を鑑賞しました。

 この映画会は平成10年より「映画出前します」の河崎義祐監督をお招きして始まったもので、河崎監督が安曇野に移られたあとは、NPO邦人シネマネットジャパンの映画伝道使にお願いして年に3回ほど開催しています。

 会場はアミュゼ柏のリハーサル室、いつも30人から40人の参加者で、特製のお弁当をいただいたあと、映画を鑑賞し、最後に家田会長と伝道使のトークがあって、参加者も自由に感想を述べるというスタイルです。

 グランドホテルは1932年(昭和7年)に製作されたアメリカ映画です。私の生まれる5年前のものです。出演は、グレタ・ガルボ、ジョーン・クロフォードなどの女優、ジョン・バリモア、ライオネル・バリモアなどの男優、監督はエドモンド・グールディングです。これほど古い映画を見たのは初めてかもしれません。

 物語は、ベルリンの「グランドホテル」で展開されるいろいろな人間模様を描いたもので、ドラマティクなストーリーはありませんが、75年前に作られたとは思えないほどみずみずしい感覚をもっており、印象に残る映画でした。

 最近は映画の著作権、使用料などの問題があって、鑑賞する映画を選ぶのに苦労しています。これからは使用料のかからない古い映画が増えるかもしれませんが、古い映画も捨てたものではないと感じました。

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2007年2月 3日 (土)

「男はつらいよ」48作の放送が終わった

  BS2で放送されていた「男はつらいよ」全48作が1月27日で終わりました。途中から放送されているのに気がついたので、全部を見ることはできませんでしたが、数本を除いてあとは全部見てしまいました。

 時間の都合がつかないときは録画して見ました。48作の放送が終わった今、大変淋しい思いをしています。

 寅さんの第1作が劇場公開されたのは1969年のお正月です。それが1996年のお正月まで27年間続きました。最初の頃はお正月とお盆の1年2作品だったようですが、途中からお正月だけになりました。おそらく寅さんを演じる渥美清の体調を考えてのことではないでしょうか。

 マドンナには30数人の人気女優が競演しました。最多出演は朝丘ルリ子で同じ役で4回出ています。最後の48作目も朝丘ルリ子でした。

 私は劇場公開中は見た記憶がありません。1969年は32歳でしたが、サラリーマン現役の頃はあまり映画を見ませんでした。見るときはほとんど洋画でした。また、寅さんの映画が民間放送で放映されていたときも、じっくり見た記憶はありません。

 ところが今回は毎週の土曜日が待ちどおしいくらいはまってしまいました。なぜ熱中するようになったのかよく分かりません。この歳になって自分では経験できなかった、考えもしなかったような寅さんの自由な生き方に共感を覚えたのかもしれません。

 3月には、後半の24作の中から視聴者が選んだアンコール作品が放映されます。楽しみです。

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