2021年7月10日 (土)

友人が「我孫子の文化四十年の歩み」を出版した(NO.1488)

 令和3年7月7日友人から「我孫子の文化四十年の歩み」ー嘉納治五郎銅像建立記念特集ーが送られてきました。

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 331ページにも及ぶ大作です。副題にもあるように、嘉納治五郎氏の我孫子とのかかわりと銅像建設に至るまでの詳細が内容となっています。

 友人は我孫子の文化を守る会の会長を務めています。

 嘉納治五郎の銅像は、2年の準備期間をかけて昨年の令和2年4月に嘉納治五郎の別荘があった跡地に建立されました。華々しく除幕式が行われる予定でしたが、新型コロナウィルスの感染が拡大していたため急遽取りやめとなりました。4月15日にささやかなお披露目が行われました。

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 銅像は筑波大学や講道館にある銅像と同じく、彫刻家の朝倉文夫氏が嘉納治五郎の喜寿を祝して作成した原型が用いられています。見事な銅像です。

 なお「我孫子の文化四十年の歩み」を入手されたい方は下記までご連絡ください。定価1200円ですが、今回は1000円です。

 連絡先は

 美崎 大洋 我孫子の文化を守る会会長

 電話:04-7182-0861

 メール:mss_misaki@yahoo.co.jp

です。

 

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2020年11月21日 (土)

見応えのある山下清展(NO.1403)

 令和2年11月21日、我孫子市生涯学習センターアビスタへ山下清展を見に行ってきました。

 これは我孫子市市制施行50周年記念事業の目玉と言ってもいい展覧会です。今日から12月20日までアビスタで午前10時から午後4時30分の間開催されます。会期中は無休、入場料は700円、小学生~高校生は300円です。

 10時半ころ着いたのでゆっくり見ることができました。山下清は我孫子と縁があります。いただいたチラシに次のように書かれていました。

 「放浪を始めた清は、働き口を探して松戸や柏を転々としましたが、人の紹介で駅弁販売をしていた我孫子の弥生軒(現在我孫子駅ホームにあるそば店)に住み込んで働き始めました。弥生軒では、野菜の下準備や弁当運びのほかにも、アイスクリームを食べるさじをふだに貼ったり、クリやみかんを売ったりする仕事をしました。画家として有名になってから、当時の感謝の気持ちを込めてお弁当の包み紙のために絵と文章を書きました」

 展覧会の絵の中に手賀沼公園の絵もありました。この展覧会では134枚の貼絵、鉛筆画、ペン画、油彩、水彩画、版画、石版画と6個の陶器、5個の遺品が展示されています。どの絵も素晴らしい作品でした。

 また山下清の生涯の物語が、いくつものテーマに分かれてわかりやすく掲示されていました。展示は2階のフロアと全室を使っています。そのためこの期間はこれらの部屋を使っていたイベントはすべて中止となりました。

 この山下清展は大変見ごたえのある展示会でした。またみられる機会は少ないと思いますので、近くの方はぜひご覧いただくようお勧めします。

 2階は撮影禁止です。1階の入口と写真だけ撮影してきました。

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2020年11月20日 (金)

「プリニウスの動物たち」の写真を撮る(NO.1402)

 令和2年11月19日、我孫子市市制移行50周年記念事業の1つ「我孫子市動物彫刻展 島田忠幸 プリニウスの動物たち」の写真を撮りに行きました。19日が最終日でした。

 我孫子市は1970年(昭和45年)に我孫子町から我孫子市になりました。それから50年たち、今年いろいろな記念事業が行われています。

 「プリニウスの動物たち」とは初めて聞く言葉だったので、ネットで調べてみました。プリニウスは古代ローマの博物学者で、自然界を網羅する百科事典「博物誌」を書いています。彫刻家島田忠幸氏はそれを参考に動物たちを作品にしたのではないかと思われます。我孫子市の何カ所かに置かれていました。

 

「動物彫刻制作のマケット」 手賀沼公園

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「存在の不条理 イノシシ」 楚人冠庭園

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「草原の貴婦人 シマウマ」 アビシルベ

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「カモノハシ」 千葉銀行

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「タコ壺の兵士 プレーリードッグ」 千葉銀行

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「恋するゴリラ」 市役所

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「見上げればアフリカ キリン」 手賀大橋のたもと

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「追うプリ二ウス 逃げるプリニウス」 親水広場

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2020年9月 2日 (水)

我が家のごみ集積所がなくなり別のところへ変わる(NO.1377)

 我孫子市若松第2自治会の最大のごみ集積所がなくなりました。

 私の所属する若松第2自治会は約410世帯に8か所のごみ集積所がありました。ごみ集積所は公園や駐車場や我孫子高校の塀沿いに決められています。そのうちの1か所の駐車場に新築の家が建ったためごみ集積所として使えなくなったのです。そこは約75世帯が利用する自治会の中では最大の集積所でした。

 自治会では新しい集積所を探したのですが、適切な場所が見つからず、既存の集積所に分散することにしたのです。自治会では前もって回覧で各世帯がどこの集積所に割り振られるかを通知しました。なくなった集積所の世帯を5か所に振り分けたようです。必ずしも近くの集積所ではなく、はるか遠くの集積所に割り当てられた世帯もありました。

 切り替えられた初日の早朝に行ってみました。8月31日です。間違えて出されたごみがかなりあり、それを車に積んでいる人がいました。自治会の役員の方だったのではないかと思います。

 8時ころに行ってみるとその後はごみは出ていませんでした。もしかしたら役員の方が見張っていたのかもしれません。8月31日は燃やせるごみでした。

 今まで集積所となっていたところです。

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 我が家が割り振られたところです。

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 翌9月1日は資源ごみでした。ビンやカンやプラスチックやダンボールなどのゴミです。

 早朝の写真ですが、元の集積所はごみはありませんでした。

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 我が家が割り振られたところで、朝早かったのでまだごみは少なく、ビンやカンの袋などは私がセットしてきました。

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 今後ともうまく運用されるよう願っています。

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2020年7月 3日 (金)

やっと我孫子市の図書館が開館した(NO.1359)

 令和2年7月2日我孫子市民図書館に予約していた本が利用可能となったので、アビスタ内の図書館に受け取りに行ってきました。

 7月1日に開館することは知っていたのですが、6月23日から開館していたようです。ただ図書館内でゆっくり本を読める状態ではなく、本を借りるか返すかという利用方法だけでした。普段と違って、入館するには入館者カードに記入し、マスクをつけ、手指の消毒をし、30分程度で出なければなりません。

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 それでも本を手に取って選べるのはやっと図書館が返ってきたという感じになりました。

 ほかの市では緊急時短宣言が撤廃されて真っ先に利用できるようになったのは図書館のような文化的で比較的三密にならないような施設でした。ところが我孫子市では予約図書の貸し出しと返済はできましたが、なぜか図書館は6月末まで閉館になっていました。それが6月23日に開いたのは他の市との違いが大きいのを市長が知ったからかもしれません。

 なるべく早く、感染対策を講じたうえで、以前のように図書館が利用できるようにしてほしいものです。

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2020年5月17日 (日)

我孫子市に嘉納治五郎の銅像が建てられた(NO.1346)

 令和2年5月17日の読売新聞の千葉版に「嘉納治五郎 手賀沼望む 生誕160年 我孫子の別称跡地に銅像」の見出しで、「柔道の創始者で我孫子市ゆかりの嘉納治五郎の功績をたたえる銅像が市内にある嘉納の別荘跡地に完成した」と報じられました。

 嘉納治五郎は明治44年(1911年)に我孫子に別荘と農園を設けました。大正3年(1914年)には甥で民芸運動の提唱者の柳宗悦夫妻を呼びました。柳は友人の志賀直哉や武者小路実篤を誘い、我孫子に白樺派の文人が集まったのです。

 嘉納治五郎の別荘地は手賀沼を望む高台に建てられ、今は埋め立てられて家が立ち並んでいますが、当時は眼下に手賀沼の美観が広がっていました。その別荘の建物はありませんが、跡地は我孫子市が買い取って天神山緑地となっています。そこに銅像が建てられたのです。

 建てたのは市民団体「我孫子の文化を守る会」で、私の知人美崎大洋氏が会長を務めています。2018年から募金活動を始め、800万円を集めました。私もささやかですが募金をさせていただき、除幕式を楽しみにしていたのですが、コロナウィルスのため中止となりました。

 5月17日、新聞を見て写真を撮りに行ってきました。新聞に出たせいか、銅像を見るために外出自粛の中、人々が次々と訪れていました。

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2020年5月12日 (火)

近所のカレー店が復活した(NO.1344)

 令和2年5月12日、近所のカレー店「ハリオン」が復活、開店しました。

 ハリオンはネパールの人たちが経営するインドカレー店です。なかなかおいしいお店です。同じ場所にあったのですが、火事を出してしまい、近くに小さな店舗を借り、仮営業をしていました。

 火事で焼けたビルは取り壊されて新しいビルが建てられ、「ハリオン」が仮店舗から引っ越して来たのです。元のお店より立派になりました。

 残念なのはコロナ禍でひっそりとした開店になったことです。そこそこ人気のあるお店なので、世の中が通常の状態なら、開店時に行列ができたことと思います。花輪だけは立派なものがたくさん並んでいました。

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 我が家も以前のお店はよく利用していたので、とりあえず持ち帰りにして、コロナが落ち着いたら食べに行ってみようと思っています。

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2020年2月11日 (火)

JR成田線開業120周年記念の講演会と鉄道写真展(NO.1314)

 令和2年2月8日に参加した3つ目のイベントです。

 我孫子市のアビスタで「JR成田線開業120周年記念の講演会と鉄道写真展」が行われました。開業120周年は実は来年になります。そのため写真展には「2021年プレイベント」とのタイトルがついていました。

 ここでの成田線は我孫子-成田間です。東京から成田空港に行くには通常は成田線ではなく総武本線が利用されます。成田線は成田という名前がついていますが、単線でしかも成田空港に行くには成田で乗り換えねばならず、利用客はあまり多くありません。

 我孫子市では市を挙げて複線化をJRに働きかけてきたのですが実現できていません。利用客が少ないからJRがOKしないのか、本数も少なく不便だから利用客が少ないのか、どちらかわかりませんが、沿線の人口が減っているので複線化は無理と思います。

 今回の講演は「千葉の鉄道物語~成田線を中心に」というタイトルで、千葉県立中央博物館の内田龍哉氏が講師を務めました。たくさんのスライド写真を使ってのお話でした。成田線は歴史のある線だということがわかりました。

 私がサラリーマンになりたての昭和35年後半には1日1本ですが、東京駅から成田まで直通のSL(蒸気機関車)が走っていました。勤務先が大手町で、会社の独身寮が我孫子でしたので、帰りに夕方東京駅始発のSLをよく利用していました。上野で乗り換える必要がなかったからです。

 またそのころの成田線は朝早くと夕方ラッシュ前は行商のおばさんたちが大勢大きな荷物を担いで乗っていました。今でも成田線の湖北駅には行商の「おいかご」を載せる荷台が残っています。そんなスライドも出てきて大変懐かしいお話でした。

 写真展はアビスタの1Fと2Fに展示されていました。今まで知らなかった鉄道の歴史と懐かしい写真を楽しむことができました。鉄道写真展は2月16日まで開催されています。

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2020年2月10日 (月)

我孫子市福祉フェスティバルに白山中の吹奏楽部が出演(NO.1312)

 2月8日の2つ目のイベントです。

 アビシルベの隣にあるケヤキプラザふれあいホールで、我孫子市の第28回福祉フェスティバルが行われました。我孫子市南地区社会福祉協議会が主催で入場料300円はおそらく福祉関係に寄付されるのでしょう。観客は高齢者が中心でした。

 プログラムは市内の吹奏楽、和太鼓、合唱、ピアノ演奏、軽音楽、歌、バレエなど音楽番組で構成されていました。

 開会式に続いて我孫子市白山中学校吹奏楽部の演奏会が行われました。中学2年の孫娘はユーホニアムを吹いています。30分ほどの演奏でしたが、最後にピンレディのメドレーを入れるなど高齢者にもわかる優しい音楽を聞かせてくれました。孫娘は曲の紹介なども担当しました。

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2019年11月19日 (火)

我孫子市議会選挙が終わる(NO.1293)

 令和元年11月17日我孫子市議会選挙が行われました。定数24名に対して30名が立候補し当選者が確定しました。

 立候補した候補者のポスターです。ポスターを張らなかった候補者もいました。

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 私は最近の参議院議員選挙と衆議院議員選挙は棄権しましたが、今回は身近な選挙とあって投票しました。参議院選挙は参議院そのものの在り方に従来から疑問を抱いており、衆議院選挙は大儀なき解散だったのと、両方とも投票したい候補者がいなかったため棄権しました。

 市会議員選挙は入れたい候補者が複数あり迷ったのですが、1回目の出馬で弱そうな方の候補者に投票しました。24名の最下位で当選し作戦は当たりました。4年間市政と市民のために頑張ってほしいと思っています。

 何人かの候補者は市会議員の定数削減をうたっていました。ある候補者が選挙公報に乗せた数字があります。お隣の柏市と比較すると、柏市は人口約42万9千人に対して定数36名、我孫子市は人口約13万2千人に対して定数24名となっています。議員1人当たりの人口は柏市は11,907人、我孫子市は5,515人で、我孫子市の議員が多いのがわかります。半数にしてもいい感じです。

 我孫子市が人口の減少局面に入ってから、議員定数及び議員報酬の削減は行われていないと書かれていました。国会議員も参議院などは人口減少の局面なのに、1票の価値が憲法に違反するといわれ定数を増やすようなことをやっています。ぜひ我孫子市の議員が頑張って議員定数を減らすお手本を示してほしいものです。

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